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夕闇系というサウンドによせて/Yuriy Sylvain追悼


概要

夕闇系とは、2010年頃からインターネット上で出現した音楽ジャンルである。不気味さと哀愁を特色としており、アンビエントやエレクトロニカを基調としているが明確な定義は存在せず、動画の雰囲気なども含めて括られるモードである。

表記は夕闇系、宵闇系、夕暮系など統一されていないが、以下からは高梁秋野に従って「夕闇系」と呼称することとする。

特徴 

暗い帰り道やゲームのバグなど、「子どもの頃抱いた不気味さ」を思い出させるような曲調を特徴としている。どこか童謡じみたフレーズを想起させる音階を取り入れているケースもあり、曲全体に漂う寂しげな雰囲気がより強調されるようになっている。

さらに、このジャンル特有のアンニュイな空気感も曲に纏わりついており、それが不安な気持ちを惹起する。その雰囲気は曲全体を通して感じられるようになり、まさに夕闇の名の通りのサウンドスケープを作り出している。

また、その独特の空気感からかリスナーの中にはある種の催眠効果があると訴える人もいる。実際、夕闇系の曲を聴き続けた後に精神異常をきたしたと主張する例が後を絶たない。その報告が、夕闇系の都市伝説性に拍車をかけている。

こうした傾向のため、多くの愛好家や評論家から批判され続けている。だが、一部のコアなファンからは熱狂的な支持を受けており、ネットでは根強い人気を誇っている。

歴史

2010年、海外インターネットの匿名掲示板で『帰路』という動画が発見されたことが、夕闇系の起源とされる。動画の内容は、ノイズがかった夜の路地が映し出され、その中央でアニメキャラクターの少女が歌っているというもの。

当初は単なる合成音声ボーカルとして受け入れられていたが、後に音声解析が行われ、歌声の主が実際に存在していることが確認された。なおその声の主は、当時未成年であったことから氏名等は非公表となっているとされている。

その作風を模倣したのが、夕闇系の第一世代である。代表的なアーティストとして、Yuriy Sylvain、Atomos Romeo、Varie、高梁秋野が挙げられる。彼らはそれぞれ別の方法でこの動画に独自の解釈を加え、楽曲を発展させていった。その後、彼らの楽曲は夕闇系の代表的な作品として挙げられるようになる。

2015年には、Yuriy Sylvainのファーストアルバムである『砂糖菓子/の/広告』が発売される。アルバムの発売と同時にYoutube上でミュージックビデオが公開されたのだが、そこに映し出されていた映像に映っていた街並みが日本であることから、彼が日本人であるという噂が流れた。

しかし、実際は彼の国籍はスウェーデンであり、MVを撮影したのもスウェーデンのストックホルムだということが分かっている。夕闇系は、その日本的な不気味さをまとってはいるものの、日本国外に起源を持つジャンルなのである。

夕闇系第一世代が実写MVに重きを置いたのに対し、第二世代はノイズがかった荒い3DCGやドット絵などを積極的に用いており、ゲームのバグの不気味さを思わせるような作風が特徴になっている。また、この世代では作風が進化し、より抽象的、幾何学的に表現されるようにもなった。

高梁秋野という存在

現在、この分野において最も勢いがあるアーティストは高梁秋野だと考えられている。彼はこのジャンルの第一人者にして唯一無二の存在とされており、同年代の他のアーティストからも一目置かれている。

2015年に彼は自身のブログで、夕闇系について考察した記事を公開した。そこでは、夕闇系の曲やMVには何らかの心理的抑圧によって生み出された感情が含まれているとしている。それに加え、人間の心理的な側面と非現実的な事象とを結びつけることにより、人間の持つ潜在的な恐怖を表現しているという。

さらに、そうした深層心理は大人になってから気づきやすいため、子どもの頃に抱いていたものが曲になっているとした。これらのことから、このジャンルは人間の心の中にある暗い部分を照らし出していると論じている。

また、彼は自身の曲を、思春期における一種のトラウマを思い出させるような曲であると表現した。これは彼自身にも当てはまることだが、子ども時代、もしくは幼少期に大きな精神的外傷を負った人は、この曲を聴くことで当時の記憶を思い出すのではないかと述べている。その点についても考察しており、夕闇系の曲が人々のトラウマを呼び起こす理由として、人間の潜在意識の中に眠る原体験を想起させるからではないかと説明している。

他にも様々な観点からこのジャンルを捉えており、非常に興味深い内容となっている。特に彼の分析によると、夕闇系の音楽とゲームにおけるバグの親和性の高さが説明できるという。

例えば、『スーパーマリオ64』において、「壁抜けバグ」と呼ばれる現象が知られている。これはゲームの進行上邪魔な障害物を乗り越えようとした時に発生するもので、壁にぶつかる直前になって画面上に一瞬だけノイズが走り、背景の壁の向こう側にワープするというものである。こうした不可思議な世界との境界を感じさせるものとして、夕闇系作品を捉えることができるという。

高梁秋野の代表曲 は『驟雨』、『pixel fog』、『bedroom』、 『birthday』、である。特に、第一世代と第二世代の作風を踏まえた『pixel fog』は白眉であり、無機質な世界観と幻想的な曲調が見事に融合している。

『pixel fog』のMVは全体的に白黒で表現されていることが特徴的である。モノクロームの独特な雰囲気はMVだけではなく、曲の方でも感じられるようになっている。また、MVでは主人公と思われる人物が部屋の中で倒れ伏しており、その前にノイズまみれの映像が映し出されているシーンが登場する。ノイズをとある方法で解析すると、主人公のCGの一部が映し出されるという。

夕闇系第三世代 

夕闇系の中でも第三世代のアーティストたちは「ダークモード」と呼ばれており、その呼び名の通り暗い雰囲気の曲を発表している。彼らの特徴としては、ノイズやエフェクトを多用せず、比較的落ち着いたサウンドが特徴であることが挙げられる。

また、楽曲においてもメロディラインが重視されるようになり、夕闇系の楽曲としては珍しくキャッチーな要素が見られるようになっている。代表的なアーティストはミナ子、層木、RIN、など。なお、ポップさを増してゆく夕闇系第三世代について、高梁秋野は夜好性への包摂を認めている。

事件

2019年4月19日、Yuriy Sylvainが自殺するという事件が起こった。Yuriy Sylvainの自殺の原因については諸説あるが、その最有力候補とされているのが「ネット上の誹謗中傷に耐えられなくなったため」というもの。

Yuriy Sylvainは以前からSNSなどで一部のファンから悪質な書き込みを受けていたが、それが2019年の初め頃から過激さを増すようになったのだという。そして、その被害が限界に達したために自殺を決意したのではないかと推測されている。

Yuriy Sylvainの死後、彼の死に対する憶測が飛び交うことになるが、その中に、彼の死の直前にYouTube上でアップロードされた楽曲に関するものがあった。彼の死後、その楽曲をアップロードしたユーザーの身元が判明した。その人物は高梁秋野だったのだが、彼がなぜこのような行動に出たのかは分かっておらず、未だ謎に包まれたままである。

ちなみに、その楽曲は「Yuriy Sylvainが遺した遺作」としてインターネット上で話題になった。その動画の内容はというと、彼の自宅と思われる場所に巨大な穴が空いており、そこには彼の死体らしきものが見えたというものだった。

世間の反応と今後の展開

2019年にこの騒動が起こって以来、高梁秋野に好意的な意見を持つ人もいれば、批判的な声を上げる人もいた。中には、夕闇系のファンでありながらも否定的な意見を述べる者もいた。

また、夕闇系は2019年には日本のネット上で大きな盛り上がりを見せたが、2022年現在、その熱は冷めつつある。ただし、それはこのジャンルに対する関心がなくなったわけではなく、新しい時代の流れを受け入れようとしているからだと考えられる。

昭和がZ世代の文化においてリバイバルされているなかで、無機質な平成を再考する試金石として、夕闇系は今後もノスタルジーを考える上で示唆を与え続けるだろう。最早帰る郷愁を持たない世代は、幼少期の夕闇と無機質なコンクリートの壁のなかで戯れるしかないのであるから。



〈参考文献〉

『〈ゲーム音楽〉の時代―新世紀ミュージック論』伊東政規著(青求社)
『ポストインターネット・カルチャーズ──〈新しい音楽〉からの刺激と表現』松倉重著(青求社)
『テクノ史再考 ~未来はどうなる?~』高野哲哉、佐々木正共著(NT出版)
『平成最後のアイドル革命』山口一宏、渡辺伸彦、橋本明洋、吉田浩一郎共著(青求社)
『デジタルゲーム音楽の歴史と現在』山内博著(青求社)
『レトロフューチャーの鼓動』田坂和志、加藤純平、鈴木雅也、佐藤智恵(河北書房新社)
『ホラーゲームとバグ』高梁秋野著(考文社新書)