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毎日読書#253 『酒―はる・なつ・あき・ふゆ』(佐々木久子)

数年前に新橋SL広場の古本市でゲットし、積読していたものを手に取る。

著者の佐々木久子さん、どんな方なのかとWikipediaで調べてみたら、とても面白い経歴をもたれていた。広島に生まれ、3歳から酒を飲んでいた。被爆しており、父親を原爆症で亡くしている。どういう経緯かわからないが、28歳で雑誌「酒」を創刊。97年に501号で廃刊するまで編集長を務める。

坂口三千代に執筆をすすめ、「酒」で『クラクラ日記』の連載を書くようすすめたのも佐々木久子だった。へぇ!

新潟県の「越乃寒梅」を世に紹介し、地酒ブームのきっかけを作ったりもしている。へぇ!

日本酒文化を支えた偉人ではないですか。

本書は昭和57年、1982年の刊行。酒にまつわるエッセーが、12の月ごとに、3,4本掲載されている。「日本酒」ではなくただ「酒」と呼ばれていた時代。日本酒の世界が、現在のような形になるまえの、古き良き酒の世界が覗えて面白い。

昭和57年の当時は漫画「もやしもん」に掲載されたグラフによると、日本酒の勢いが減じている最中で、生産数も戦後の最盛期から2/3程度まで落ち込んでいた時期。

当時は粗悪な日本酒が多かったと聞く。私が子供の頃、台所のシンク下にしまわれていた祖父の酒瓶の口に、びっちり糖の結晶がこびりついていたのを思い出す。水飴で甘くしたアルコールに日本酒とラベルを付けた偽物だが、祖父は「戦後の味がする」なんて言いながらガブガブ飲んでいた。

居酒屋でも粗悪な日本酒が提供され、若者の酒嫌いを加速させたし、グルメ漫画の「美味しんぼ」などでも散々叩かれたし、漫画「もやしもん」でもそのあたりの事情が紹介されていた。

酒の多様性も進んでいた。「ビール」と「水割り」と「酒」の時代から、バブルの景気と重なるように、ワインやリキュールも多く輸入されるようになり、酒の選択肢が増えた。美味い酒が世界中が届き、偽物ばかり流通していた日本酒の影は薄くなる。

そんな日本酒受難の時代のなか、それでも真面目にコツコツと酒を造る蔵は沢山あった。それらの酒を飲み(著者は一晩で一升飲んだそうな!)、酒蔵をめぐり、一年しっかり楽しんだ結果がこの随筆集だ。

気さくで気持ちの良い女性だったのだと思う。池波正太郎のような孤独な酒も悪くないが、著者のように、沢山の陽気な上戸に囲まれ、楽しそうに酒を楽しむ様子がみとれて、読んでいて楽しい気分になる。しんみりした話も少なくないが、そんな話もからりとしていて湿っぽくない。

この当時の酒は、今のような作り手が前面に出るような事もないし、スペックで酒を細かく分類して理屈で飲むみたいなことも無い。そういった時代に蔵をめぐり、酒造りを魅力的に紹介する随筆は、酒飲みにはたまらないアテになったのではないかな。

私も酒をちびちびやりながら読んだ。そして、ちびちびやりながらこれを書いている。こう書くと暗いけどw 楽しい時間だ。

とても面白かったよ。埋もれてしまうのはもったいない。他の著書も読んでみたい。

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