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【NBA】数々の挫折を伝説に変え、スーパースターになったレブロン・ジェームズ(後編)

前回の続き。

王者への挑戦

レブロンが抜けた4年間低迷していたキャバリアーズ。ファイナルは疎かプレーオフも進出できずにいた。
移籍して初の14–15シーズン、カイリー・アービング、レブロン、その年トレードで加入したケビン・ラブが中心となり東地区2位で終え、プレーオフも勝ち進んだキャバリアーズ。しかしプレーオフ1回戦でラブが負傷し、完全ではない状態でファイナルに進むことになる。
相手はステファン・カリー率いるウォーリアーズ。
しかし、不運はまた訪れる。
1戦目にアービングも負傷してしまう。
延長までいった1戦目を落としてしまったキャバリアーズ。
レブロンはというと、44得点8リバウンド6アシストの大活躍。
2戦目以降も35,8得点13,3リバウンド8,8アシストの大活躍を見せたレブロンだったが
中心選手2人を欠いたキャバリアーズは2勝4敗と後一歩のところで優勝を逃してしまう。

翌年の15-16シーズン。
リーグを1位で通過し、プレーオフも勝ち進む。
決勝の相手はまたしてもカリー率いるウォリアーズ。
カリー自身の持つ278本のスリーポイント記録を大幅に更新する402本のスリーポイントを決めたりと、絶好調のレギュラーシーズンを過ごしていた。
レギュラーシーズンでのキャバリアーズとの戦績ではウォリアーズが132–98の圧勝。その年のウォリアーズは73勝9敗はNBAの長い歴史の中でも最多勝利と黄金期を迎えていた。
控えめに言って当時のウォリアーズは無敵だった。 

  そして迎えたファイナル。
1、2戦アウェイで連敗する。
NBA新記録の1,2戦合わせて48点差をつけられ実力の差を見せつけられるキャバリアーズ。
3戦目ホームに戻り意地を見せるも
4戦目でホームで痛すぎる敗戦。
NBAの歴史で3勝1敗から逆転したチームはなく誰もがウォリアーズの優勝を確信していた。またしても優勝出来ない。この街は呪われている。クリーブランドの人はそんな事を思っていただろう。
キャバリアーズの選手達を除いては。落ち込んでいた全選手にレブロンが「歴史を塗り替えるぞ」
とメールし、チームは一つになる。

 敵地に乗り込んだ5戦目。
アービング、レブロンが大爆発。
41得点づつ奪う。
1試合で同チームから40得点を奪ったのはファイナルでは初だった。
首の皮が一枚つながった。
 ホームに戻っての第6戦。
それでも崖っぷちの状況は変わらない。
しかも相手はあのウォリアーズ。
そんな追い込まれた状況の中、
この日も41得点を挙げる。ファイナルで2戦連続で40得点奪う史上初の選手となる。
幾度となく絶体絶命のピンチに陥りながらも歴史に残る結果で示し続けるレブロン。
逆王手をかける。

決戦の舞台はウォリアーズのホーム「オラクル・アリーナ」
完全敵地、50年以上遠ざかっていたチャンピオンシップまであと一歩。
プレッシャーは相当なものだっただろう。
でもそんな重圧もヒートでのチャンピオン経験したレブロンにとっては楽しむ余裕さえあった。

どっちも譲らない大接戦だった。
迎えた第4クォーター。
お互い得点がなく約4分89-89スコアが動かない均衡した状態だった。
残り時間あと2分。
ウォリアーズのカウンター。
カリーとドレイモンド•グリーンが抜け出した。
味方が一人戻っていたものの
1-2絶体絶命。
それまで4分スコアが動いてなかった状況を見ても絶対に取られたくない場面だった。
カリーのパスをドレイモンド•グリーンが受けレイアップ。
キャバリアーズDFは完全に交わされていた。
誰もが決勝点になると思っていた。
しかしその1メートル後ろから飛んできたのはレブロン。絶対決めさせない。そんな気迫のこもった決死のブロックだった。
試合はまだ終わらなかった。
その気迫に後押しされたかのようにアービングが執念のスリーを決める。更にレブロンがファールを受けフリースローで沈め、試合終了。

1戦 89–104
2戦 77–107
3戦 120–90
4戦 97-108
5戦 120-90
6戦 115-101
7戦 93-89
4勝3敗。1勝3敗からの大逆転優勝でNBAの歴史を塗り変え、52年ぶりにクリーブランドにチャンピオンシップをもたらした。
それはただの優勝ではなく、
クリーブランド市民にとって長い呪縛から解き放たれた瞬間だっただろう。
レブロンにとっても移籍した時に、「この街にチャンピオンシップをもたらす」その約束を果たした瞬間でもあった。
決勝点を決めたのはアービングだったが、
試合の流れを変えたのは間違いなく絶体絶命のピンチを救ったレブロンのブロックだった。ファイナルMVPは文句なしのレブロン。

「CLEVELAND this is for you」
(この優勝はクリーブランドみんなで取ったものだ。)
男泣きしたレブロンがインタビューでクリーブランド市民に向かって絶叫したあの言葉が未だに忘れられない。
かつて「勝負弱い」と批判されていたレブロン。そんなかつての自分を乗り越え、正真正銘のスーパースターになった。

レブロンの活躍はフィールド以外でも大きな影響を与える。
2018年、生まれ育ったアクロン市に
「I promiss school」という公立小中学校を建設する。
アクロン市には低所得者層も多く、
自分自身も少年時代は貧しく学校に行けず、いつドラッグやギャング行為に道を踏み外すかわからないような経験をしてきた。そんな自分と同じような境遇の子どもを救いたいという思いから、
授業料無料、アクロン大学に進学する際には授業料負担など、革新的な学校だ。
自分の影響力をバスケ以外でも利用し、夢を与え続けている。

現在は35歳。レーカーズでプレーしている。
バスケはスポーツの中でも特に体力消耗が激しいと言われ、特にNBAは移動も多くハードスケジュールで同世代が引退していく中、徹底的な体調管理で未だにトップレベルの活躍を見せている。全盛期よりは肉体的な衰えを感じても不思議ではないが、それを余りあまるテクニックと経験豊富なバスケIQを活かし、比較的フィジカルコンタクトが少ないポイントガードにコンバートした。点を取る役割からフィールドの監督として味方を生かし、更に進化し輝き続けているのだ。

幼少期は決して恵まれない環境で育ち、
NBA入る前からも
Nextマイケル•ジョーダンなど異常な期待を背負わされたレブロン。NBAの顔として事あるごとに批判され、相当なプレッシャーの中、周囲を黙らせるだけでなく、常人では想像できないような結果で批判を称賛に変えてきた。
そして、スーパースターになりながらも生まれ育った故郷への想いを忘れないレブロンの姿に心を打たれたファンも多いはず。
きっとヒートへの移籍したのも自分の名誉のためではなく、優勝経験から遠ざかっていた故郷のチームに勝者のメンタリティーが必要だと考え、まずは自身がそれを植え付ける為の故郷のことを思っての移籍だったのだと思う。

あくまで噂ではあるが、
現在の目標は、
息子、ブロニー•ジェームズ(現15歳)とバスケの最高峰の舞台であるNBAで共闘するまで「キング」として君臨し続け、それから引退するのでは?レブロン自身からは発言されてないが、現地ではそんなことも囁かれている。
レブロン、ブロニー親子を中心としたチームでNBAチャンピオンになる。そんな夢物語が数々の伝説を残してきたレブロンにとって実現する日が来るのではないのか?
一体彼は、今度はどんな伝説を作っていくのか?
今後とも、目が離せない。

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