アナザー・バスカッシュ! #08

第八話『ダウツ・ビゲット・ダウツ』

「最近ヘンなのよね」

 ヴォイスは、ニキに言った。
「ヘン? それはあんた? それともアイツ?」
「彼がヘンで、あたしもヘンの進行形」
「どうヘンなのさ。浮気?」
「それがわからないから相談してる」
 ヴォイスとニキは、エクセレントシティの芸能学校に通う、夢多き少女達である。二人はかつて、七番街のアパートでルームシェアをしていた。ヴォイスは歌い、ニキはダンスを踊る。共にジャンルは違うが、何故か馬が合った。
(お互いに余計な干渉もしないし、お金も助かるし、いい同居人を見つけたわ)
 そう思っていたニキであったが、ヴォイスが恋をしているのに気づくと、あっさりとシェアの解消を宣言した。

「あんた、イイ子を見つけたじゃない。ここで二人で暮らしなよ」

 ヴォイスの相手は、上級学校で機械工学を専攻しているトーイという少年だった。チーム・バスカッシュとザ・ワーストという実力チームがぶつかったストリートマッチ──二人はそれがきっかけで知り合ったという。

「彼はね、ダン・JDと同じチームにいたんですって!」
「彼はね、不良を辞めてこの街にやって来たの。機械工学を勉強して、ビッグフットよりもすごいマシンを作るって言うのよ。どこまで本気なんだか」

(そんな事言いながら、あんたは信じてるのね、『彼』の未来を──)

 別の地区に住まいを移したとはいえ、週に何回かは、二人はお決まりのカフェでお喋りをした。あからさまなのろけ話こそしなかったが、今まで二人が話題にしていた内容に加えて、トーイとの共同生活の断片が、ヴォイスの口から語られるようになっていった。比較的クールなイメージだった彼女が、昨晩作った料理の出来映えについて、身振り手振りで説明している。トーイにその味を褒められたというヴォイスの顔はにこやかであり、輝いていた。

(へえ、この子にも、こんな顔をする時があったのね)

 今までのシェア時代では決して見せた事のなかったヴォイスの姿がそこにある。ニキにとっては、それが寂しくもあったが、どこか心が温まる。

(ヴォイスは、良い彼氏と巡り逢ったんだなあ……)

 トーイとは一度も会った事がないのに、ニキは、彼がヴォイスにふさわしい、すばらしい相手であると信じていた。

 しかし、ここ最近、ヴォイスの顔が冴えない。以前よりトーイについて語る事が少なくなっている。楽しげに話したかと思うと、ため息をつき、遠くを見つめる事もしばしばだった。

(喧嘩でもしてるのかな?)

 悪口を言うでもなく、愚痴をこぼすわけでもない。ため息をつく、そういう時のヴォイスは自分の中で整理をしている途中だ。他愛のない話をしながらも、ニキはさりげに待っていた。

 そして今。ヴォイスはつぶやくように言った。

「……最近ヘンなのよね」

   ×   ×   ×

 ヴォイスが言うには、トーイが何か隠し事をしているという。
「何時から?」
「んと、やっぱりアレかな……工場。トーイが働いてた工場が潰れたのよ。四ヶ月前に」
 ヴォイス達と同様、トーイも働きながら上級学校に通っていた。勤務先は金属の加工をする工場で、その実直な働きぶりのおかげか、学費を払い、高い教材を買っても、生活費に困る事は無いくらいの稼ぎがあった。しかし、親企業の吸収合併のあおりで、工場は閉鎖される事になった。その代わりに別のシティに大きな工場が建設されるとかで、幸いな事に働いていた人間は全てそちらへ異動する事になった。しかもその工場の大本は、ルナテックの系列企業らしく、全員の昇給も保証されているという。かくして工場は争議になる事もなく穏やかに操業を停止した。問題なのは、エクセレントシティを離れる事の出来ない人間である。新しい工場は、一週間車に乗ってようやく到着する街に予定されていた。学生であるトーイは、新工場での就業を諦め、希望退職した。これまでの仕事ぶりが評価され、いくばくかの退職金はもらったが、トーイは、レポート提出に加えて職探しにも追われる日々を送る事になった。

「でもさ、働き先が潰れたり、クビになったりすることってよくあるじゃない。次を探せばいいんじゃないの?」
「そりゃそうなんだろうけど……彼の通ってる上級学校ってお金が掛かるのよ。普通の稼ぎじゃ間に合わない」
 トーイの通う上級学校とは金食い虫だ。授業料に加えて、各講座に必要な教材費がかかる。年間でヴォイス達の学校の学費を1とすれば、トーイの学費は10を優に超えると聞き、ニキは仰天した。
「一桁違うって?! ハッ、さすが上級!」
「だからトーイの他はみんなお坊ちゃんばっかり。みんな親の仕送りで勉強してるんですって。おまけに取らなきゃ行けない単位がいっぱい。授業の数が多いから、バイトに専念というわけにはいかないの」
 その点、以前の工場はトーイにとって最適な仕事だった。彼は金型の製作を任されていたが、納期までに完成させれば、勤務時間等の制約を受けなかったという。
「トーイって手先が器用でね、難しい機械の配線とかもチョイチョイっていじって直しちゃう。私言ったんだ、焦らなくていいよって。私だってそれなりに稼いでるんだもん。大丈夫だよって」
 失業のショックからか、トーイはしばらくブラブラしていたという。夜にはしばしば盛り場をぶらつき、スポーツバーや飲み屋にも顔を出していたそうだ。
「で、酒や女に溺れちゃってるわけだ」
「違う違う。それもほんの一週間。彼ね、それからいきなり新聞配達のバイトを始めたの。あと、夜にも何だか仕事に出るようになって」
「へえ、よかったじゃない」
「お金も先月から入れてくれるようになって……支払いを溜めていた学費の方もこの間まとめて払っちゃったみたい」
「えーと……何だかあんたの話を聞いてると、別に心配する必要ないような気がするんだけど」
「問題はね、その仕事なの」
「仕事? 何の仕事してるの、彼?」
「それが、教えてくれないのよ」
 今まではヴォイスに何でも話してくれていたトーイだったが、新しく就いた仕事については一言も触れずに今に至るという。
「最初のうちは『まだ慣れてないから』とか、『そのうち教えるよ』とか言ってくれてたんだけど……最近は全然。私が聞こうとすると、彼ったらはぐらかすのよ」
「でも、別にそれで彼があんたに冷たいとか、そういう事はないんでしょ? それなら良いんじゃない?いつか話してくれるわよ」
「うん……でもね、高いのよ」
「え?」
「彼の収入。工場の頃よりかなり高額。ま、それでも学校の方にお金を取られちゃうから贅沢をしているわけじゃないんだけど。でもね……最近思うの。ひょっとしたら、彼、何か悪い事をしているんじゃないかなって」
「ええっ?!」
 思わずニキは飲んでいたカクテルを吹き出しそうになった。
「何でそういう結論になるわけよ」
「だって変なのよ。最近一緒に街を歩いててもね、変なところばかり見てるの」
「変なところ?」
「壁の強度とか、柱の具合とか……でね、ブツブツ何か言ってるの。『ここなら乗っかっても平気だ』とか何とか」
「建設のバイトでもやってるんじゃない?あれ、結構いい額貰えるのよ」
「あとね、やけに道に詳しくなった。私の知らない抜け道とか色々知ってるの。昔から住んでる私よりも。この数ヶ月で急によ!」
「新聞配達のお陰じゃない?」
「ニキ! あなた、さっきから良い方にばっかり考え過ぎ」
「ヴォイスの方が心配性なのよ」
「だってこの間も……私聞いちゃったの。彼が誰かと電話してたのを」
 ヴォイスはもう何年も、夜の大通りで歌を歌っている。彼女の歌声は夜空に響き渡り、足を止めて聞き入る者も多かった。たまたま通りかかった音楽プロデューサーにその歌声を評価され、コーラスの仕事を貰うようになっても、彼女は路上で歌う事を辞めなかった。
「夜中から道路工事があるからって言うんで、歌を早く切り上げたの。その日の彼は家でずっと勉強してるって言うから、驚かしてやろうと思って……私そっと帰ったの」
 気づかれないように部屋に入ったヴォイスは、ベランダで電話をしていたトーイの声を聞いた。
「話の内容はよくわからなかったけど……彼、最後にこう言ったの。凄く怖い声で──」

『わかった。今度こそあいつからスティールしてやるよ』

「すてぃーる? 盗むって事?」
「前々から変だと思ってた。夜ね、寝言が増えてきたの。『くそっ!』とか『決めてやる!』とか。普段が優しい人だから、妙に荒っぽくてドキッとして。その辺もあるから、彼の新しい仕事って、もしかしたら……強盗とか、窃盗団とか……」
 ヴォイスの顔が歪み、その大きな瞳からはポロポロと涙がこぼれ出た。たまらず彼女は両手で顔を覆う。
「どうしよう……昔の仲間とかに……そそのかされたのかな……」
「ちょっと、いきなり何言ってんのよ。ちゃんと聞けば? 仕事の事をあらためてさァ」
「怖いよ! 聞けないよ!」
 ニキは会計を済ませると、すすり泣くヴォイスを連れて外に出た。街は深夜に向かって賑やかさを増し、空に見える月面都市も煌々と輝いている。彼女はヴォイスの肩を抱き、街路を歩きながら考えた。
(端から見たら、どんな女二人連れなんだか)
 最初は、ノロケの入った愚痴話かと思っていたが、色々聞いてみると引っ掛かるところが多い。ニキは、トーイという少年について、あらためて興味が湧いてきた。
「うん、調べてみるか」
「え……何を?」
「あんたの彼氏よ。探偵料は、要相談」

   ×   ×   ×

 ヴォイスによると、トーイは週末はアパートにいる事が多いが、決まって週の半ばになると深夜まで帰らないのだという。ニキは、一日学校を休んでヴォイスと共にトーイの行動を追い掛ける事にした。
「自分の家をこうして見るなんて……変な気分」
「しょうがないでしょ」
 向かいのビルの屋上で、二人はヴォイスの部屋を朝から覗いていた。幸い、ビルの管理人はヴォイスのファンであり、屋上で歌とダンスのレッスンをしたいという二人の頼みを快く聞き入れてくれた。
「彼には、今日は一日帰れないって言ってある」
「上等」
 長期戦を予想して食料は充分に買い込んである。今のエクセレントシティの天候は昼夜暖かいので、寒さに凍える事もない。一時間ごとに交代し、二人はトーイを見張った。
「しかし、ホントに真面目ねえ。ずっと勉強してるし」
「でしょォ~」
 窓際の机で、トーイはひたすら本を読み、書き物をしていた。考えてみれば、ニキがトーイを見たのは今日が初めてだった。ヴォイスの話を聞いて想像はしていたが、目の前にいる、本物の彼は、彼女の言う通り誠実そうで真面目な少年に見えた。
(あんな子が強盗ねえ……ヴォイスの気のせいだといいんだけど)
 動きがあったのは日が傾きかけた頃だった。部屋の電話のベルが鳴る。トーイはしばらく話し込んでいたが、受話器を置くと、突然外出の支度を始めた。
「早く! 下へ行こう!」
「う、うん」
 パンを頬張っていたヴォイスを急かし、ニキは非常階段を駆け下りた。二人が路上に着いた頃、ちょうどトーイが共同の玄関から表に出てくるところだった。
「やば!」
 二人はあわててビルの陰に隠れる。トーイは気付く風もなく、早足で歩き出した。
「付けるよ!」
 二人は、後を追った。

   ×   ×   ×

 繁華街の街路灯が点く。飲み屋が次々と開店し、仕事帰りの連中が次々と店に入っていく。そんな中、ブーケ通りのオープンカフェで、トーイは一人の男と会っていた。ニキとヴォイスは、ウインドウショッピングを装いつつ、トーイ達を観察する。男は大柄で、屈強な体つきだった。作業服と安全靴から想像すると、建設業かそれに近い職業のようだ。
「仲良さそう……誰だろう?」
「ずいぶん熱心ね」
 やがて、更に二人の男が合流した。一人は老人であったが、その立ち振る舞いはキビキビとしていて、とても歳を感じさせない。それに対し、もう一人の男はどことなくだらしない雰囲気を漂わせ、見るからに体力の無さを露呈していた。かくして集まった四人の男達は、テーブルを囲んであらためて話を始めた。
「うーん……聞きたいな。何話してるのか」
「無理よ。ここからじゃ」
「よし、あっちに行こう」
「ええっ?!」
 言うが早いか、ニキはカフェに向かって歩き出した。あわててヴォイスがニキの服の裾を引っ張る。
「無茶だよ! わかっちゃうよ、トーイに!」
 ささやき声ながら、ボイスは必死に訴える。
「だから変装してるんでしょ。大丈夫よ」
「で、でも……」
 ビルの屋上で張り込んでいる時から、二人は普段とは違う格好をしていた。ヴォイスはウイッグを付けてロングのプラチナにサングラス、幼げな印象のブラウスにミニスカート。いつものストリートミュージシャン・ヴォイスの姿はそこにはなかった。対してニキは、普段からボーイッシュな格好をしていたが、今回は革のジャンパーに革のパンツ、髪をスプレーで固めていたために、一見すると本当の男のようであった。
「私とあんたは似合いのカップル。そういう風に見られてると思うわよ、今もきっと」
「そ、そうかな?」
「さあさあ、行くよ」
「ちょ、ちょっとォ」
 とまどうヴォイスの手を引っ張りながら、ニキはトーイ達から少し離れたテーブルに席を取った。ヴォイスは背中越しにトーイの声を聞き、ニキは真正面からトーイの顔を見る。
「まさか自分の彼女が、他の男とこんな所にいるなんて思わないわよ」
「他の男って……あなたねえ」

 トーイを始めとした男達は、側に座った珍妙なカップルに気を留める事もなく、話を進めていた。普通に話をする振りをして二人は彼等の会話に耳をそばだてる。

「今度は手強いぞ。どうやって破る?」
「道は覚えた。ショートカットを使えば、速攻が可能だ。任せてくれ、俺に考えがある」
「頼むよ、みんな。今度やつらをやっつければ大口の金がドーンと入ってくるんだ」
「サミエル、警察の方はどうなってる?」
「なあに、やつらも俺達の味方ですよ。押っ取り刀で現場に駆けつけっていう感じで、いつも通りに」
「そうは言っても、警察だって仕事じゃからな。きちんと逃げ道は確保しとかんと」

 聞けば聞くほど怪しい語句が飛び交う。男達は、『奪う』とか『ぶち込む』などと言いながら、不敵な笑みさえ浮かべている。ここまで来たら、さすがにニキもヴォイスの不安が的中したと腹をくくった。トーイは明らかに悪い連中の仲間に入り、悪事の片棒を担いでいるのだ。
(さて、これからどうしよう。警察に通報して一網打尽、感謝状と賞金でも貰おうかしら)
 そうなると彼氏は収監され、ヴォイスは一人になってしまう。いざとなったら、ニキは再びヴォイスと一緒に暮らす事も考えていた。
(元鞘に収まるってわけじゃないけど、それはそれでいいかもしれないわね)
 変な意味ではなく、ニキはヴォイスが大好きだった。だからトーイが現れた時、彼女の事を思って身を引いたが、今度は励ます事が出来るのならば、また元のように側にいよう、そこまでニキは考えていた。
 その一方で思う――
(それにしてもあの連中、誰もお酒、飲まないのね。どうしてかしら……)
 ふとニキは、ヴォイスの肩が震えているのに気がついた。
(うわ)
 その顔は青ざめ、目を大きく見開きながら何かを堪えるように口をぎゅっと閉ざしている。しかし、それも臨界点を突破したのか、ヴォイスの中で何かが弾けた。
「!!」
 ヴォイスは勢いよく立ち上がると、くるっと後ろを向き、殺到した。
「ちょっ、ヴォイス!」
 ニキが止める間もなく、ヴォイスはトーイ達のテーブルに勢いよく両手を叩きつけていた。

「トーイを! トーイを悪巧みに誘わないで!!」

 ストリートで鍛えた彼女の声は、ブーケ通りの隅々にまで響き渡ったという。

   ×   ×   ×

「……で、あれが悪巧みの正体、ってわけね」
 繁華街から遠く離れた商業地区、第12番街に二人はいた。建設中のビルの最上階は壁も無くがらんどうであるが、それゆえに周囲がよく見える。夜風に髪を揺らしながら、ニキとヴォイスは眼下の光景を眺めていた。

 六機のビッグフットが、走り、跳び、投げる。

 大きな広告塔の先端に、巨大なリムが括り付けられている。六機は二つのチームに分かれ、ボールを廻し、或いはドリブルをしてゴールを狙った。

「あんたの彼氏がビッグフット乗りだったなんてねえ。泥棒以上に意外だわ」
「…………」
 ヴォイスはニキの言葉が耳に入らないのか、夢中で一機のビッグフットを追い掛けている。マゼンタ色の機体、それがトーイことシルフィード・ドランの乗機だった。
「夜中に出歩く、建物にやたら気が向く、道に詳しい……そりゃ、ストリートスタイルのバスカッシャーだったら当たり前よね」
 ニキもバスカッシュの事は知っていた。ヴォイスとトーイが知り合った試合の事も、その後エクセレントシティを席巻したストリートスタイル・ブームの事も。しかし、それはあくまでも一部のマニアの間での流行りごとだと彼女は思っていた。夜中にこっそりやるビッグフットのバスケット、それにどんな意義があるのか全く分からなかったからだ。しかし、そんな疑念は、実際の試合を間近に見る事で綺麗さっぱり吹っ飛ばされた。
「すごいのね、ビッグフットのバスケ……」
 機械が人間の真似事でバスケットをするのではない。ビッグフットを使う事で、人の意志とチカラをより鮮明に人々に見せつけている。ニキは、ビッグフットのポテンシャルに感嘆すると同時に、操る人々の凄さに感動していた。
「これなら確かに金が取れるわね」
 トーイ達のチームは、最近売り出しのチームだという。少年と老人と大男という変わった顔ぶれもさることながら、そのチームプレイのユニークさが人気を呼んでいた。ゲームメイクは老人・ジョセフが行う。年寄りだと思って嘗めてかかった相手は、彼の無駄のない、切れ味の鋭いステップの前に翻弄され、リズムを崩し、プライドをズタズタに切り裂かれる。
「年寄りに負けるってのは、若僧にはショックじゃろうて」
 そう言って笑うジョセフは、かつてバスケの名選手であったが、ビッグフットによってその才能を再び呼び覚まし、ストリートを疾走する。トーイとゲイルは、ジョセフによって支配されたゲームの世界を縦横無尽に疾走し、才気と勇気によって次々とゴールを決めていく。大柄なゲイルが小器用に立ち回るのに対し、小柄なトーイは大胆に攻め、思い切りの良いボール回しによってアクセントを付ける。老練と若さと、そして何よりも熱い試合運びがニキを夢中にさせた。
「ねえヴォイス、許してやりなよ。彼の学校、ストリートには批判的なんでしょ。バスカッシュなんてやってる事がバレたら、下手すれば退学だって――」
「うるさいなあ」
 ようやくヴォイスが口を開いた。
「この試合に勝てばスポンサーがつくんでしょう? やらなきゃ! 勝たなきゃ!」
 トーイの機体がパスカットしてスティール。そのままドリブルでゴールを目指す。
「走れーッ! トーイ!」
 ヴォイスが叫ぶ。
「負けたら許さないぞ! 心配したんだから! ホントに心配したんだから!」
 ヴォイスの二つの瞳からは涙がどんどん流れていく。しかし、その表情は明るく、笑顔は月面都市の煌めきよりも遥かに輝いていた。
「だから勝って! 大好き! 大好きよトーイ!」
(はー、ご馳走さま)
 ニキは苦笑いしながらも、ヴォイスの彼氏が操るビッグフットを見つめていた。
(今日はめまぐるしい一日だった。でも、総じていい一日だったかも……え?)
 不意にニキの目に涙がこぼれる。
(あれ?)
 涙が止まらない。嬉しいのに悲しい。ヴォイスの幸せを願っているのに、ニキはトーイを見ていると心が痛んだ。

(あ……そうだったんだ)

 その時ニキは、自身の失恋を実感した。

初出:Blu-ray「バスカッシュ!」shoot:8(2010年3月17日発売)初回特典
   (発売・販売元:ポニーキャニオン)


読んで下さってありがとうございます。現在オリジナル新作の脚本をちょうど書いている最中なのでまた何か記事をアップするかもしれません。よろしく!(サポートも)