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休み明けに毎回思うけど強迫症を持ちつつの仕事の辛さは異常。

タイトルが全てを物語ってしまった。
正しくは「強迫観念」なのだけど、世間一般的に使われてる強迫観念と勘違いされそうなので強迫症とした。
ってか、一般的に使われてる方が誤用じゃないの。強迫観念でググったら強迫症の強迫観念が出てきたぞ。


現在の私の強迫症の症状はほぼほぼ仕事特化で、休日には殆ど影響が無い。
なので、休日は恐らく人並みに過ごし(体力気力が異様に低いので、行動力も元気も人より無いけど)、休日明けになると一気に修羅場に放り投げられる。

現在の私の強迫症の症状は主に、確認行為、被害恐怖、加害恐怖、縁起恐怖である。強迫行為までにはさほど至らないけれど、そこへ至らしめようと唆す強迫観念がひっきりなしにやってくる。

強迫観念の例としては、
「この方法で作業するので本当に合っているのか? 確認しなくていい?」
「この部品を使うので本当に合ってるのか? 確認しないのか?」
「うっかりミスしたんじゃないか? 確認しなくて大丈夫か?」
「今の作業方法が間違っていて不良品を作ってしまって事故が起きてしまったらどうしよう」
「それで死人が出たらどうしよう」
「犠牲者がいなくても、大量のクレーム品を出したらどうしよう」
「それで会社が大打撃を受けたらどうしよう」
「ミスが私のせいと発覚してクビになったらどうしよう」
「スイッチちゃんと切った? 確認しなくて大丈夫?」
「スイッチを切って無くて火事が起きたらどうしよう」
「ロッカーにうっかり何か変なものを入れてない? 確認しなくていい?」
「ロッカーに変なもの入れててそれが爆発したらどうしよう」
こんな感じである。

これらに対して
「実際に何かが起こるまで諦めてそのままやる」
「考えすぎるとドツボなので、強迫観念の相手をしない、相手をするのと同等の思考をしない」
(↑「これなら大丈夫だろう」と自分を安心させる思考、不安を解消する為の行動(強迫行為)の計画、「以前は大丈夫だった」と過去の記憶を詳細に思い出そうとする思考など)
「実際に何か起きてから考える」
「(大げさな話だけど)会社より自分の精神の健康を優先する気持ちで、それらをやる」
と、都度応酬している。
(なお、これらの思考はあくまでも私が医師に相談して受けた方法なので、他の人が真似して何かあっても責任は取れません)
(例えば、強迫行為をしなくて悪い事が起きたと仮定して、より最悪の状況を想定して……というエクスポージャー方式は、私には合わなかったので上記には含まれていない。私だったら、悪い方向に考えきる前に強迫行為しちゃうので)
(そしてこれも「私の場合は」であり、他の人には効果抜群かも知れないので真に受けないで欲しい)


この応酬を、仕事のある日は毎日、仕事をしている間はほぼ毎分やっている。
平日も続けばこれが日常なので忘れがちだが、休み明けになると思う。
「これ、異常だわ。私、やっぱり病気なんだわ」と。


あくまでも現時点では、だが。
仕事中に強迫行為をしまくっていた時期に比べれば、不安は確かに軽くなった。軽くなったから応酬出来る様になった。
強迫行為もしっかり減った。
そして、ここまで落ち着いてきたからこそ「強迫観念がさっぱり無くなる事はもう無いのだろう」と諦めみたいなものもついた。
強迫行為も酷かった時は、「この強烈な不安と、一刻も早く縁を切りたい」「強迫観念から逃れたい」と思っていた。
でも、今は、ゼロにはならないのだろうなあという諦めの気持ちがある。
強迫観念に屈するのでは無く、発生しても都度応酬するという意味で、この病気と付き合っていくしかないのだろうなと思っている。


でも、やっぱ仕事の度に不安に晒されてそれに対処してってのをやり続けるのは、やっぱ異常だなと。
他の人はそういうの無いんだろうなと。
しんどいし、クソ面倒くさいなと。
後、頭が疲れるなってのと。
(私の場合、脳内他動の気があるので、強迫観念とそれとの応酬に加えて、脳内で音楽や漫画や小説の再生、走馬灯の様に巡るあらゆる記憶、ふわっと浮かぶ考え事、仕事の段取り……が、それこそ秒単位で切り替わって現れては消えしている)


とまあ、休み明けの度に思う事を書いてみた。

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