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北の果ての寒村で、年越しして見えてきたもの


小さな集落にひっそりと建つ秘密基地のような宿

2024年の年明けは問寒別(といかんべつ)という小さな集落で迎えた。北海道の北の端っこ、幌延という町のさらに端にある200人規模の町だ。

この集落にはちょっと変わった特徴がある。リピート客が異様に多く、そのほとんどが若者なのだ。

日本中の田舎から若者離れが激しいこのご時世に反して、問寒別には長期休暇の時期になると、異様なほどに20代前半の若者ばかりが訪れる。そして彼らは皆、とあるゲストハウスに泊まっていく。

“ウタラといかん”という秘密基地
空き家かと思わせる位、飾り気のない見た目をしたこの宿は、オーナー曰く“問寒別で最もボロい家”を譲り受け改築したもの。ここがこの地に訪れた人の憩いの場となる。この年末年始は実に8泊9日をここで過ごした。

ゲストハウスに集う個性豊かな面々

この宿に集まる人たちは、控えめに言ってクセの塊である。以下は宿で出会った愉快な面々だ。

大好きな鉄道に目をキラキラさせてハジける、無垢な高校生に大の大人
問寒別の主な観光資源は、近くを走るJR宗谷本線。雪原の中をトコトコと1両編成の電車が走る旅情溢れる最北の路線で、鉄オタには垂涎の地だ。その筋には有名な「秘境駅」糠南駅は、宿から徒歩30分で行ける距離にある。

周りに人の気配がなく、原野しかない「秘境駅」糠南
テレビ番組でもたびたび紹介される

混じりっ気のない、おそらく日本有数レベルの鉄オタが集まるため、彼らが食卓を囲んだ時のグルーヴは半端ではない。自分の偏愛をそれぞれが語り、共感が生まれる。お互いが知っている話題が出ると、一気に話はヒートアップする。ふだんの生活では見られない爆発的なテンションがそこにはあった。

中には高校生3人組も泊まりにきていた。彼らはずっと宗谷本線に憧れ、今回ついに念願の訪問を果たしたのである。その表情は確かに嬉しさと達成感に満ちていた。青年の一つの夢が叶った瞬間は、見ていてこっちまで嬉しくなる光景だった。
夢は宗谷本線の運転手になることだそう。応援せずにはいられない。

突如始まるクラシック音楽のセッション
この宿にはなぜか音楽に秀でた人が集まる。オーナーはバイオリン、スタッフはピアノを得意とし、今回はその友人でチェロ弾きとコントラバス弾きがやってきて、宿は常に楽器の音色が聞こえていた。
そして、皆が皆本当に上手いのだ。5、6人いて初心者っぽい人が一人もいない。
人里離れた村の古民家の中で、上品で耽美的なコンサートが自然発生し、ベートーベンやらマーラーやらの話に花を咲かせるなどと、おとぎ話のようなことが実際にここでは起きている。

このまちをどうにか盛り上げていきたいと思っている地元民
年末年始ともなるとご近所さんもやってきて、食べ物をお裾分けしてくれるついでに食事を楽しむ。
そんな地元民は時折こうこぼす。

「若い人がどんどん増えて活気が増えてほしい」
「自分の町にはいいものが揃っているのに、アピールのし方がいまひとつ」

過疎化・少子高齢化している集落はひとえに「衰退している」とばかり言われる気がするけれど、よく耳を傾けてみれば我がまちを盛り上げようと意欲に満ち溢れているのだ。解決策がわからず進展が見えない状況だとは思うが、この地域が自分らにしか無い魅力を誇り、外へアピールできるようになれたら良いなと思う。


ビジネス的にどうだろうが、文化的で牧歌的なユートピア

あまり具体的なことは言えないけれど、オーナー本人曰くこの宿はそこまで経済的に潤っているわけではなく、実際当の本人もアルバイトと掛け持ちをして生計を立てている。
どれだけ場が盛り上がっていようと、お金を作ることが本当に難しいということを思い知らされる。まして-30°Cにもなる寒冷地だから、灯油などの必需品も容赦なく家計を圧迫する。

しかし、この宿にはお金とは違う幸せがある。
まず、ここを拠点に多くの人が問寒別の地を訪れている。普通なら、多くの人が生涯知ることの無い場所が、この宿によって知らしめられている。
自論だが、ホテルやゲストハウスは町の顔であり、初めて訪れる余所者にとって町の入り口になるべきだと思う。ウタラといかんはそのような役割を十二分に果たしている。そして、その役割は奇しくも、この宿のみんなが好きな鉄道や駅と一緒だ。

さらに、ここに泊まりに来た人は、宿のことを自然と手伝うようになる。
もてなされるべき客側なのに、何を指示されるでもなく料理や片付け、掃除などを自然に手伝うようになり、その自主性と助け合いの精神で宿が成り立つと言う特殊なシステムができている。自然と手伝いたいと思わせるオーナーの人間性が、他では見られない「皆で作る宿」を実現させている。
(ちなみに筆者は、常連客として通って色々な手伝いをしているうちに、いつの間にかここのスタッフに昇格していた)

お正月の一コマ。おせち料理もお客さんが持ってきて振る舞ってくれた

設備や経営こそままならねど、そこにいる全員が思い思いに自己表現をし、この地を、宿を、宿主を愛しているのは最強の個性でありゲストハウスの理想像だと思った。こういったことと、経済的な成功の両立がとても難しいのは不都合な現実だけれど、いつか今の良さをそのままに陽の目を見てほしいと思わせる、そんな環境だった。


問寒別神社のしめ縄。今年もいい年になりますように

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