スクリーンショット__125_

毎日読書#187 『AIに負けない子どもを育てる』(新井紀子)

前著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』を読みながら、私の頭のなかでは「ではいったいどうしたらよいのだ!」というシュプレヒコールが鳴り響いていた。

それにこたえるのが本書。

前作では、東大受験クリアを目指すAI「東ロボ」の話が紹介されていたが、そこで、AIには読解力を必要とする問題が苦手で正解率が上がらなかった、というエピソードがあった。

意味を理解して読む。これは実はとても難しいことで、AIにはとても難しい問題だったが、じつは、多くの中高生にも難しい事だった。

「事実について淡々と書かれた短文」を正確に読むことは、実はそう簡単なことではなく、それが読めるかどうかで人生が大きく左右されることを実感するでしょう。(P3)

すっごく大事だ。

しかし、読めるというのはどういうことだろう? 文字が読めるだけでは不十分ということはよくわかる。

語彙か? それも否である。もちろん語彙は大事なのだけど、それだけではない。

ちなみに語彙は、幼児期の環境が大事なんですってよ。生まれたときから親や身近な年長者の会話、加えて、テレビなどから音として言葉が入ってくる、その量が大事らしいので、是非、お子様を大人の会話にさらしてあげてください。

さて、語彙だけではないというなら、あとは何か? 読める為には、文の作りを正しく把握する為の機能後(「と」「に」「のとき」「ならば」「だけ」など)を正しく使える必要があるという。

この能力は、小学3、4年生あたりで決定的な差が生まれるそうで、その原因の一つとしては文学偏重の国語のカリキュラムに問題があるという。

現在の学校には読解力を培う授業が不足しているのではないか(P260)
「教科書が読めない子どもたち」が大勢いることが明らかになっているのですから、国語教育を見直す時期でしょう。(P266)

そして「ではいったいどうしたらよいのだ!」に戻るのだけど、本書では読解力をやしなう授業を提案している。

そして9章の「意味がわかって読む子どもに育てるために」には、著者の経験から感じる主観もあるとことわりつつ、具体的に、幼児、児童時期の教育の在り方がまとまっている。

ここはね、熟読しました。だって、本書を読んでいると「読めない」ということにたいして恐怖を感じるのよ。自分の子供が、変な所で不自由をしてつまずくのは忍びない。出来ることは全部してあげたいなと思う。

読書を沢山していたら身につくのでは? なんて思ったりもしたが、それについては、相関しないというエビデンスがある。意外だ。


本書では、読む力を測るRSTというテストについて、その紹介と意義、教育現場での事例などに多くのページがさかれている。

RSTは本書の論をささえるエビデンスにもなっているのだけど、このRSTのお試し版を試す事が出来るので、私もやってみた。

結果はほぼ満点。イエーイ。

これは私の頭が良いというよりも、読んで考えてアウトプットして、という事を仕事にしてきたらだろうなとは思います。ふわっふわした要求をロジカルな文章に落とし込み、詳細を詰めるとか、ふわっふわしたニーズから企画書を作って提案したり。10年位しか仕事にしていなかったけど、プログラミングもそういう仕事だし。

ということで、自分については、まだ大丈夫そうなので、子どものために何が出来るか、あれこれと考えてみたいと思ったというか、切実に感じた次第です。

おススメ!

この記事が参加している募集

「それって有意義だねぇ」と言われるような事につかいます。