過去世話 その1・ロンボクに住んで自分の前世知りたくなったんだ!
2007年の12月に過呼吸で倒れました。
あんまり病気しないタチなので「過呼吸」って知らなくて、その時は自分に何が起こったのか解らなかったです。
急に息が苦しくなって、下半身がまひしたように動かなくなり。
え?なにこれ?や、やばい・・と、とりあえずベッドに横になり。
まひが下半身からだんだんと上に上がって来て、心臓、両手と「石」になってくみたいな感覚。
そして、最後はのどを絞められてるみたいな感覚になり、ああ、私、死んじゃうのかも?って思った時。
このまま死んだら、このラクエン(当時経営していた宿)どうなるかな?スタッフが奪い合ったりするのかな?いやぁ〜空の上からそんなスタッフの修羅場、見たくないよなぁ〜と思ったら、死なずに済みました。笑
まあ、その後、調べたら、過呼吸で死ぬことはないらしいですが。
で、当時、まさかの「経営者」立場にウツになり、「こんなに大変ならいっそ、倒れちゃった方がまし!」って思ってたのです。
いや、そう思った瞬間、過呼吸になってました。😅
そういうのも、後でいろいろ自己検証してみて気づいたことでした。
倒れて初めて「ああ、私、ウツなんだ」と自覚し、ネットでいろいろ調べて、ウツ状態からの回復を試みました。
まず基本的な生活のやり直し。
子供に戻ったみたいに、ひとつひとつ、意識しながら大切に暮らすなどなど。
(この辺りの話しはもう少し、具体的に書いてみたいのでまた別の機会にでも。)
で。
「私はなんでロンボクに住むことになったんだろう?私のロンボクとの関わりってなんなんだろう?きっと過去世で何かあったはず。自分の前世知りたい!」
という気持ちでいっぱいになったのでした。
ちょうどその頃「僕のアニキは神様と話ができます!」というブログで「読者の前世話し」が続き。
夢中で読みまくっていました。
なるほど、そういう仕組みなんだ〜うん、わかるわかる!
半年以上待ち状態だったけど、私も自分の前世知りたい!とメールしました。
でも残念ながら、その後そのブログは閉じられ、私の質問まで行かなかったのです。
アニキさんからのお返事はもらえなかったけど。
このブログのおかげで、過去世がどういう風に今世に反映してるのか〜というシステムがだいたい解り、自分の過去世もなんとなく、想像つくようになっていました。
まずは、やっぱり、自分で調べてみる!っていう「意志と行動」が大事なのかも?
そうすると、ちゃんと上は導いてくれる。
アニキさんのブログが終わっちゃったので、やっぱり、誰かにみてもらいたい!と、メールでできる「前世リーディング」を二人の方にお願いしました。
回答が届くまで、ひと月くらいあったので、その間にもいろいろ自己検証でき「必要なことは必要なタイミング」で届くんだなぁ〜とこれまた実感。
しかも、届いた順番もまさに「必要な順番」でした。
以下、そのうちのひとつの一部です。
魂の年齢
約310億年前、この宇宙のグレートセントラルサン(偉大なる中心太陽)から、「エルエリオン」と呼ばれるモナド(神聖なるありてある我れ)が分光しました。
ここから、12の集合魂が分光しました。約63億年前、そのうちの1つの集合魂から、さらに12の魂が分光しました。ルリ子さんの魂は、そのうちの1つです。
ルリ子さんは、精霊として生きていらした時代も長く、多かったので、転生回数は、8,260回。地球人としての転生は、今生を含めて、77回と来ております。
以下、判明したものだけを記載させて頂きます。
・オリオン星系の恒星シィスレナ。花の妖精ロザロ。蝶のような羽、白いソフトなエメラルドグリーンの衣服のようなものを着ている。植物相の管理を担当していた。オリオン大戦で爆発が起こった際に、植物を育てている部屋のドアを閉めるのが間に合わず、植物を爆風で駄目にしてしまった。
・恒星リラ。タンジェル。政府に属さずに活動する活動家。
・プレアデス星系アクアライラのダーナーレア。男性。特殊工学に秀でていた。プレアデス星系内部の戦争により、この星は爆発、炎上し、亡くなる。
・月。第7階層(デルタ次元)と呼ばれるところで、アポロンの下、森の守り手として働いていた。マホ。地球で滅亡した種を含め、木々の種を保存している。
・ムー。アークヒルズという、大きくて長い石の塔のようなものが立っている聖地で、巫女ムネハ。この塔の周囲をみんなで踊りながら周っていた。ピンクゴールドの秘石を2つ、預かっていた。
・アトランティス。水の精霊ラーランルリー。
この後、有史時代の過去世もいくつか出て来ましたが、確かに自分でも「ああ、解る気がする」って腑に落ちる感じでした。
ちょうどこの結果が届く直前くらいに「私は基本的に精霊系の魂なんだろうな」と思っていたので全て納得のいく結果。
あと「書き留めておく」というのも私の魂的な「仕事」でもあるみたいで、こんなのもありました。
「南米の古代文明、クスコ、歴史の語り手、ヴァレンヤム」
7歳で両親が離婚し、当時住んでいた静岡から新幹線で母の実家の仙台に向かう新幹線に乗っていた時。
ちょうど「富士山」を眺めながら「小学校の校歌を歌い友達のことなどを考えていた時」
「これから数奇な人生を送るだろう、全て書き留めておきなさい」って富士山に云われたのです。
「数奇」なんて言葉当時知らなかったと思うのだけど、この一言だけは、ずっと記憶に残っていました。
また、実際、小学生の頃から、日記をずっとつけてました。
書くと落ち着く性質は、昔からみたいです。笑
続く
☆ 2006年10月24日ラクエン作ってる頃。
☆ ラマダン明けにスタッフが「バジュバル(新しい服)」を着て挨拶に来たのでみんなで記念撮影〜。グルプック村の人み〜んな自分の「子供」みたいに愛おしくって。グルプックは世界で一番ハッピーな村と思っていたしそれを持続するために「ラクエン」を作ったんだ。