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短編 サム カインダ ラブ

 わたしは県庁所在地が言えない。正確に言えば、県名と所在地が異なる県庁所在地を知らない。というか、県庁所在地という言葉やその全てに興味がないのだ。

「三重県が津市で、滋賀県が大津市って、
ひっかけじゃなかった?」

ってまるで、あるあるネタの様に、彼は定期的にわたしに聞いてきた。

 相手が、自分より足らないことを知ることで安心を得るひとだった。その分ストイックで、その姿勢に安定を求めて、つい好きになった。

 彼はわたしのふたつ歳上で、もうすぐ30をむかえる。同じ会社の別の部署のひとで、わたしは宣伝部で毎月のセール担当を、彼は管理部でプログラマーをしていた。

「四国とか、いつも勘だし。」

と言ってあげると、毎回手を叩いて喜ぶことも知っていた。

 そんな彼がチーム内でパワハラに遭っていることを告白してきた。彼の住んでいた五反田のマンションで、二人ともワインが進んでいた。

「明日が納期のプログラムにミスがあったって、夜の10時に田中さんから電話があって、クソが、お前マジで無理だわ、って
怒鳴られて電話切られた。

すぐに送られてきたデータをみて、修正しようとするんだけど、いくら中をチェックしても分かんないのよ。まるで俺が組んだプログラムじゃないみたいで。

で、しばらくして気づくんだけど、やっぱり俺のじゃなくて、田中さんのものだったんだよね。見たらわかるって。そう、俺のより全然凄くて。

このコードで、あそこ省略できるんだとか、確かにこっちの方が速いなーって思ったり。知ってる?田中さんあれで上智出てるんだぜ。

でも、何よりも明日の朝までに間違いを直さないと、って徹夜で作業してたら、朝8時に、俺が直して送っといたからって寝起きの声で言われてさ。そう、電話。

絶対にもともとミスなんてなかった、そう思うでしょ?完全にただの悪意じゃん。

それで切り際、何て言ったと思う?

俺の思い通りにいかないように、お前の思い通りにもさせないから。(※)

って、有り得ないだろ。」
 
 彼は小さい頃から、県庁所在地を覚え、
コツコツと積み上げていき、誰もがうらやむ会社に入った。

 だけど、そんなことが定期的にあって、だんだん病んでいって、最終的に適応障害というラベルを受け取って長野の実家に帰ってしまった。

 事故にあったと思ってまた頑張って欲しいと心から思う。

 わたしたちは、自分ではどうしようも無い何かに出会ったとき、結局逃げることしかできない。唯一できることは、納得の仕方だけなのだ。

 わたしは今、彼と別れて、親友のエリカと一緒に、L.Aへ飛ぶ飛行機の中でこれを聴きながら、機内食を食べ、この後泊まるホテルの口コミを漁っている。

県庁所在地なんて覚えているヒマなどないのだ。

(※inspired from J'Da Skit)


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