見出し画像

関友美の連載コラム「数百年の歴史を背負う、勇敢な同世代の蔵元たち」(リカーズ5月号)

そうだ。日本酒を飲もう。十四杯目
数百年の歴史を背負う、勇敢な同世代の蔵元たち

日本にある100年企業(百年以上続く企業)のうち、最も軒数が多い業種は「酒造業」=酒蔵であることをご存知ですか?そのなかでも最古とされているのは「郷乃誉」須藤本家(茨城県)で、1141年創業で、今年で881年を数えます。二番目の飛良泉本舗(秋田県)は1487年創業、三番目の剣菱酒造(兵庫県)が1505年創業と言われています。この時代に創業した酒蔵の多くは、廻船問屋や質業などで利を出し、藩にも金貸しをしていたようなその土地を代表する商人。ルーツを辿れば、武家出身ということも珍しくありません。
 時は移り江戸時代。徳川幕府から酒造(しゅぞう)株(かぶ)が定められ、株を持つ者だけが酒づくりを許されていました。明治4年になり新政府より酒造株は没収され、明治13年には新たに免許の代金を払えば酒造業に参画できるようになりました。だから江戸時代後期、明治時代にスタートした酒蔵が多くあるのです。
でもこの酒蔵の創業年、実は「よくわからない」場合も多いのです。木造家屋が多い日本では、頻繁に火災が起きていたので酒蔵に保管していた資料や、近くの寺や神社に預けていた資料さえも焼失していることがほとんど。あるいは建物を改修する際に、先祖が処分してしまったという話もよく聞きます。村や町のことを描いた文献や書状の一部に、酒蔵について触れられている文章があるのを基に「少なくともこの年には既に酒造をしていた」といって、確認できる最古の年を「創業年」としている蔵も多いのです。
 以前とある酒の会の終了後、酒蔵さんたちと一緒に飲んでいる時。わたしの近くには「飛良泉本舗」の27代目予定・齋藤さん、1804年創業で美作勝山藩御用達の献上酒(御前酒)を醸し続けている「辻本店」7代目・辻さん、1702年に創業した東京の酒蔵「小澤酒造」23代当主・小澤さんがいました。酔いも回ってきて、言い合う冗談がとても可笑しくて。

「いかにも献上酒。酒の名前が“御前酒”ってすごいですよね」
「飛良泉さんはなんたって圧倒的な歴史がありますから。素晴らしい」
「小澤さんは武田信玄の家臣だった訳でしょう?優秀ですよ」
「いえいえ、うちなんて落ち武者ですから…」

とうてい真似できないような会話を酒の肴にして、わたしは彼らの酒をおいしく飲んでいました。伝統を大切に守ることと、市場にフィットさせていくことの両面から自分たちの酒蔵を見つめ経営に携わる彼ら。新しい取り組みも大切に重ねています。背負うものが大きく苦労も多いでしょうが、遠く離れた同志たちとこうして繋がり、しなやかに時代を乗りこなす姿には勇気をもらえます。酒も一層おいしく感じるというもの。同世代の頑張る人たちに触れ、心暖かくなった思い出です。

今月のピックアップ酒蔵

小澤酒造
1702年に創業。東京都で「澤乃井」という酒をつくる小澤酒造。武田信玄の家臣だった先祖が、戦いに敗れた際に身を潜めたのが、現在の地だった。山々の中に多摩川のせせらぎを聞く、澄んだ空気が美味しい場所。山廃用の中硬水、その他の酒のための軟水と、ふたつの井戸を使い分け、奥多摩の美しい自然を感じるような清らかな酒を届けている。

写真キャプションフランスの「Kura Master 2021」で最高位のプレジデント賞を受賞した小澤酒造。蔵の敷地内にある美しい庭園を背景に。

以上

庄司酒店発刊「リカーズ」連載日本酒コラム
関友美の「そうだ。日本酒を飲もう。」5月号より

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?