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シャワーなしバランス釜物件体験記

シャワーなしバランス釜物件に住むようになり、早いもので2年近くが過ぎようとしている。老害マウントを取るつもりはないし、なるべくそういう生きざまとは無縁でいたいが、平時の会話においてバランス釜について言及しても伝わらないケースは少なくない。それだけ、時代に淘汰されつつある入浴機構であるというわけだ。参考までにリンクを貼りつけておく。

要は古式ゆかしい団地にあるような、風呂桶(「バスタブ」という言葉はそぐわない)に張った水を循環させ、温めたうえで入浴するという代物である。あるいは「カチカチカチカチ……ボッ」という動作音を放つ代物である。シャワーが備えられた機種もあるが、僕の自宅はそうではないので水張り10分、温め40分、風呂に入ろうと思ってから都合50分かかる計算になる。つまりは入浴を済ませていない状態で近所の友人から飲みに誘われても、すぐには出かけられない状況にあるわけだ。由々しき問題である。

シャワーがないという現実がいかに厳しいものであるかも、この2年の間に痛いほど思い知った。それは僕がロン毛であるからであり、ロン毛であるからであり、ロン毛であるからだ。洗面器で30回、髪をすすいでもいまひとつリンスが流れた実感が持てない。おかげで右腕の筋肉ばかりが、やたらに発達しているような気がしてならない。いずれも望んだことではない。入浴を思い立ち、入浴を終え、髪を乾かしている間に平気で1時間が経過してしまう。これでは外出もおっくうになるというものだ。

日常的に湯船につかる習慣がある人なら、まだマシであろう。シャワーがない以上、否が応でも湯船を満たす必要があるわけだから。ただ残念ながら、僕はそこのところに当てはまらない。必要に駆られて銭湯に行くようなことがあっても、ものの15分で入浴を終えてしまう(こちらはこちらで、他人の裸体を直視したくないという事情もある)。風呂桶の水をまるまる温めるわけだから、その表層部がより熱くなってかき混ぜる必要が生じるのだけど、毎度誰も見ていないのに「あっつ!」と芝居じみたリアクションを取ってしまう。どうひいき目に見たところで、シャワーなしバランス釜に向いていないのである。

もちろん、好き好んでバランス釜を物件選びの譲れない条件に設定していたわけではない。逆張りあるいは「レトロ好きなんです〜」的ブランディングの見地から、バランス釜を選択したわけでもない。物量からしてワンルームには住めない独居男性が、物件数の限られる年度変わりに、限られた予算内で半ばなし崩し的に契約を結んだ、そういう話である。令和の物件選びにおいて、バランス釜を念頭に置くケースはそうそうないはずだ。ある友人からは「今後、異性とねんごろになるためにも転居を勧める」との声も聞かれる。はは〜んと思う。

異性どうこうは相手あっての話だから置いておいて、バランス釜が自らの行動を制限していることは確かだ。外出の意欲を削がれることは「散歩愛好家」などと自称している僕にとって、わりとクリティカルな問題でもある。バランス釜で心身両面のバランスは取れない。可及的速やかに転居することでバランスを取りたい。そういう1年にしたい。念のため付言しておくが、大家さんはいい人である。

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