「守備が軽い」と言われた男・小川諒也が日本代表になるまで
2021年3月19日、2022年W杯の予選に向けたサッカー日本代表のメンバーが発表された。
U24の活動日程と重なることから、8人もの選手がA代表へ初招集となった。
長引くコロナ禍で海外組の招集には高いハードルが残る中、国内から多士済々の面々が集結する。
●日本代表初招集
その初招集組の中でも、「ついに選ばれた。よくぞここまで」と思わずにはいられない選手がいる。
小川諒也である。
2015年にFC東京に加入し、今年で7シーズン目に突入。
高卒で加入し、レンタル移籍等を経験していないことから、24歳にして森重真人に次ぐクラブの古参である。
前髪を気にして頻繁に触る癖があり、それは公式戦の試合中であっても散見される。髪色、表情から「チャラ男」と見られることもあり、その癖とも相まって選手・サポーターからはイジられがちである。
チームの公式チャンネルでは、こんな企画も担当している。
●経歴
彼のこれまでの道のりは、次のようになる。
ユース年代では、流通経済大柏で主将として活躍。左サイドのMFとして全国サッカー選手権でも存在感を放つ。
2015年の加入後、ルーキーイヤーではACLの4試合に出場し、その後もコンスタントにJ1で出場。
太田宏介が所属していたことから、レギュラー奪取には至らないものの、J3(FC東京U23)を主戦場とした2017年、2018年を経て、2019年にはその太田からレギュラーポジションを奪取。リーグ戦2位となり優勝争いに大きく貢献した。
●守備での欠点と戸田和幸の指摘
転機となった2019シーズンの中ごろ、とある試合の解説を担当していた戸田和幸氏が小川諒也の印象について述べた内容が、記憶に残っている。
「これまでの小川選手は“守備が淡白な”ことがたまにあって、それが課題だったんですが、今シーズンはそれがなくなりましたね。」
それまで一部のサポーターから「小川の守備は軽い」「闘争心がない」と言われ、負け試合の後には敗因として槍玉に挙げられていたが、自分はイマイチそこまで「軽い」と言われている理由が分かっていなかった。
「チャラい」という印象があるからなのか、日本屈指の対人守備能力を持つ森重真人の真横で守備をしているからなのか、いずれにせよ心無いサポーターによる根拠のない勝手な印象論に過ぎないと感じていた。
しかし、戸田和幸氏が「守備に淡白」という表現を用いて、それを克服した小川を評価してくれたことで、今までただ単に「軽い」とされていた彼の見られ方に、自分の中で着地点を見い出せた気がした。
「淡白」とは、次のような意味である。
物事の感じや味や色があっさりしていること。また、物事にこだわらず、さっぱりした人柄であること。
戸田和幸氏は、なんと見事にこの表現を使ったなと思う。
更に言うと、2018年以前の小川を少し注目してウォッチしていないと、こんな表現をはめることは難しいのではとも思う。
彼の一番のストロングポイントは恵まれた身体能力による対人戦闘の強さ。
他にも左足のパス精度など特徴はあるが、第一にはそこである。
スピードも備わっているため、簡単には抜かれないし、抜かれたとしても追いすがれるはず。
しかし、J1でスタメンを勝ち取るまでの小川には守備の調子の波があり、「抜かれても追いすがらない」ことも多々あった。
つまり、失ったボールへの執着や、失点したくないことへの意欲をあまり感じ取れなかった。
ここが、戸田和幸氏が「守備が淡白」と表現した要因だろう。
更に、小川はプレーの見切りがすごく早い選手だった。
例えば、ボールがラインを割りそうな場合は、早々にランを緩めスローインへジョグを開始する。
諦めず追った相手選手がそのボールを捕まえて、小川が担当する左サイドをぶち抜かれ失点したこともあった。
他にも、1対1で抜かれた後はすぐにCBへフォローを任せたり、対面でパスを選択した選手に対して追ってついていかずワンツーを簡単に決められるなど、首をかしげたくなる部分も確かにあった。
本気を出せば追いつけるボール、カットできるパス、抜かれても追いつけるスピードも持っているのに諦めて追いすがらない。
もちろん毎回こういったプレーをする訳ではないが、印象としては残っている。
「常に8割の出力でプレーをしている選手」
贔屓の選手という目線で見ても、こんな感想を抱いていた。
●守備の改善と長谷川健太
しかし、長谷川健太監督の就任で、彼の「守備の淡白さ」が改善された。
永井に対して「灰になるまで走れ」と指示したことが彼を象徴しているが、ディエゴやレアンドロ、アダイウトンなどFWにまで守備の意識を完璧に植え付ける人物である。
ユースレベルの域を出ず伸び悩んでいた久保建英に対しても、出場させるなどの特別扱いをせず、守備とフィジカルなどの改善箇所を伝え、欧州の第一線へ羽ばたかせた。
そんな監督の下での練習は、彼の欠点に対して効果絶大だった。
見違えるようにプレイスタイルに変化があった訳ではない。
東京時代の長友佑都や中村帆高のように、ガムシャラに球に食らいつくような分かりやすい必死さを見せる訳でもない。
一見これまで通りで、しかしプレーの質が向上したのである。
それまで「軽い」とされていたプレーがほとんどなくなった。
守るために必要なポジショニングは取れているし、クロスを楽な形で上げられることもほとんどない。
カウンターでは素早く帰陣し、逆サイドからのクロスにはしっかりと絞って対応することができている。
「常に8割の出力でプレーをしている選手」が、
出力の割合はそのままで、全体のパワーを底上げしていた。
長谷川健太監督は対人練習を激しい強度で繰り返す練習方法を取る。
更に、攻守の切り替えのスピードを信条としており、絶え間なく攻守が移り変わり続ける。
おそらく、そんな強度の練習を過ごす中で、状況判断の速度が向上した。
そもそも判断が遅いという場面は少なく、頭の良さを感じさせる選手だったので、そこに更に切り替えの速さが身につくことで、プレー全体に余裕が生まれたのだ。
そんな練習を重ね、J3で実戦経験を積み、J1では15試合に出場した2018年を経て、2019年には太田宏介とのボジション争いに勝利する。
太田が守備の得意なタイプでなく、攻撃やセットプレーに特化した選手だという要因もある。
右SBの室屋成とのバランスの関係で、左SBには身体能力とセットプレーなどに備えた高さを求めたのかもしれない。
更には、太田自身がピークを過ぎていたこともあっただろう。
小川自身の成長に加え、様々なタイミングが重なったこともあったのだろうが、そうこうして2015年の加入後、5年を経て初めてシーズンを通したポジションの確保を果たした。
試合中のプレーの判断に無理がなく、攻撃時は着実につなぐ。守備時は横にいる森重との関係を重視し、サイドではリスクを取らない。
「守備の淡白さ」が「堅実」へと昇華されていた。
●札幌への移籍報道
2018年のシーズン後には移籍報道があった。
東京でのキャリアで5年を経過し、未だにレギュラーポジションを勝ち取れない。ライバルには元日本代表の太田宏介。自身の主戦場は日本の3部リーグ。
そんな中でのオファーに、さぞ悩んだことだろうと思う。
長谷川健太の下で1年間の鍛錬を重ねて、仕上がりかけていた小川に着目するというのは、札幌には相当の目利きがいたようだ。
サポーター目線でも、絶妙な立場の選手に声をかけるんだなと、関心した。
それと同時に「出ていってしまっても仕方ない。魅力的なオファーだ」とも感じて、正直、諦めていた。
しかし、彼はFC東京に残ることを決断した。
2018年の年末に契約更新が発表されたときは本当に嬉しかった。
奇しくも契約更新のリリースが太田宏介と同時だったため、いよいよポジション争いに挑むんだなと、その覚悟を感じ取らせるようなタイミングだった。
そして、前述のようにレギュラーを奪取した2019年の5月。
FC東京は北海道コンサドーレ札幌と対戦した。
58分に先制ゴールを決めたのは、小川だった。
右サイドから崩そうとする久保に合わせ、中央よりのポジショニングで構えていた小川は、久保がボールロストし相手ボールとなった直後でもパスカットを狙っていた。
守備への切り替えで単に下がるのではなく、即時回収を狙い逆にチャンスとする長谷川健太の狙いそのものを体現したプレーだった。
ゴールを決めて看板を超えてスタンドに掛けてくる小川の姿は、忘れられない。
札幌からのオファーを断るという決断、太田からポジションを奪うんだという決意、これまでの5年間の努力。
そういった彼が積み上げてきたものが、全部報われた瞬間だったように思えた。
●2020年と日本代表
2019年は飛躍を遂げた一方で、2020年はその実力を土台として踏み固めるシーズンだった。
コロナ禍とACLで超過密日程を強いられたチームにおいて、小川は怪我もなく公式戦30試合以上に出場した。
ACLでは、ラウンド16の北京国安戦で対面の選手に1対1で抜かれ、アシストをされるという悔しいシーンもあった。
更に次のステップへ歩みを進めていきたい小川にとって、今回の日本代表への招集はさぞかし良いタイミングであったことだろう。
覚醒へのきっかけとして、冨安や南野など、海外の一線級で活躍する選手と練習しコミュニケーションを取ることは申し分ない。
現在24歳の小川が今後のキャリアをどう描いているか分からない。
日本代表に選出されたことで、海外クラブからのリストにも入りやすくなったことは間違いないだろう。
27歳でロシアへ移籍した橋本拳人のように、移籍の機会自体はいくらでもある。
願わくば、東京での優勝を勝ち取った後に海を渡って欲しい。
それが今年であれば尚良い。
これはサポーターの勝手な欲望である。
●小川諒也のプレースタイル
最後に、彼のプレースタイルについて注目して欲しい点をいくつかピックアップする。
まず、「ヘディングの強さ」である。
東京のゴールキック時には、左サイドに張った小川にロングボールを蹴り込むことがほとんどで、そこで競り負けることがない。
そのルーズボールを周りの選手が回収し、ディエゴやレアンドロがボールをキープして攻撃に繋げていく形が非常に多い。
前線に多く選手を配置したいという狙いと、トップの選手にゴールキックを合わせると相手CBを背負ってヘディングをしなければならないことから、左サイドでラインを背負うことで角度のついた有利な姿勢で競り合いができ、かつヘディングに強い小川に合わせているようだ。
次に、「縦パスの精度」を挙げる。
前述の太田宏介と違い、クロスでの圧倒的なアシスト数はない。
チームとしてクロスの本数が多いかどうかは採用している戦術に左右されるものなので、アシスト数は参考になり得ないかもしれないが、それでも少ない。昨シーズンは2アシストであった。
小川の攻撃での貢献における主な役割は、前線を張る選手への「縦パス」である。左サイドからペナルティエリア手前からゴールを半身にしてボールを受ける選手へのパスが抜群に上手い。
パス出しの相手を素早く見つけられるので、タイミングよく前を向きやすいボールを配球できている。
かなり地味ではあるが、攻撃のスイッチを入れる役割を担える。
その一方で、受け手が万全ではないと見えるような難しいタイミングではそういったパスを無理に出そうとしないので、代表レベルだと消極的な選択に見えてしまう可能性もある。
最後に、「カウンター守備時の対応」である。
これは単純で、相手の時間を奪うプレーが上手い。
「遅らせる」という表現を使うが、相手のカウンター時に対面した選手のドリブルに飛び込むことなく、コースを限定することで戻ってきた味方選手と挟み込むことでボールを奪取する。
または、奪取できずとも遅攻させボールを下げさせる。
ディフェンスとしては当然のセオリーではあるが、その身体能力とスピードを生かして確実に約束事を遂行することができる。
以上の3点である。
オーバーラップして前の選手を追い越すようなタイプではなく、1対1でどんどん仕掛けてクロスを供給するスタイルでもない。
あくまで後方でのカバーを基本に考え、常に味方にボールの避難場所を与えてリスクを抑える位置取りをする選手である。
見た目に反して、少し地味なプレースタイルには見えるかもしれない。
しかし、「守備が軽い」と言われてきた男が身につけた「堅実な守備」をぜひ見ていただきたい。
韓国戦では、元FC東京であるナ・サンホとのマッチアップに期待したい。
●日本代表でのポジション争い
長らく長友佑都が守ってきた影響もあって、未だ日本代表では「左利きの左サイドバック」がW杯のレギュラーを獲得したことがない。
ボールを受ける角度、見える景色、配球できるパスの種類など、様々な場面で有利になる可能性を考えても必須になる人材である。
昨年の欧州遠征で起用された中山雄太は左利きである。しかし本職は左CBであるため、今回のメンバーでもある右利きの佐々木翔がライバルとなるだろうか。しかし佐々木は今シーズンで32歳となる。
代表招集外では、鹿島の杉岡大暉が左利きであり、かつ現在22歳と年齢が近い。
更に、鳥栖の中野伸哉は17歳だ。左利きの大器である。
昨シーズンからJ1で出場し、ステージを上げても埋もれることなくむしろ輝きを放っている。海外移籍も含め、間違いなく次代を担うだろう。
当面のライバルとしてこの二人を意識し、佐々木翔と長友佑都からポジションを奪う必要がある。
また、室屋成が右SBとして定着する場合は、酒井宏樹が左SBとして流れてくる可能性も大いにある。
今シーズンから左SBにコンバートされた川崎の旗手怜央も右利きだが戦術に落とし込まれていて面白い。
所属クラブと同様に、三笘とユニットで起用された場合どうなるのか見てみたい気もする。
このように、散々列挙してきたがきりがない。
ライバルは無数に存在している。
小川諒也はこのいくつもの可能性を乗り越えて、自身をアピールして、時には運を手繰り寄せ、試合に出場し続けるしかない。
現在の左SBは、日本代表で最も手薄で、かつチャンスが最も転がっている空白地帯である。
移籍のオファーを断り、太田宏介からポジションを奪った2019年と同様に、W杯への切符を勝ち取って欲しい。
勝ち取れると信じている。
集中が高まるほどに前髪を触る癖が、カタールの地で見られることを祈る。
たまにサポートをいただけるのですが、あまりにも申し訳ないのでお題のリクエストなどを併せていただけるとありがたいです。もちろんなくても大丈夫です!読んで頂きありがとうございます。