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「セクシー田中さん」事件 ゲームの場合



どうしても他人事とは思えず

 私はゲーム業界に25年くらいいる者です。開発会社でゲームディレクターを長年やってきました。私が版権モノのプロジェクトを担当していたのは2000年代から2010年代くらいですかね。ゲームハードで言えばプレステ1から2くらい、ゲームボーイアドバンスからニンテンドーDSのころです。

 ゲーム業界も漫画やアニメをゲーム化することは多々ありました。今回の事件を聞いて、遠巻きながら、でも他人事とは思えず、私の知る限りの事例が何かの役に立てばと思い、ここに記します。

最初にやること

 まず、ゲームの開発で版権を扱う場合、どんな遊び方をすれば原作の魅力を引き出せるかを徹底的に研究します。そのために出版されている原作本やアニメは隅から隅まで読み倒し、セリフが空で言えるほど頭に叩き込みます。ネットでファンの反応、作品のどこが好きなのかもリサーチします。

開発中のチェック

 いざ開発が始まると、出版社やそれを代理する版権管理会社が開発内容を逐次チェックします。チェックの会議は週1~2回程度しかなく、開発の序盤は良いのですが納期が差し迫ると、ずいぶん焦らされたものです。人気作品は、ゲームのみならず多くのグッズも同時に発売されるので、チェックする側の労力もかなり大変だったでしょう。ゲームの場合は特にグラフィックを中心に細かいチェックが入ります。特に厳しいのが、輪郭、目の形や髪型、髪の流れなど。ダメなら直して再提出、OKが出るまで続きます。版権管理会社が判断できないものは原作者まで上げられ、チェックを受けます。私が書いたシナリオも原作者まで送られたことがあります。「良く出来てますね」という返事を頂いたのを未だに覚えています。

ゲームで原作改変はあるのか

 さて、ゲームで原作のセリフを変えることがあるかと言うと、あります。それは画面の文字数の都合だったり、原作の説明が長すぎたり、演出の都合上カットせざるを得ないなどの場合に起きます。また、ゲームだけのオリジナルシナリオも書かせて頂いたこともあります。原作では語られなかった部分を拡張してみたり、同じ時間軸での別の場所でのエピソードを作ったりもしました。あくまで原作ファンが喜んでくれるのではないかということを念頭に、キャラクターに原作では見られなかったイベントを用意し、「このキャラがこの事件に出会ったらどうなるか」を想像して書きます。原作キャラの意外な一面を見たい、見せたいという思いがあるので、キャラの性格や設定が変わるなんてことはありません。もちろん全部、チェックを受けますし、指摘を受ければその通りに直します。原作者に見せないとか無断で進めるなんてことはあり得ません。

テレビ業界に思うこと

 ゲームはテレビに比べて後発の産業で、ゲームが一般的な娯楽として受け入れられるころには著作権に対する考え方も広く浸透していたので、「勝手なことは許されない」という意識は開発者にもありました。著作権に対するリテラシーが低い時代からやってるテレビ業界と比べると、その差は大きいのかなと思います。そして、テレビ業界は長く「娯楽の王様」で居すぎたのではないでしょうか。お店の取材で失礼を働いたり、結論ありきの取材をしたり、必要とあらば、他人のプライバシーなどお構いなしという、傲慢さゆえに起きた事件は枚挙にいとまがありません。業界全体に浸透している、ありもしない特権意識で他業種を見下していたことが根底にあると思っています。

組織対個人

 もう一つ思うことは、やはり組織対個人では圧倒的に個人は不利だということ。今回も誰がこんなひどい事態を引き起こしたかと言うと、制作をすすめた会社組織そのもので、いち個人ではないでしょう。ただし、組織に隠れて横着をした人間がひとりないし複数いたために起きたのは間違いないことです。今頃、その人は「この程度で騒ぎやがって」と思っているかもしれません。放送したテレビ局もそうだけど、作者を守れなかった出版社の罪も大きいです。組織と組織が自分たちの利益を優先して、著作権者を食い物にしたという批判は免れないでしょう。

解決策はあるのか

 今後このようなことが起きるか起きないかは、テレビ、映画業界の態度次第ですね。原作者をリスペクトし、「原作がなければ仕事がない」という現状を素直に受け止められるかどうかだと思います。
 新たなルールや仕組みを作っても無駄とは言いませんが、一番大切なのは当事者たちの意識だと思います。


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