セジマールの作り方その② 少年期前半(6歳〜8歳)
はじめまして、noteへでの初記事ということで
しっかり目に自己紹介をさせて頂きます。
の第2回目。
1回目はこちらになります。
https://note.com/sejimarl/n/nd4358d9fa824
おそらくこのページに来られた方は僕本人から無理矢理URLを送りつけられて、仕方がなくご覧になられている方がほとんどだと思います。
せっかくの機会なので、その人の貴重な時間を精一杯無駄にしてやろうと思ってますので、しばしお付き合い下さいませ。
無駄にに冗長され、読みづらいヒストリーとなります。どうぞ
〜少年期前半(6歳〜8歳)
※北川景子ちゃんの写真は出回ると迷惑かかるのでカットしてます。
・幼稚園時代、「スカートめくり」という遊びが自然発生的に生まれ、北川景子ちゃん含む女子のスカートをめくるor覗き見ることに幼稚園の大半を費やしていた僕も、宮本小学校というピカピカの一年生になります。
廊下が木で出来ているようなふるーい小学校でした。(今は建て替えで綺麗になっているらしい。)
・初恋の北川景子ちゃんは私立の小学校?に行ってしまったという事実を20年後に知ることになります。
・その頃、ドラゴンボールのカード集めに没頭していた僕は一枚20円のカードくじを祖父から騙し取ったお金で購入していました。
・ある日、小学2年生のお兄ちゃんが「カード見せてや」と言ってきてコレクションを見せた際にキラカードとダブルキラカード(めくるとその下もキラカードになってる奴があった。)が数枚抜き取られる事件がありました。
お兄ちゃんのカードの中には明らかに僕から抜き取られたレアカードが。問いただすと「最初から持ってた。」と。
そのまま、年上の話術と「盗った証拠あるの?」というプレッシャーに圧倒され、カードは奪い去られました。
あの出来事が、僕の中で「強者に屈するものか」という信念の種が温かみを帯びた瞬間でもありました。
・母はというと、新しく出来たお友達「こもりくん」とよく遊んでいるようでした。たまに、こもりくん含む3人で遊びに出掛けたり、僕が1人でこもりくんの家に遊びに行き、ストリートファイター2を一緒にやっていました。こもりくんの得意なキャラクターは春麗(チュンリー)で当時、「男なのに女のキャラ使ってる!考えられん!でもめっちゃ強い!」と尊敬の念を抱いてました。
・小学1年生の夏、僕にとっての大きなターニングポイントが訪れました。
ある日、母からこう告げられました。
「実は、本当のお父さんはこもりくんなの、前にいたお父さんはこもりくんがアメリカに行っている間に預かってもらってた人なの。」
もちろん、真っ赤な嘘なんですが、当時こもりくん信者(ストリートファイター2)に染まりきっていた僕は嬉しくて仕方がありませんでした。
・そんなこんなで母はこもりくんと再婚し、僕の名前は「小森」に。そして神戸市北区、自然に囲まれた団地に引っ越すことになります。こもりくんはまだ若く(当時20代前半くらい?)給料は非常に少ない中での貧乏生活の始まりです。
・新しく転校した小学校ではなんとか上手く馴染め友達も多く出来ました。
・僕の中でこもりくんへの憧れに翳りが出始めたのは再婚してからすぐの事でした。
「こいつは何をやっても上手く出来ない」
「ウチのカズキはダメだ。」
確かに、僕は器用な方ではなかったのですが、事あるごとに否定をしてくるようになりました。
この頃から「僕はダメなんだ。」という意識が僕の中で芽生えてきます。
・当時僕は小学校で自分のことを「天才小森くん」と自分で呼んで「面白いキャラ」を演じていました。今思い返せば、こもりくんから認められないストレスからの行動だったのではないかと思います。
その後、こもりくんと訣別するきっかけとなった「除夜の鐘事件」や阪神大震災が訪れるのですが、一旦ここで区切らせて頂きます。
(終わるのか、、これ)
長文お読み頂きありがとうございました。
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