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精神科入院 経緯

8月31日
・仕事を辞める
 
9月4日
・眠れないので精神科に行く。
・久しぶりに電車に乗ったらパニック発作が再発していることに気づく。
 
9月6日
・母親になんとなく「今の状況、京都の医者だったら入院させてきそう」と言ったら「入院してもいいよ。いい機会だしちゃんと治したら?」と言われる。
・精神障害者保健福祉手帳の更新用の書類を受け取りに行くついでに「自殺しそう、入院検討したい」って言ったら「じゃあ明後日から……」と言われる。「とりあえず親と話してからまた連絡します……」と伝える。
・一気にお祈りメールが来て、社会が結託して自分を京都に行かせないように仕組んでる気がしてくる。
・「詐病では?」「疾病利得では?」という気持ちが溢れ、薬を飲むことをボイコットする。
・親と恋人に「仕事よりも精神を治してくれ」と言われる
 
9月7日
・精神科に「入院しようと思います」と連絡する。色んな病院に問い合せた結果、15日から入院することが決定。
 
9月9日
・持ち物に関して入院先に問い合わせたら閉鎖病棟入院なのが発覚
 
 
 
 
とにかく不安が強い。
ずっと横になっている。
 
昔の父の暴力、昔の母親の暴言、今の母親の過干渉、元同居人の言葉、パワハラ社長の言葉
それらが脳内でリフレインし続けて、イマジナリーの存在として僕を責め続ける。
 
僕は何一つ頑張れなかった。
努力をしなかったから会社であんな扱いを受けて、会社も片っ端から落とされているんだろうとしか思えない。
努力をし続けなくちゃいけない。
Webデザインの資格の本も買ってもらったのに開いてもいない。
仕事をしている間は「帰宅したら体力がない。まあ仕方なかろう」と誤魔化していたが、無職になった今では「なんで何もしてないのに起き上がっていられないんだろう。何もしないままじゃ成長しないのに。」と焦るばかりだ
 
死にたい。横になりながら、ひたすら死ぬ為の手段を考えていた。
だめだ、もう無理だ、と思うと剃刀に手が伸びてしまう。
腕の傷は増えることは無い。もう何年も重ねて切られて、ひとつの大きなケロイドのようになっている。
縄ならあるが、かける場所がない。
薬なら買えるが、飲んで大事にはもうしたくない。
死にたい、と思うよりは「終わりにしたい」という気持ちなのかもしれない。
 
とはいえ、そうもいかないので、治療は避けられない。
終われないのだ。
(認めたくないが)頑張れなくなった僕は、これから先を生きていくために、周りの人達に迷惑をかけないために、自分の過去と、自分と向き合わなくてはならないのだ。
 
向き合えるようになって、治療して、就職して、京都に引っ越すんだ。
 
今は、それが目標。

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