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髙村薫「マークスの山」文庫版

かなり前に単行本を読み、文庫版は初読。髙村作品を読み返したいキャンペーンが自分の中で起きていて、「太陽を曳く馬」を今読んでいるのですが、三十代前半の合田さん、若いなあという印象。「石」という表現がここまで似合う主人公も中々いないのではあるまいか。
髙村先生の凄いところの一つは、カメレオンのようになんにでも擬態出来るところだと思っていて。本書にも様々な人物が描かれています。刑事、検事、山に登る人間、「大多数」とは少し違う地平に立つ犯人、記者、看護師。私はそのどれにも当てはまらないし、例えば捜査一課の刑事が何を考え、どのように動くのかなんて知りようもないけれど、「合田さんは、確かに刑事だ」と素人に思わせる凄さ。合田シリーズを読むと髙村先生は刑事だったのかしらんと思うし、「神の火」を読めば原子力の研究者だったの?と思うし、「新リア王」を読めば「…政治家だったのか」と思う。(余談だけれど、髙村先生が政治家であれば、この国は何かが変わっていただろうと思う)
そのように「本当かどうかは分からない。でも確かに『そうなのだ』」と感じさせるのは、作家としての才能だと思う。才能という言葉を安易に使いたくはないけれど、でもやっぱりいくら取材をしたり学んだりしても、ここまでのものが書けるとは限らない。なんというか髙村先生は、「合田という人物を描いている」のではなく「合田雄一郎として生きている」という感じ。
本当に凄いと思う。物語自体も、めちゃくちゃ面白いんです。単行本を読んだ時にはただ単純に面白い!だったけれど、改めて読み返してみると、合田さんと加納さんという、刑事と検事二人が核となるのであれば、ほんとうに最高のお披露目公演だったと思う(ヅカオタなので、なんでも公演にしてしまう)。
あと、火をふくアイロンを使っていた加納さんが相変わらずでとても良かった。単行本も読み返したい。石の合田さんの相方には、これくらい飄々としている人が良いのだろうと思うし、マークス→照柿→LJと読み進めていけば、加納さんが毒を持ちながらもそれを清涼な風で上手く隠しているだけだと分かってくるので、似た者同士でもあるのでしょう。
LJ大好き人間としては、根来さんに会えたのも嬉しかった。根来さんの、加納さん評がとても好きです。
「虫も殺さぬような端正な顔をして、六法全書が服を着て歩いているような~」(本文より引用)
片や合田さんは、「警察官職務執行法が服を着て歩いている~」(同上)なので、やはり似た者同士なのだな。
それと合田さんの処世術というか、深謀遠慮は普通の企業で働いている私にも参考になるところはある。別に合田さんのようなお仕事をしているわけでもないし、同じチームのひとは皆信頼しているけれど、対社外になるとやはり色々と考えますしね。LJの、「いつか落とし前をつける気があるなら這ってでもいけ」が、座右の銘の私としては、そう思うのです。

これから、単行本、文庫本で髙村作品を読み返して行こうと考えています。とても、楽しみです。

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