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これを毒親と呼ばずしてなんと呼ぶ?


大きく期待をさせておいてから、いっきに地獄へ突き落とされる。

あなたの周りにこんな人は居ないだろうか?

なぜそうなってしまうのか。

ずっと悩んでいることがある。


私の母親がまさにそうで、故意にやっているならかなり酷い。無意識なのか何なのか。

例えば、こんな事があった。

私はダンスが得意で上京してダンスの先生としても働いていた。

実家に帰ったある時、
イベントを主催していた母から

母: 今度イベントがあるから手伝って欲しいんだけどダンスで振り付けしてほしい。

と。

こんなに嬉しいことはない、自分の得意なことで母から頼まれる。

そして大喜びで2つ返事をする。
うん。分かった。

これで私もやっと認めてもらえる。
信じてもらえる。

ワクワクしながら、いろいろプランを考え始める。

これはどうするんだろう? と疑問が湧く。
ステージはあるのか。とか野外で踊るのか。どんな曲なのか。など

そこで母に質問すると、

母:それは会場の担当の人に聞かないとわからない。

という

私: じゃあその会場の担当者とつなげてほしい。振り付けするのにいろいろ打ち合わせもしたいし。

というと

母: うんそうね。



日程が近づいて来たら紹介してくれるだろうと自分のできる限りのことを整えて待っていると。

イベントが近づいてもまったく振り付けの話が無い。時間もなくなって来たけど練習はいつするんだろう?

そこでまた母に尋ねる。

私:イベントの振りつけは?

母:あー。この曲になったから。



曲が決まったなら振りが作れる。と振りを作り始める。

振りが完成したので、そろそろ振りを教えて練習もしないと時間が無いけど?

という時になって

私: 振り付けできたけど、稽古とかどうなってるのかな?

母: あー。何言ってんの?あんたはやらなくていいわよ。ちゃんとプロの振り付け師さんに頼んだから。素敵に仕上がったわー。みんな練習すごく頑張ってるのよ。

私: え? 振り作ったけど。 私もプロですけど?

何度も聞いてるのにそんな話は一言も私には伝えられず、別のところで既に話は進んでいて、 私が費やした無駄な時間と期待となぜ私には何も伝えてくれないのか。という疑問と ほんとに煮えくり返るほど怒りがこみあげてきた。

なんでこんな屈辱うけなきゃならんのか。と

母は、私に頼んだことも忘れているのか。それともただの嫌がらせか。

母は私を信用する事は無いんだと。
とても悲しい気持ちになりました。
これを毒親と呼ばずしてなんと呼ぶ?

その時は本当にショックで何も考えられませんでしたが、あとで思った事は、「母の中では私はなにもできない子供のままなんだろう。」

そう思っていたのですが、

私の旦那が実家に来た時。

私の旦那はフリーランスで3Dのデザインをやっています。

自営業をしている母から

母: 今度新しいお店をオープンするの。
そのお店の図面なんだけど、3dでデザインできるの? 是非お店のデザイン考えて欲しいわ。

と言われ、

私の母の頼みだし、と旦那が他の仕事もおいてデザインを考えてくれたのです。

何度か母にチェックをお願いして、お店の外観のデザインが出来上がりました。

建築士の方との打ち合わせで、
予算の関係と日程の関係でこのデザインは無理だと言う事になり

またその限られた制限の中でデザインを考える旦那。寝る間も惜しんでいろいろ考えてくれました。

費用も安く抑えてるし、素材も限られた中で色々考えた案をいくつか作って、もちろん母の店なので、母の希望にそったものを作ろうと旦那も一生懸命。

それで母にどんなイメージがいいかと尋ねると。

母:あなたデザイナーなんだからあなたがいいと思ったものにして。と。

全て投げられた。。ので

せめて母が嫌いな色は使わないように配慮したり、またいろいろ考え、何個か案も作って、より母が気に入ってくれそうなものを提案。

母にチェックをお願いしたら、ろくにデザインも見ずに

母: 前の方がよかった。なんか安っぽいね。

とバッサリ。

前の方よいうのは、予算など考えずに一番最初に考えたデザインのこと。でも建築士さんと色々打ち合わせして可能な素材なんかも話してできるだけ安い予算で。という話になったのでできる限りの範囲で旦那もデザインしてくれた。

また一からやり直し。何か工夫が出来ないかと試行錯誤。

デザインも最終段階になってきて締め切りの期限が近づいてきた。

デザイン最終締め切りまであと3日となり、何度も建築士の方とも打ち合わせして、じゃあこれで。と決まりかけていた時、


母: 明日東京からすごいデザイナーさんよんであるから決めるのはそれからにして。

と。

もう、これにはビックリしすぎて言葉にならない。

建築士の人も、え?今から変えるんですか?と驚きを隠せない様子。材料も在庫も確認していたのが水の泡になりかねない。
しかも、期間を延ばしにのばして挙句にこの仕打ち。

母は前から同じ建築士の人にお願いしていたのだが、今回若い人に担当が代わりなんだか気が合わない。と愚痴をこぼしていた。

それにしてもこれはないだろ。と 開いた口が塞がらない。


東京のデザイナーさん到着。
デザイナーさんも。到着するやいなや話を聞いて。
驚きを隠せない様子。
えっと、、普通は、建築士さんと何ヶ月かかけてプラン練っていくんですけど、、あと3日しかないんですね。。と苦笑い。

材料も限られてるし低予算だし、日にちもない。とりあえずできる限りでプランを立てていく。結構やっつけな部分も多々。なんとか間に合わせる。

素材は変えられないので色だけ変わる事になった。あとは装飾を加えていく。

私の旦那が考えたデザインはベースになっているが、結局はその東京のデザイナーさんが考えた色に変更になった。

なんだか腑に落ちない。

私の旦那がデザインしている時は文句ばっかりだった母。
デザインナーさんが、旦那と同じ事を言っているのに母は口答えせず真剣に聞いている。

その後、母はかなり満足した様子で、

母: すごいデザイナーさんに頼んだから間に合ったわ。デザイナーさんに頼むとすごく高いのよ。でき上がりが楽しみね。

なんてことを言っている。

旦那としては、大事な時間を潰された挙句、屈辱をうけ、それよりもビックリしすぎて疲れきっていた。

旦那いわく、私の母は信用出来ない。ショックだ。と

そりゃそうなるでしょう。

何で母が、こんな行動になるのか不思議でたまらない。
身内は奴隷とでもおもっているのだろうか。

思い出したくもないが、子供の時もきっとこんな事は多々あったのだろう。

子供の時には全く気づかなかった。
いや、母を信用しきっていたから自分がダメなんだ。と思ったに違いない。

私の異常な不安症と自身のなさはここから来たのだと。確信が持てた。

どうにか自分がかわらねば。このままでは自分がダメになるそう思った。

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