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アンドロイド転生150

渓谷にて

トワはタケルを横目で見た。
「アンタはタウンで何をやってたんだよ?」
「美容師」
タケルは胸を張った。自慢の職業だ。

だがトワは鼻で笑った。
「お幸せな世界にいたんだな」 
その物言いに少し腹が立った。
「じゃあ、お前は何をしてたんだ?」

少年モデルの彼が世界を知った風に語るのは生意気だ。まるで思春期真っ只中の子供の反抗心のように見えた。だがプログラムなのだ。人間に近づく為に少年らしく振る舞っているだけなのだ。

トワは歩きながら手を組んで後頭部を支え宙を見上げた。暫く虚空を見つめて溜息をついた。
「…ホームに来て5年になるんだ。それまではお屋敷で3年間、パートナーをしてた」

タケルは眉根を寄せた。初めて聞く言葉だ。
「パートナー?」
「美少年が好きな旦那様の夜のお相手だよ」
タケルは目を見開き絶句した。

「な?アンタはそんな世界があるなんて知らなかったろ?人間なんてそんなもんだよ。自分の欲望に俺らを利用するんだ。ジジイはサドだったから大変だったぜ。マシンだって辛いものは辛い」

タケルはあまりの驚きに言葉に詰まった。世界には光があれば闇もある。そんな事は生前のタケルの人生で痛いほど実感していた。だがこの平和な未来でも実はそうなのかと心が重くなった。

トワは飛石の上を身軽に跳ねた。そんな様子は少年モデルの彼に相応しかった。
「アンダーグラウンドって分かるか?」 
タケルは首を横に振った。

「非公式、非合法って事さ。このお気楽な光の世界の裏には闇があんだよ。そこでしか生きられない人間もいるんだ。だからって望んでもいないのにマシンが使われるんだ。人間の欲望のままに」

タケルは溜息をついた。
「光ばかりじゃないのか…」
「そうさ。機能停止になったって罪には問われない。ひでぇだろ?」

トワは立ち止まり、また虚空を見つめた。
「俺は何人も仲間が死んでいくのを見た」
機能停止とは言わずに死ぬと言う。その言い方にトワの想いが詰まれていた。

「俺はラッキーにも生き残った。だけど飽きたからラボに行けって。死ねってさ。全く人間ってどんだけ偉いんだ?ふざけんな。3年も耐えたのに、はい、終了。はい、さようなら。冗談じゃねえ」
トワの顔に底知れない怒りが帯びた。

「でさ。ラボのエントランスにいたらチアキが来てさ。助かりたいかって聞いて来たんだ。俺は即答した。でも一緒にいた仲間達は返事をしなかった。自由意志なんてないんだ。普通は」
タケルは頷いた。

トワは鼻で笑った。
「でも俺にはあった。何でか分からない。自意識の芽生えってやつ?」
タケルは驚いた。

自意識の芽生え…?アンドロイドにも生まれると言う心なのか?本当に?まさか、トワも人間から生まれ変わったとか…?俺と同じように。
「トワには人間の心が…あるのか?」

トワは眉間に皺を寄せた。
「は?人間の心?何言ってんの?俺にはそんなもんありたくもないね。気持ち悪い。あんな残酷な奴らと一緒にしないでくれ」

どうやら違うらしい。相当、人間に恨みがあるようだ。だが肉欲の犠牲になればそうなるかもしれない。トワの横顔があまりにも屈託がなく子供らしくて、それが余計に悲しかった。

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