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10年後にまた書いて欲しいな 『アル中ワンダーランド』(まんきつ)

本作では、アルコール依存症を扱ってはいるのだけど、内容的には深酒の失敗談のレベルを脱していない。

書かれていないだけで相当辛い思いをしたと思うし、大変な事も多かったと思うのだけど、本作自体は自傷行為の延長でしかなく、読んでいても気の毒なだけで面白くないし、スッキリしないし、同情も難しい。

身を切る思いで失敗談を描いているだろうし、それを笑って欲しいのだろうけど、これで笑うほど無神経にはなれない。

もう、ただ、ただ、大変な様子だけが伝わってくる。ご自身を大事にして下さいとしか思えない作品だ。


本書の構成は漫画13編の後に、各話の解説が13本続く構成で、これは良いと思った。とても読みやすい。

漫画とその漫画に対応したコラムが互い違いになっている本が良くあるのだけど、正直あのスタイルはテンポがつかめなくて読みにくいので苦手だった。本書の構成はとても読みやすい。

ただ、読みやすいがゆえに粗が目立ったのかな。とにかく漫画のクオリティもコラムのクオリティも低くて読んでいるのが辛い、特にコラムが辛い。

巻末でのせっかくの「吉本ばなな」との対談も、ただのオカルト雑談で終わっていてもったいない。吉本ばななの無駄遣いだ。


扱っている題材が「アルコール依存症」なのに、ドタバタと失敗談を面白おかしく紹介(それも失敗しているけど)するだけで、誰の助けにもなっていないし、著者本人も救われていない。

世に出すには早すぎたのではないかという作品。著者のファンならばどうにか読めるのか。

本書を読んでいて思ったのだけど「アル中」というのはどのあたりから「あなたはアル中です」という診断が付くのだろうか。

酒飲みのなかでも「完全にアル中だろ」という人と「ふつうの呑助さん」の間には無数のグラデーションがある。

普通に嗜んで普通に楽しめる人が大多数を締めているのだけど、酔って人に絡みつき、翌日には何も覚えていない程度の微笑ましいプチ酒乱な人が職場に一人二人と居るイメージ。

さらに少数になるけど、度を越した暴れっぷりで相手が友人や知人でなければ事件だよそれという人がたまに居る。

知人に「アルコールを飲むと手がつけられないくらい暴れてしまい近くのものを壊してしまうので職場では下戸を装っているし普段も飲まないようにしている」というのがいるが、彼なんかは迷惑な酔っぱらいだけど、飲まずにやっていけるのだからアル中ではないのだろう。

ちょっとググってみたのだけど、厚生労働省「みんなのメンタルヘルス」が良い整理になっている。

これによると、酔って暴れる人は「アルコール関連問題」の項目に当てはまり、アルコールの「有害な利用」や「アルコールの乱用」という状態らしい。これを「プレアルコホリズム」という状態と呼ぶケースもある。

「プレアルコホリズム」とは、もし「連続飲酒」や「離脱症状」があるとしたら、それは「アルコール依存症」だぞとお墨付きがもらえる状態。もうすぐアル中だよ、というステージを表してる。

そして、そのまま多量飲酒(瓶ビール中瓶3本以上を毎日飲む状態、割と呑助なら普通に飲んでしまう量)が続き、四六時中酒を飲んだり、酒を飲んでいない時に離脱症状を感じるようになるといよいよということだ。

アルコール依存症をひとことでいうと、「大切にしていた家族、仕事、趣味などよりも飲酒をはるかに優先させる状態」です。
具体的には、飲酒のコントロールができない、離脱症状がみられる、健康問題等の原因が飲酒とわかっていながら断酒ができない、などの症状が認められます。

あとあるので飲酒のコントロールを失ったら、それはもう依存症ということですね。

そうなると『アル中ワンダーランド』のまんきつ氏は、プレアルコホリズムとアルコール依存症の境界線上に居たのだろう。

しかし、本書を読んでいるだけでは、まんきつ氏がどの程度の症状と戦っていたのかがわからない、アルコール失敗談はわりとあけすけに描いているのだけど、実は情報量がえらく少ないのだ。

おそらく、本書に書かれていないところに本当の闇があるのだろうし、それが描けないだろう状態なのに漫画を描いたのだろう。無理に描かせた人がいたのかは知らないけど、それを出版してしまう人は居た、6万部も売れたのだから大喜びだろう。そんな事を想像していると、まんきつ氏が気の毒だなと思ってしまう。

比べるのは酷なのだけど『アル中ワンダーランド』を読んだあと、吾妻ひでおの『アル中病棟』をあらためて読み直してみて、そのアル中漫画としての傑出ぶりにしびれるものがあったな。

これ読んじゃうと、しばらくは酒なんて飲みたくないもの。

本作には、そういった迫力が無い。酒の失敗談を描いたクオリティの低い漫画と、それをごまかすための奇妙なコラムがあるだけだ。でも、きっとそれが気持ちの限界だったのだろうと思う。

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