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『月と六ペンス』感想文①~永遠の現在~

2020年3月15日㈰

半月かけて1冊の本を読んだ。

"Moon and Sixpence" ―W. Somerset Maugham

『月と六ペンス』―サマーセット・モーム

2月中旬に辻仁成の『サヨナライツカ』を読んだ。バンコク駐在中の婚約者がいる青年・豊が大金持ちの美女・沓子と恋をして、25年後に再開するお話。沓子は高級ホテルのザ・オリエンタルにあるスイートルームに住み、豊を招き入れる。沓子の住む"サマーセットモーム・スイート"はかつてイギリス作家のサマーセット・モームが『月と六ペンス』を執筆した部屋であり、このふたりの愛の巣は作品のモチーフとなっていた。辻仁成さんがサマーセットモーム・スイートを作品の中心に置いたのは、彼の作品に何か影響を受けているに違いない、と推測し読んでみようと思った。

『月と六ペンス』は画家のゴーギャンをモデルにしたといわれる「チャールズ・ストリットランド」の破天荒な一生を友人が語るお話。

ストリットランドはイギリスでの安定した家庭生活を突然捨てて、画家になる夢を追った。飛び出したフランスで貧しくみすぼらしい生活に転じても彼は一切気にせず"Beauty (美しいもの)"を求め続けた。生まれ故郷からずっと離れたタヒチへ赴き、一生をかけて自分の追い求めたものに辿り着いた。そしてそこで彼の人生は燃え尽きた。この小説を通して強く感じたことがいくつかある。

夢と現(うつつ)、この世は混沌に満ちている

物語ではあらゆる場面で人情の矛盾が描かれる。安定した生活を捨てて夢を追う男たち、愛していると言いながら相手の不幸を望む女たち、言動はいかに不合理的で不可解であるかを目の当たりにする。現実と理想が入り乱れる混沌は人間の世の常であることを理解できる気がした。

人生に絶対的な価値はなく、何に価値をおくかは本人が決めるもの

『まさに、幸せだ。疑う余地はない。』とストリットランドは言う。生活を捨て夢を追い求めてまわりが不憫に思おうと、本人が幸せと思えば幸せである。何かを追い求めて追いかけて夢をみる人、自分の追い求めるものに心を浸す時間が多い人は幸せを感じやすいのかもしれない。自分がどんな意味を見出すかこそ、人生のすべてであると感じられた。

いつか人生は終わり、すべては燃え尽きる

物語の終盤にはストリットランドの最期が鮮明に描かれている。どんな人生を送ろうと、得たいものを手にしてもしなくても、いつかは人生は終わるということが感じられる描写だった。作者のサマーセット・モームは『人間の絆』で「人生に意味はない」という自身の人生観を表現しているが、本作品にもこの場面に通ずると考えられた。

確かなのは現在のこの瞬間が死ぬときまで続いていくことだけ

友人がストリットランドに「過去に後悔しないのか?」ときくシーンで、彼の返答はとても印象的だった。

"I don't think of the past. The only thing that matter is the everlasting present."

「私は過去のことは考えない。大事なのは永遠の現在だ。」

"everlasting present"という言葉に痺れた。everlasting とは「ずっと続いていく、永遠の」という意味である。現在のいまこの瞬間はずっと続くのである、死ぬその時まで。人間はいつか死ぬ、人生に絶対的な価値などない。人生で大切なのは何に価値を見出すかを今この瞬間に自分自身が考え続けることだ、と思った。

"Moon and Sixpence"は私にとって、とても心に響く作品となった。

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