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『21世紀の貨幣論』

ほぼ毎日読書をし、ほぼ毎日「読書ログ」を書いています。368冊目。

積読されていた本から。2014年の刊行なのでもろピケティのあの本の名前をもじってきたのだろう。こういうのって時間がたってしまうと、少しばかり気恥ずかしい。

内容はとても面白かった。

のっけから常識をひっくり返してくれる。

私達は、お金の成り立ちとして、物々交換の不便を解消する為に、貝や石が貨幣として使われるようになったと学校で(だっけ?)習うが、それは誤りであるという話から始まる。

貨幣の本質とは物質としてのトークン(代用貨幣)ではなく、信用を保証するものであり、そのための社会的な技術である。会計制度により債権債務が記録され、その債権債務は譲渡可能となる。

1970年代、アイルランドで銀行閉鎖が7ヶ月続いたにも関わらず、大きな社会的混乱は発生しなかった、というエピソードが紹介される。このとき、銀行は閉鎖されていたので、国民が日常的に利用していた小切手の決済が一切行えなくなってしまったのだけど、市中では独自の信用取引が行われ、それにより債権債務が発生しても、その移動と相殺で精算が行われたので経済は回っていたという。アルゼンチンで発生した経済危機では、政府発行の通貨は信用を失い、様々な通貨が登場し、市場での取引を支えたというエピソードも紹介される。

これらのエピソードから、信用力があり、利用者がそれを受け入れさえすれば、マネーの支配者は別に国でなくとも良いということが示される。

本書では、マネーを管理しているのはあなただと結ばれるが、本書を読んでいると、平時であるときにおいて、国以外がマネーを支配するのは難しそうだという印象を受ける。しかし、刊行から6年たち、GAFAが想像もつかない力を持った現在、企業が国にかわって信用経済を作り上げていく可能性もあるのかもしれない。なんて思ったり。

後半にいくにつれ、読むのが大変になってきたのだけど、それは、私の経済学に対する基礎的な知識が不足しているから。

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