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もはやママ友でもない

私はその日が来るのをとても楽しみにしていた。何を着ていこうか、このこともあのことも話したいことがいっぱいある。どこでごはんを食べよう、あっそうだ今何か企画展してなかったっけ?と検索に余念が無い。まるでデートに向ける心持ちだ。

その日はデートではなく、あるママ友と初めて二人でお出かけをする日だった。長男のときも次男のときもそれぞれにママ友はできて楽しかったが、子が大きくなるとだんだん疎遠になってしまった。ママ友とは子どもありきのものだからしょうがないと思っていた。しかし三男経由で友達になった彼女には今までにないシンパシーを感じるのだ。波長が合うとはこういうことかと思う。彼女のおしゃれで優しくて平穏を愛するところ、周囲に対する眼差しが温かいところが好きだ。子どもが遊びたいというのを口実にお互いの家に行ってお茶したり、本や音楽やドラマや星野源さんの話をラインで送り合ったりするのが楽しい。姉のような妹のような、ただのママ友ではない対個人の友達。

この日話したいことのひとつに、私の好きなハンバートハンバートのことがあった。彼女も知ってるだろうか?益田ミリさん原作のドラマ楽しみだねって話したことあったから、その主題歌歌ってる人達なんだけどっていう話の流れにしよう!などとトークプランを練っていたら彼女が車で迎えに来てくれた。「ありがとう!今日はよろしくお願いしま…」と助手席に乗った途端カーステレオから聴こえてきたのはハンバートハンバート!

「私も好き!」

そこからは「あの曲がいい」「あの曲はちょっと怖い。でも好き」など話が尽きなかった。なんなら彼女の方が古参だった。昔ライブハウスに入り浸ってた時ハンバートハンバートに会ったこともあるという意外な一面も知ることになった。好きなものの話ができる相手がいることの幸せというのがある。


私には大人になってから、ニックネームや下の名前でお互いを呼び合う人がいない。どちらかというと気軽な呼び名に違和感を覚えてしまう方だ。彼女とも名字にさん付けで呼び合っているが、呼び方が親愛の深さを測るものではないことはもうこの歳になると知っている。彼女とはお互いの子が手を離れても良い関係が長く続くような気がしている。もし疎遠になってしまったとしても元気にしてるかな?とずっと思いを馳せるだろう。大人になってからそういう人に出会えるのって奇跡みたいな確率なんじゃないか。向こうはそんなふうに思ってないかもしれないし引かれてしまうかもしれないから言わないけど、それでいい。これからも好意を態度で言葉の端々で示していきたいと思える相手を大事にしたい。

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