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マイ・フェイバリット・ソングス 第7回~GRAPEVINE

(2023年9月改訂版)

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『覚醒』(1997年)

このたった5曲だけのデビューミニアルバムに、大人のロックの落ち着き・洋楽の匂い・ブラックの要素・演奏力の高さ・知的で文学的な歌詞・メンバー全員の作曲のポテンシャルなど、バインの魅力が詰まっている気がしますね。インディーズ時代の楽曲が収められていて、早くもツインギターを中心としたバインサウンドは確立されています。メンバー4人全員が作曲を手がけているのも特徴的。楽曲では元祖亀メロといった感じの「手のひらの上」が特に好きです。「この手~」「触れるだけ~」「手のひらのうえ~」「恵みの雨~」と、e音を伸ばしたときの田中さんの声が個人的にすごく好きなんですよね。のびやかで艶めいていて。「Paces」のスライドギターもいいですね。

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『退屈の花』(1998年)

このアルバムは全曲好きですね。今でもしょっちゅう聴き返しています。バインの歴史を俯瞰した時には、初のフルアルバムという意味合いもあるけれど、比較的歌詞がストレートなのと西原さんの色が濃いという意味においても貴重な一枚と言えるかもしれません。(西原さん作曲が4曲)これも4人全員が作曲をしていますが、全体的に統一感が感じられます。詞はすべて田中氏ですが、「鳥」なのに飛べなかったり、「愛は救うはずない」とか「嫌になるほど遠くの君」とか、基本的にはペシミスティックな世界観ですね。「1 & MORE」は矢野顕子さんの「ひとつだけ」にインスパイアを受けメロディの一部を引用しています。メロディアスな曲が多い中でも、個人的には「遠くの君へ」「6/8」「涙と身体」に強く惹きつけられるものがあります。そしてなんといっても僕のイチオシはラストの「愁眠」。泣きの一曲です。また歌詞カードなどではノンクレジットになっていますが「愁眠」の数十秒後に隠しトラック的に「熱の花」という未完の曲が収録されています。


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『Lifetime』(1999年)

ブレイクのきっかけになった「スロウ」とファン投票一位の「光について」が収録され、且つ最も売れたアルバムなので、バインの代表作といえるアルバムではないでしょうか。まだバインを聴いたことがない人に最初に薦めるなら僕もこれを推すと思います。これを聴くと、何故か僕はいつも二十代前半の頃を思い出すんですよね。その時代に聴いていたわけではないんだけど、特に歌詞がその頃の自分の気分とかぶっているからかもしれません。ヒリヒリしていた頃、漠然と将来を憂いていた頃の気持ちにしっくりとハマる。「スロウ」「光について」「25」辺りは特に。代表曲「スロウ」のクライマックスでストリングスが絡んでくるところなんか最高に好きですね。遊び心のある「大人」でバインの懐の深さも示してくれたり、金延幸子さんのカバー曲「青い魚」(大瀧詠一・作曲)が収録されていたりもしています。「RUBBERGIRL」などのインストを挟む感じは4年前にリリースされたオアシス『(What's the Story)Morning Glory?』を意識してるのかもしれません。その時々でお気に入りは変わるけど、「25」と「望みの彼方」は僕にとって不動の鉄板ですね。尚このアルバムから『another sky』までは根岸孝旨さんがプロデュースしています。


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『Divetime』(1999年)

「Lifetime」のリミックス盤。これはあまり聴いてないです。かなり凝ったミックスでバンドサウンドとはかけ離れてしまっています。そういうコンセプトなんだろうけど、やっぱり僕はメンバーの手による原曲で聴きたいんですよね・・・。


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『Here』(2000年)

僕はこのアルバムが一番好きです。音楽的成熟度やアルバムとしての完成度でいうとこれより後にもっと高度な作品はたくさんあるんだけど、若くやるせない衝動のようなものが音にも詞にも宿っていて、このときのバインにしか出せなかったであろう濃密な世界が創り上げられているんですよね。全体を通じて統一した空気感があるのもいい。全曲素晴らしいけど、まず冒頭の「想うということ」「Reverb(Jan. 3rd Mix)」「ナポリを見て死ね」の流れがたまらなく好きですね。何度聴いても惚れ惚れします。西原さんが「空の向こうから」「Scare」「コーヒー付」(←田中さんが全編見事なファルセットで歌う)と3曲書いているのも嬉しいし、西川さんが作った人気曲「リトル・ガール・トリートメント」「羽根」もいい。カッコイイ表題曲「here」でクライマックスを迎えつつ、「南行き」でさらっと終える感じもバインらしいですよね。そして、昔も今も変わらず僕の中のバインNo.1ソングは「ダイヤグラム」です。聴くたびになんて素晴らしい曲だろうと思います。気怠く始まる前半からストリングスが入る後半の盛り上がりに至るまで完璧な一曲。詞も大好きで、抽象的ではあるんだけどこの気分すごくしっくりくるんですよね。あと「ナポリを見て死ね」の歌詞も個人的にはツボのポイントです。


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『Circulator』(2001年)

これが一番キャッチーなアルバムかもしれませんね。「discord」「(All the young)Yellow」「ふれていたい」「B.D.S」といったライブ向きの明るい曲や、王道の「Our Song」が入ってるし。そして亀メロの真骨頂と言うべき美しい「風待ち」も。この歌詞は田中氏が女性一人称で書いているんだけど、大人になることの空虚感が見事に表現されていて、きっと多くの女性の共感を呼ぶんじゃないかと思います。西川アニキのギターも切なく、三人の才能が結晶した名曲ですね。歌詞で言うとボードレールが登場する「lamb」も素晴らしい。というわけで、これもまた隙のないアルバムだけど、あえて特に好きな曲を挙げるとすれば「風待ち」「アルカイック」「波音」「I found the girl」でしょうか。ちなみに西原さんは治療で一時休養となったため、ほとんどのベースはプロデューサーの根岸さんが弾いています。(「I found the girl」は珍しく西川さんがベースで亀井さんがノイズギターを担当)


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『GRAPEVINE LIVE 2001 NAKED SONGS』(2002年)

2001年のツアーよりZepp OsakaとZepp Tokyoの模様を収めたライブ盤。僕は同年のツアーDVD「GRAPEVINE NAKED FILM LIVE 2001」の方で観ることが多いのですが、このCDにはDVDには収められていない「覚醒」「パブロフドッグとハムスター」「B.D.S」が入っていますね。「ふれていたい」と「(All the young)Yellow」では一部歌詞を変えて歌ったり、ライブ定番の「HEAD」の盛り上がりや「B.D.S」の歌い出しの「南部の男になってくれ!」もばっちり収められています。


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『another sky』(2002年)

僕が新譜をリアルタイムで聴いてたのはこのアルバムから。モーパッサンを歌ったファンキーな「マダカレークッテナイデショー」とか、マルキド・サドを下地にした「Sundown and hightide」とかカッコイイんですよね。あとこの辺りから「Tinydogs」や「Let me in~おれがおれが~」に見られるような攻撃的な歌詞もでてきて(僕は勝手に「毒田中」と呼んでいるのですが)、その攻撃対象はたいてい僕も嫌いなやつのことなので聴いててスカっとするんですよね。皮肉の込め方が絶妙で。と言いつつも、僕がこのアルバムで特に好きな曲は「マリーのサウンドトラック」と、風待ちの続編として作られたという「それでも」と、年上の女性に翻弄される未成年を描く「Colors」といった叙情的な楽曲群。西原さんは一時的に復帰し「BLUE BACK」を書いていますが、残念ながらこのアルバムが最後の参加となってしまいました。


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『OUTCAST B-SIDES+RARITIES』(2003年)

カップリング&未収録曲集。オアシスの『The Masterplan』同様B面集とは思えない充実度ですね。バインに捨て曲がないことのひとつの証明。アルバム向きでないということは逆に曲が立ってるので、シングルA面でもいけそうな曲が満載です。これも全部いいけれど、あえて特に好きな曲を挙げるなら、ヘヴィな「STUDY」、毒田中全開の「So.」、アコースティックな「アイボリー」、そして叙情の極みともいうべき「その日、三十度以上」あたりでしょうか。


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『イデアの水槽』(2003年)

3人体制且つ初のセルフプロデュ―スとなったアルバム。12曲中10曲を亀井さんが作曲しているので、従来以上に亀井色が強いアルバムでもあります。果敢に攻めていますね。このあたりからどんどん進化して楽曲の幅も広がっていきます。従来のバインらしくないと感じる人もいると思うのですが、だからこそファンを飽きさせないんですよね。キーボードがフィーチャーされた曲もちらほら。サポートとはいうもののほとんどメンバーの一員となっている高野勲さん(キーボード)と金戸覚さん(ベース)も大活躍です。プログレ風の「豚の皿」とライブで最高にカッコいい「シスター」が特に好きですね。「豚の皿」と「鳩」の詞には当時のイラク戦争も影をさしていたり・・・。尚「豚の皿」のラストは<BSEが気になりだす>と歌っていますが(BSEとは当時流行していた狂牛病のこと)ライブではその都度BSEのところを他の言葉に替えて歌うのが定番となっています。この頃は僕もちょくちょくライブに足を運んでいました。


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『Everyman,everywhere』(2004年)

このミニアルバムはなんといってもストリングスを取り入れた表題曲が素晴らしい。壮大なスケールの名曲だと思います。(後のファン投票でも3位になってますね)フランツ・カフカをモチーフにした「Metamorphose」(「変身」「審判」などの言葉が登場し、「カスカなフアンで」のところは
「カフカのファンで」と歌っているように聴こえます)や「作家の顛末」も好きですね。


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『deracine』(2005年)

大好きなアルバム。まず一曲目、煙草への愛を歌った「13/0.9」からめちゃくちゃシビれます。この曲の前奏最高にカッコいいですね。(タール13mgニコチン0.9mgにあたる煙草って当時のウィンストン・フィルターでしょうか?)続く「その未来」の突き抜け感も素晴らしい。初期のライブは縦ノリのピークに「HEAD」を演ることが多かったように思いますが、この頃は「その未来」がピークを担っていたように思います。そしてたまらなく寂しい「少年」。この冒頭の三曲でいきなりノックアウトされてしまいます。アニキ作曲の「放浪フリーク」も人気曲だし、亀メロの王道「それを魔法と呼ぶのなら」も美しいし、さわやかな曲調なのにこれでもかというくらい毒づいている「GRAVEYARD」もいい。そしてもう一曲特筆すべきは「KINGDOM COME」。メロディに対しての詞の当てはめ方が完璧なんですよね。どういう音の言葉を当てたら心地よく響くかが計算し尽くされています。充実した作品群ですね。尚、このアルバムから『真昼のストレンジランド』までは長田進さんのプロデュースです。


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『From a smalltown』(2007年)

初めてジャムセッションで作った曲を含むアルバム。まずはなんといっても「スレドニ・ヴァシュター」(サキの短編小説に出てくるイタチの名前)が最高にカッコいい。亀井氏のドラムのキレ、西川氏のうなるギター、田中氏のシャウトが見事に結晶したハードナンバー。歌詞も毒田中全開。ちなみに詞に出てくる〈アナバプテスト〉は同小説に出てくる言葉、〈トバモリー〉もサキの小説のタイトルですね。あと特に好きなのは終始不穏な空気を纏う「ママ」。ジョン・レノンにとっての「Mother」にあたるような曲なのかもしれません。詞も素晴らしい。そして亀メロの真骨頂とも言うべき「指先」。亀井さんが紡ぎ出したメロディの中で最も美しい旋律ではないでしょうか。ライブで盛り上がる「FLY」もソウル風でアダルトな「インダストリアル」もいいですね。そしてラストに収められた唯一田中氏作曲の「Juxtaposed」。編曲もコーラスも凝っていて、こんな不思議な曲聴いたことないですね。このアルバムもリリース当時かなりヘビロテしていました。


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『Sing』(2008年)

これまでの集大成と呼んでもいいような素晴らしく完成度の高いアルバムですね。(音楽ライターなども「傑作」「金字塔」などこぞって絶賛しています。)静かなる名曲「Sing」、熱さに満ちた「CORE」、初期のような王道バインソング「Glare」、開放感に溢れたシングル「ジュブナイル」「超える」etc.充実した楽曲群。僕は特に「CORE」と、憂いを帯びて美しい「鏡」と、サリンジャーの「フラニーとゾーイー」をモチーフにした「フラニーと同意」がお気に入りです。ラストを飾る亀メロ炸裂の「Wants」もたまらない。(ドラマーが一番ロマンティックな楽曲を作るバンドってなかなかないですよね) ちなみに「CORE」の詞の最後は歌詞カード上では「いい子の夢は夜ひらく」と書かれてありますが、遊び心を加えたのか実際には「圭子の夢は夜ひらく」(藤圭子のヒット曲のタイトル)と歌っているように聴こえますね。田中氏の歌の表現力はアルバムごとに進化してるけど、特にこのアルバムは素晴らしいです。「Sing」というタイトルが示すようにボーカリスト田中和将を堪能するのにも最適なアルバムかもしれません。


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『TWANGS』(2009年)

セッションで作る曲が中心になってきた頃ですね。まず冒頭3曲の流れがすごくカッコイイ。「疾走」(まさに疾走感に溢れ、ツインギターが素晴らしい)「Vex」(初めての全編英語詞)「Pity on the boulevard」(うなるようなヘヴィなギターが聴きどころ)。ドイツの詩人フリードリヒ・ヘルダーリンのことを歌ったカントリー調の「Darlin’ from hell」も好き。「フラクタル」も美しいですね。「NOS」は<ナイトラス・オキサイド・システム>のことでしょうか。歌詞にジミ・ヘンドリックス関連の言葉が出てきます。「She comes(in colors)」の詞に出てくる<ルビーチューズデイ>はローリングストーンズの曲ですね。このあたりからけっこうハードルが上がってるというか、パッと聴いて良さが分かる曲は少なくなってくる気がします。何度も聴くうちにじわじわ沁みてくるというか。これからバインを聴こうとする人はこれ以前のアルバムで慣らしてからの方がいいかもしれないですね。


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『Live Session EP』(2009年)

iTunes限定。「GRAPEVINE LIVE 2001 NAKED SONGS」以来7年ぶりのライブ盤。収録されているのは「CORE」「ジュブナイル」「Sing」「超える」「フラニーと同意」「FLY」の6曲。特にライブで映える曲がチョイスされていて、どの曲もすごくカッコイイですね。僕は目的地まで30分みたいな時に電車や車でよく聴いています。


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『真昼のストレンジランド』(2011年)

もはや成熟を通り越して渋ささえ感じさせる域ですね。ミディアムテンポやスローテンポの曲が多くて、落ち着いた大人のアルバム。全体を通じてメキシコとかアメリカ西部や南部の乾いた風のようなものを感じます。楽曲ではまず「This town」がツアーライブの定番曲といった佇まいでいいですね。最後の西川アニキのギターがすごくカッコイイんですよね。メンバーもこのギターこそがサビだと言及しています。「Silverado」や「風の歌」もギターが歌っているように感じますね。おなじみの海外文学関連では「ピカロ」の歌詞でヘミングウェイが登場します。個人的にはこのアルバムだと、ほとんど歌詞がない「夏の逆襲(morning light)」が好きです。曲構成も演奏もすごくカッコイイんですよね。


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『Best of GRAPEVINE 1997-2012』(2012年)

15周年記念のベスト盤2枚組。自分たちで曲を選べないということで、ファン投票を参考にしつつ選曲したとのこと。その時の投票結果はこんな感じだったそうです。

1位ー光について 2位ー望みの彼方 3位ーEveryman,everywhere 4位ースロウ 5位ーアナザーワールド 6位ーGlare 7位ーOur Song 8位ー君を待つ間 9位ー豚の皿 10位ー白日 11位ー指先 12位ーエレウテリア 13位ー風待ち 14位ー遠くの君へ 15位ー棘に毒 16位ーHere 17位ーCore 18位ーリトル・ガール・トリートメント 19位ージュブナイル 20位ー真昼の子供たち 21位ーReverb 22位ー放浪フリーク 23位ー超える 24位ー想うということ 25位ーふれていたい 26位ースレドニ・ヴァシュター 27位ーlamb 28位ーDarlin' from Hell 29位ーぼくらなら 30位ー羽根

興味深い結果ですね。おそらくバインファンの誰もが「うん、納得」という部分と「えー! あの曲入ってないの!?」と思う部分があることでしょう。それぞれに思い入れの深い曲って違いますよね、きっと。僕の中で筆頭にあがる「ダイヤグラム」もランク外でした・・・。


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『MISOGI EP』(2012年)

ジャムセッション式の作り方を一旦お休みし、亀井ソング一色となったミニアルバム。プロデューサーは河合誠一マイケルさん。前2作に比べるとかなり聴きやすい6曲です。タイトルがすべて日本語アルファベット表示で、歌詞には宗教の言葉が多く登場します。(「MISOGI」「ONI」は仏教、「YOROI」「RAKUEN」はキリスト教)個人的には大江健三郎さんをモチーフにしていると思われる「ONI」が好きですね。「SATORI」「ANATA」もいいな。


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『愚かな者の語ること』(2013年)

『イデアの水槽』以来久々のセルフプロデュース。制作指揮は西川アニキがとったようです。また一段バンドとしてのギアが上がったという感じがしますね。AOR的アプローチの「迷信」や途中で曲調がガラッと変わる「われら」といった新たな試みも。これまでにないほどカントリー調で明るい「片道一車線の恋」も聴きどころ。でも、このアルバムだと特に好きなのはやっぱりリードトラックの「無心の歌」と「なしくずしの愛」ですね。どちらも理屈抜きにカッコいい。「無心の歌」の歌詞好きですね。「なしくずしの愛」はフランスの作家ルイ=フェルディナン・セリーヌの「なしくずしの死」からとっていると思われます。(詞に出てくる<夜の果ての旅>も同作家の小説「夜の果てへの旅」からとっていると思われるので)「われら」はロシアの作家エヴゲーニー・ザミャーチンの長編「われら」をイメージしていると思われます。田中氏の詞からはディストピア小説の要素が感じられるので。


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『Burning tree』(2015年)

大好きなアルバムで、2010年以降ではこれを一番よく聴いています。セルフプロデュースで、本作も西川アニキが制作指揮。ウォータードラムが印象的な「Big tree song」の幕開けからラストまで一気に持って行かれますね。疾走感のある「KOL」、不穏でメロディアスな「死番虫」、タルコフスキーの映画をモチーフにした「サクリファイス」、おそらくゴダールの映画からとったと思われる「アルファビル」。(ゴダールの「アルファヴィル」もディストピアを描いた作品)僕はキラーチューンとも言うべき「Empty song」や繊細な「流転」が好きですが、なんといってもイチオシは「Weight」。(「Wants」のアナザーストーリーとして作られ、どちらにも「通りすがりにこう云っただけ」という詞が出てきます)この曲は個人的にはバインで最も好きな楽曲のひとつですね。なんて美しく悲しい曲でしょうか。


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『BABEL,BABEL』(2016年)

高野寛さんとの共同プロデュース。第一印象は「変なアルバムだなあ」と思いましたね。すごく実験的な試みをしていて、癖のある曲が多い。でも、聴き込むたびに味わい深くなるアルバムで、今では完全にハマっています。リズム隊に特徴のある「Heavenly」と「BABEL」が特に好き。「BABEL」のドラムとギターのカッコ良さ、中毒性が高いですよね。亀メロが美しく漂う「Faithful」「UNOMI」「Scarlet A」もいい。「Scarlet A」の詞はナサニエル・ホーソーンの「緋文字」をベースにしつつ、映画「俺たちに明日はない」のイメージを重ねていると思われます。この融合パターンは「Golden Dawn」でも試みられていて、前半が「源氏物語」、後半が「タロットカード」に関する言葉が並んでいますね。(「Golden Dawn」というタイトルはおそらく「黄金の夜明け団」という西洋魔術結社から)。「SPF」は詞に紫外線などが出てくるのでおそらく「Sun Protection Factor」のことではないでしょうか。ところで、「BABEL」のサビの歌詞ですが、各行の行頭が

愛を植え勝つ者(ア・イ・オ・ウ・エ)=ア行 

立ちつ手と手を~(タ・チ・ツ・テ・ト)=タ行

~か 聞け酷使した者(カ・キ・ケ・コ・ク)=カ行

刺せ思想すら~(サ・セ・シ・ソ・・ス)=サ行


となっているんですよね。三度目のリフレインでも


青い上を目指す~(ア・オ・イ・ウ・エ)=ア行

立て土と水を~(タ・テ・ツ・チ・ト)=タ行

~か 聞け告示した者(カ・キ・ケ・コ・ク)=カ行

刺す姿勢そりゃ~(サ・ス・シ・セ・・ソ)=サ行


となっていて、おそらく田中さんはかなり音にこだわってこの詞を書いたのではないかと思われます。


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『ROADSIDE PROPHET』(2017年)

セルフプロデュース。20周年記念シングルの「Arma」で始まるんですが、これほどストレートな歌詞って田中さんには珍しいですよね。まだまだこれからといった決意表明ともとれるような前向きな曲。ホーンセクションを取り入れている点も珍しい。「Shame」もポリスっぽいイントロでカッコイイですね。〈無礼講〉と〈ブレイクオフ〉、〈エイジャの明日〉と〈聖者のアス〉、〈on the floor〉と〈女風呂〉など韻の踏み方も絶妙。フローベールの「ボヴァリー夫人」をイメージしたという「レアリスム婦人」やシェイクスピアの「マクベス」から引用している「The milk(of human kindness)」といったお馴染みの文学モノもあります。僕はこのアルバムだとデヴィッド・フォスター・ウォレスのスピーチをモチーフにしていると思われる「これは水です」が一番好きですね。全体的に田中さんの歌声にはますます磨きがかかっています。


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『ALL THE LIGHT』(2019年)

ホッピー神山さんがプロデュースで参加し、キーボードの高野勲さんは本作の収録に参加していません。またベースの金戸覚さんとホッピー神山さんが作曲に携わっている曲もあります。バインはいつも一曲目に驚かされるけど、今回はまさかのアカペラ(「開花」)という。「Arma」に続きブラスセクションを取り入れた「Alright」やハードナンバー「God only Knows」もカッコイイですね。エレキギター弾き語り風の曲「こぼれる」など新たな試みも。僕が特に好きなのは「雪解け」と「弁天」と「すべてのありふれた光」。「雪解け」は名曲ですよね。僕はこのAメロ大好きです。全体的に詞はここ最近の特徴であった文学からの引用はあまりないように感じます。ところで「開花」の詞がまたすごくて、冒頭から

川が(KaWaGa) さらら(SaRaRa) 花は(HaNaWa) はらら(HaRaRa) あたたか(ATaTaKa) 朝が(ASaGa) 儚さ(HaKaNaSa) さわった(SaWaTTa)

といった具合にすべて完璧に「a」で韻を踏んでいて、これが最終句の「さらば(SaRaBa)」まで続きます。ここにも田中さんの音に対する徹底的なこだわりが表れていますね。


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『新しい果実』(2021年)

コロナ禍のためか2年4カ月のブランクを経てのリリース。今回はセルフプロデュース。まず1曲目の「ねずみ浄土」の新しさにいきなりシビれます。なんて引き出しの多いバンドだろうと。ファルセットも独特のコーラスも美しい。しかも歌詞は「復楽園」(ジョン・ミルトンの叙事詩)と「おむすびころりん」の融合という斬新さ。(「ねずみ浄土」とは「おむすびころりん」の別名) まるでアダム(地声)とイヴ(ファルセット)でデュエットしてるかのような構成にも思えます。<おやすみダーリン><鼠降臨><おむすびころりん>という韻の踏み方も絶妙ですね。<新たなフルーツ>と<新たな普通>で韻を踏んでいる箇所もありますが、ということは「ニューノーマル」→「新たな普通」→「新たなフルーツ」→「新しい果実」という流れでアルバムタイトルになったのかもしれません。やはりコロナの影響がありますね。そしてソウル風の「目覚ましはいつも鳴りやまない」、ドラムが最高にカッコいい「Gifted」と先行配信曲が続きます。ラップ風の歌い方を取り入れた「ぬばたま」や亀メロ王道の「さみだれ」も味わい深いですね。(「ぬばたま」の歌詞で〈飢えに飢えり〉と表記されている箇所は「2020(トゥエンティトゥエンティ)」と歌っているように聞こえます) 〈阿呆〉〈阿修羅〉〈阿吽〉〈阿鼻叫喚〉〈阿弥陀〉〈阿る〉と畳みかける仏教ロック「阿」は初の五人作曲クレジット。旧約聖書の怪物が登場する「リヴァイアサン」、80年代サウンド風の「josh」、理想の死を描いたような「最期にして至上の時」など、最後まで息つく暇もない名曲揃いです。


『Almost there』(2023年)
 
今回はサポートメンバーでキーボーディストの高野勲さんがプロデュース。亀井曲が6曲、田中曲が5曲のバラエティに富んだ楽曲群です。まず先行配信曲「雀の子」が<小林一茶>と<関西弁>の融合という斬新な一曲。<Human Nature Nature>と歌いつつ歌詞カードには<ヒマな兄ちゃん姐ちゃん>と記載するなどの遊び心も。普通のバンドなら美メロで爽やかな「それは永遠」や若々しいロックナンバー「Ready to get started?」(歌詞は松本零士リスペクト、コードはゴダイゴの「銀河鉄道999」)あたりを先行にしそうですが、「雀の子」のような異形な曲をリードトラックにするところがバインらしい気がします。「実はもう熟れ」(おそらく<ミ・アモーレ>の捩り)はノスタルジックなダンス・ナンバー。「アマテラス」はヒップホップ調の箇所も。「Goodbye,Annie」は<ロンリーコンドルのアイランド>を<ロリコンどものアイランド>、<アブサン>や<Annie Thorne>を<アニソン>と聴こえるように歌っているので、日本のアニメ文化(あるいはアニソンタイアップをしているバンド)を皮肉っていると思われます。(Annie ThorneはおそらくC.J.チューダーの小説「アニーはどこにいった」より)これも好きな曲ばかりですが、個人的には「Ophelia」のアコギとエレキの絡み合いが堪らないですね。LGBTQにも触れた極上のラブソング「SEX」も素晴らしい。アルバムごとにアップデイトしていく姿勢からはオルタナティヴであり続ける矜持のようなものが感じられます。尚、アナログ盤には新曲「Loss(Angels)」も収録されています。
 

ここまでのアルバム未収録曲(カップリング等)にもいい曲は山ほどあるけど、個人的に特に好きなのは「Sabbath」「アダバナ」「ポリゴンのクライスト」「大脳機能日」「エレウテリア」ですね。Apple Musicではこれらもすべて聴くことができます。

グレイプバインのリリース年表を見ていくと、97年のデビュー以来四半世紀以上にわたりコンスタント(ほぼ1、2年ごと)にアルバムを出しています。今の日本でそんなバンド他にちょっと思いつかないですよね。それが可能なのは、もちろん支持し続けるリスナーがいるからでしょうけれど、やはりメンバーの音楽に対する愛情あってこそじゃないかなと思います。



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