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花のかげ~第2章 動き出す(3)

三.手術前夜

 見舞いに行けないことはなかなかストレスが溜まるものだ。特に認知症が出始めている可能性がある母を見舞えないことはストレスでしかなかったが、入院している本人が一番のストレスであることは間違いない。
 加えて母は、なぜか携帯音楽プレーヤーを紛失してしまっていた。姉の子どもからもらったものだそうだが、手術が終わった後に見当たらないという。
「意地悪い看護師がいてねぇ、盗まれたんじゃないかと思うんだけど」
と母は言っていたが、それは考えにくい。むしろそんなことはあり得ないと言った方がいい。認知症になると人を疑いだすこともあると聞くが、ひょっとするとそれではないのかと思えるくらい、看護師やヘルパーを疑うことがあった。
 もともと音楽が大好きな母なので、音楽プレーヤーがないというのはなかなかストレスであっただろう。クラシック好きを自認する母は、とにかく音楽をよく聴いていた。私が幼いころは、朝になるとFMでクラシック音楽を聴くのが日課だったし、携帯音楽プレーヤーを手に入れてからはそれでずいぶんと音楽を聴いていた。それがないわけであるからストレスは非常に大きかっただろう。
 そして四月二十七日の午前中に母から私の携帯電話に連絡があり、その日何時ごろ病院に来られるかという留守電が入っていた。その日は私も出勤しており、午前中はとにかく病院には行けないわけで、やっとつながった時に、
「明日手術になったんだけど……」
とイライラした口調で言われてしまった。だが私のところに病院から二十八日が手術に決定したという連絡は一切入っていなかったため、私は急遽仕事を切り上げて病院に向かうことにした。
 病院に向かうと、母は今度は車いすではなく自分の足で歩いてきた。あまりの回復ぶりにわが目を疑うほどだったが、本人からすれば別にどうということはないという様子であった。
 まず例によって麻酔科医の問診があった。今度は女性の麻酔科医で、非常に珍しい苗字だったこともあって母がそのことを話のネタにしようとすると、その麻酔科医はいたってクールに流してしまった。年寄というのはそういうトークが好きなのだろうが、そこに乗ってしまうと時間がかかると考えていたのだろうか。前回の麻酔科医なら多分話に乗ったかもしれない。
 そして麻酔の説明になると、例によって母が、
「前回非常に苦しかったし、麻酔が効いていなかったんですよ」
と訴えた。麻酔が効いていない状態で頭蓋骨に穴をあけるわけがないのだが、母はそう信じて疑わなかった。だが麻酔科医は無表情のまま冷たく、
「そんなことはないと思います」
と言って、生検時の心拍数、血圧、脳波のグラフを見せて、
「覚醒させるときにちょっと苦しかったようですが、それ以外のところは麻酔が効いているグラフになっていますよ。挿管時が苦しかったとおっしゃってますが、挿管時ではなく覚醒時ですね」
と淡々と答えた。だが不満そうな母の表情を見て多少は安心させる必要があると考えたのか、
「できるだけ苦しくないようにしますね」
と言ってさっさと問診を切り上げた。前回の麻酔科医とは真逆のキャラクターだった。
 その後病棟に戻り、手術の説明を受けた。手術の開始は午前九時となっており、その晩から絶食となることはほかの手術と同じであった。そうなれば私はもっと前に病院に入らなければならないわけで、それは別に構わなかったが、また緊急手術が入って待たされることになるのではないかと言うと、
「その可能性はありますが、今度はそんなにお待たせしないんじゃないでしょうか」
と看護師は気持ちの入っていない愛想笑いを浮かべながら答えたが、その軽薄な愛想笑いによって、また待たされることになるのではないかという根拠のない予想がより一層私の頭には広がってきた。
 病院を出るころになると日はすっかり傾いていた。いつも自分の受診の時は午前中の早い時間で病院を出ることが普通だったため、実際は二時間と少しくらいだったのだが、ひどく長い時間病院に滞在していたような錯覚にとらわれた。先月からずいぶんとこの病院に来ていることも併せて、体にへばりつくような疲労感を覚えた。この病院で日が暮れるのを見るのは自分が入院した時と妻が手術した時以来である。


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