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<日本灯台紀行 旅日誌>2021年度版

 
<日本灯台紀行 旅日誌>紀伊半島編

#13 七日目(2) 2021年3月26(金)

麦埼灯台撮影

七日目の二か所目の撮影地は、大王埼灯台から南西方向へ20キロほど下った麦埼灯台だ。地理的には、伊勢志摩地方の最南端である。

10:30 移動 11時 麦埼灯台着>。ナビに、麦埼灯台を指示してから、そのあと、どこをどう走ったのか、ほとんど思い出せない。しっかりとしたイメージが出てくるのは、民家の立ち並ぶ細い道を、うねうねと走った先にあった、日当たりのいい漁港だ。その(片田)漁港は、幾本もの防波堤に守られていて、浜沿いに、係船岸壁がずっと続いている。広々しているわりには、漁船の数が少ない。人の姿も見えない。静かな場所だった。

麦埼灯台は、観光灯台ではないので、付近に駐車場はない。道が狭くて、路駐もできない。これは、事前の下調べでわかっていた。とはいえ、車はどこかに止めなければならない。グーグルマップで調べていると、灯台のかなり手前に漁港があり、その係船岸壁の一番端に駐車できそうだ。というか、ここしかないのだ。だが、私有地だろう、無断駐車が可能なのか?とやや不安であった。

漁港の入り口には、関係者立ち入り禁止の看板もなく、ロープも張ってない。自由に出入りできそうだ。これ幸いと、ゆるゆると岸壁に入り込み、行き止まりまで行った。目の前には海に突き出た防波堤があり、背後の防潮堤には、都合のいいことに、うえの道に上がる階段がついていた。大きなワゴン車も一、二台止まっていて、あきらかに釣り人の車だ。ここなら、駐車しても、とがめられることはないだろう。

少しやる気になっていた。身体が、いわゆる、撮影モードに入っている。防潮提の階段を登り、道に上がった。灯台など、どこにも見えない。だが、カンを働かせて、灯台があるであろう方向へと、防潮堤沿いの道を歩き出した。しかし、じきに道は行き止まり。さてと、見回すと、左手の方に、ゴミの集積所があり、民家が見える。近づいてみると、<麦埼灯台>の案内板があった。

案内板の矢印に従って、進んだ。すぐに分かれ道になるが、そこにも案内板があり、矢印に従って、右に曲がった。民家が点在する林の中の細い道だ。少し坂になっている。あれ~と思って、進んでいくと、なんとなく、行き止まりになってしまった。

間違ったかな。今来た道を戻った。と、庭の手入れをしている女性がいたので、道をたずねた。教えてくれたのは、さらに林の中に入っていく、道なき道だ。半信半疑で、教えられた方向へ進む。軽自動車一台がやっと通れるほどの坂道だ。両脇には背の高い竹が鬱蒼としていたが、木洩れ日がいい感じだ。そんなことよりも、この先に本当に灯台があるのかと少し疑った。だが、方向的には間違いないとも思った。

さして長い坂でもなかった。登りきったところは、当然ながら、少し高い位置だ。正面少し下、竹林に挟まれた視界の真ん中に、白い灯台がちらっと見えた。その向こうには、水平線があった。やっと見つけた、というほどの感動ではない。だが、文字通り、目の前がパッと開けた感じがして、気持ちが明るくなった。

どれどれどれ、灯台に近づいていった。お決まりのように、灯台の近くには、小さな公衆トイレがあり、剥げかけた案内板があった。(文飾的にはこの方がいいが、これは間違いだ。最近設置した感じの立派な案内板だった。)
とにかく、まずもって、裏?からは、まったく写真にならなかった。中型灯台だが、地上部に四角い建物が付属していて、灯台の底部を隠している。ほかにも、電信柱が横にあり、その電線が、灯台の胴体にかかっている。見た目、なんとなく、雑然としている。

裏がだめなら正面だ。岬の突端部、海側に回ってみた。海側には、小さな東屋があり、休憩できそうだ。もっとも、休憩している場合でもない。向き直って、灯台に正対した。だが、これまた、お決まりのように、引きがなく、灯台の全景は撮れない。さてと、見回すと、海女の姿をかたどった白い看板のようなものが目についた。なるほど、記念撮影用だ。で、海女さんをパチリと一枚撮ったのか?いま撮影ラッシュを見直すと、このちょっとあと、海を背景に、シナを作った、ややセクシーな海女さんの看板を一枚だけ撮っていた。よほど気分がよかったのだろう。

東屋を囲っている柵の下には、断崖沿いに、コンクリの小道があり、防潮堤に付帯している階段まで続いていた。ということは、下の海岸に下りられるということだ。階段に近づき、下を覗き見た。岩場になっている。下りないわけにはいかないだろう。とはいえ、写真的には、ほぼ無理だった。画面の下半分はコンクリの反り返った防潮提で、その上に、灯台がちょこんと見えるだけだ。これでは、完全に、防潮堤が主役だ。別に、防潮堤を撮りたいわけではないのだ。もっともこの場所は、観光で来た家族が、磯遊びするには最高の場所だろう。見渡す限り、穏やか海だった。

念のために、岩場づたいに、左手に回り込んでみた。灯台は死角になり、ほとんど何も見えない。ついでに、右手というか東側にも回り込んだ。岩場はさらに狭くなり、首が痛くなるほど見上げても、灯台は見えなかった。そのあと、また東屋まで戻って、気晴らしに、海女さんの看板を撮ったのだろう。そして、最後の望みとも言うべき、というのは、これまでに麦埼灯台の、まともな写真は一枚も撮れていないわけで、灯台の西側にある広場へ行った。

断崖沿いの、雑草の繁茂した細長い広場だった。柵沿いに、崩れかけたベンチが、いくつかあった。もろに陽が来ていて、眩しい。この広場は、灯台の斜め右後ろに位置しているものの、灯台が、わりとかっこよく見える。アングルとしては、こうだ。中央やや左寄りに灯台、右側には海があり、水平線が見える。ま、お決まりの構図だな。断崖沿いの柵とベンチを入れて、雑草で緑に染まっている手前の広場から垂直にパンする。明かり的には、やや斜光気味で、申し分ない。

だが、ここでも、例の<ジレンマ>に悩まされた。お馴染みの、灯台の垂直と、水平線の水平の両立だ。ま、今回は、岬と水平線との<ねじれ>関係がきついので、両立どころか、水平線を画面に取り込むことさえ、かなり難しい。つまりは、灯台が、画面の左寄りではなく、中央寄りになり、広場左側のなんということもない木立が、やけに目立ってしまう。

こうなれば、ベストポジションもヘチマもない。<ローラー作戦>開始だ。ほぼ一メートル間隔で、広場の周囲を撮り歩きした。あとは、例の<ジレンマ>から逃れるために、灯台だけをアップで撮ったりもした。しかし、これは、その場でモニターした時、一目で、モノにならないと思った。

時間にして、どうだろう、三、四十分集中して撮影していたのだろうか、<ローラー作戦>を終了して一息入れた。日差しがきついが、柵沿いのベンチに座って、今一度撮影画像のラッシュを見た。すべてが、箸にも棒にもかからない、と言う程ではなかった。少し安心した。

さてと、立ち上がった。目の前の海が広々している。キラキラしていてきれいだ。目を細めると、はるか彼方に、小さな島が二つあり、その右側に、灯台らしきものが見えた。先程、漁港の防潮堤沿いの道から見えた、海の中に浮かんでいた灯台だ。デジカメの望遠を利かせて、確かめた。岩礁に立つ深緑色のロケットのような形をした灯台だった。

カタチが、ごつくて、いかにも時代を感じる。なんであんなところ一基だけ立っているのか?と思いながら、デジカメで何枚も撮った。そのうちには、ロケット灯台の横を、小さな漁船が真一文字に疾走していく。三角の高波を次々と乗り越え、波しぶきをあげている。勇ましいというか、爽快だね。でも、あんなことは、俺にはできないな、と思った。

引きあげだ。その際、色とりどりのお花をつけて、広場一面に咲き乱れている雑草たちに、多少心が動いた。観光客が大勢来る広場だったら、雑草も生えないだろう。だが、ここには、ほとんど誰も来ない。雑草の繁茂がそれを証明している。そういえば、こんなにいい天気なのに、人の姿が全くない。虫や草や木、青空や太陽の息づかいが聞こえる。いや、これは比喩だ。それほど、静かだった。

東屋の下のコンクリの小道を歩いて、戻った。ダメもとで、というか記念写真のつもりで、見上げるような感じで、灯台を撮った。むろん、手前に、東屋や柵が入ってしまう。そればかりか、このとき、改めて気づいたのだが、幟をたてるような、かなり長い竿が立っていた。竿は先のほうで直角に曲げられていて、その曲げられた棒の先端は紐で、柵に固定されている。どのような用途で使用されているものか、その時も、今も正確にはわからない。ただ、写真的には、非常に邪魔だ。灯台の左横での存在感が強すぎる。人間の気配、漁民の雄々しい生活を直感したのかもしれない。

少し坂になった小道を登り、灯台を追い越した。公衆トイレの手前あたりだっただろうか、立ち止まって振り返った。もろ、逆光だ。視界が暗くなり、灯台はよく見えなかった。名残惜しい、とは思わなかった。その場を立ち去るときに、忘れ物はないかと振り返る、いつもの癖に近かった。忘れ物はない。向き直って、竹林の中の坂を下りた。木漏れ日というよりは、背後から陽が差し込んでいて、妙に明るかった。

竹林の坂を下りきって、少し視界が開けた。道をたずねた女性の姿を眼で探したが、ひとっ子一人いない。突き当りを左に曲がり、からっぽのゴミの集積所をチラッと見て、防潮堤沿いの道に出た。途中で止まって、海の中の緑色のロケット灯台を、またデジカメで撮った。構図的にも距離的にも、無理だとわかっていたが、写真にしたかった。未練だな。

さらに行くと、防波堤の先端に赤い灯台が見えた。ちょうど、車を駐車したあたりだ。出発するときは、前へ前へと、気持ちも体も急いていたのだろう、赤い防波堤灯台のことは、ほとんど目に入らなかった。だが、今は、気分的にはフラットになっていたし、そのうえ、いやおうなく目の前に見えるのだ。反射的に、カメラを向けた。

そのあとは、防潮堤の上を、撮り歩きしながら、自分の車へと向かっていった。防潮堤の下は浅瀬の岩場で、海の色がコバルトブルーだ。驚くほど透明で、瑞々しい。撮れないとわかっていても、カメラを向けないではいられなかった。

防潮堤の階段を下りた。そばに、白いワゴン車が何台か止まっていた。明らかに仕事車で、作業着を着た男たちが三、四人、防波堤の上に居る。何か話しながら、赤い灯台の方へ向かっていく。灯台の見回りだなと思った。

車に乗った。ナビに<安乗埼灯台>を指示して、出発した。広い岸壁をゆるゆる走って、漁港を後にした。いや、気まぐれだ。ユーターンして、少し戻った。中途半端な所に車を止め、カメラをもって外に出た。逆光の中、防波堤の赤い灯台が、何か言っている。いや、そんなことはない。だれかに促されて、そのハードな光景を撮っただけだ。撮っておかないと、あとで後悔するような気がしたのだ。

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