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ぼくの天使マー

マーが死んだ。
それは12月のある朝の会の時間、学年中に平等に教師の口から告げられた。死因なんか誰も教えちゃくれなかった。もう半分以上学校にも来なかった、よく閉鎖病棟に入ってた彼女のそれは身体の持病ってことになってたし、クラスの大半はそれが悪化したんだと今も多分信じてる。かくして高校三年生の冬、若くして死んだマーは可哀想な同級生の女の子、特に明るくも暗くもなかったけどたしかいい子でした、そうやって綺麗に皆の記憶の奧底に沈んでいくことになった。

マーが最期に会ったのは # 裏アカ女子 で繋がった男の人だった。パチンコに連れてってもらって、タバコを吸って、お酒を飲んで、意味のわからない量の錠剤を飲んで、死ぬ前に精一杯の悪いことをやって、それで、そのままそれら全部を混ぜた泥みたいな色の液体を飲んで死んでしまった。あの子がやった最初で最後のパチンコは大当たりでもう煩いくらいにピコピコ鳴って鳴り止まなかった、らしいって、そいつからそれ以上のことは何も聞けなかった。
(こいつはあの子のズタズタの太腿を見たのかな)
おれだって限界で。まさかほんとにあのまま死ぬなんて。そんな男のしょうもない言い訳を聞いてる最中、私はなぜかそれだけが気がかりだった。

事件後いつだったか、マーと仲の良かった友達数人で会った時「結局マーは処女のまま死んだのかな」って誰かが言って、「そうなんじゃない?」と私が発した瞬間、「えっ違くない?」って声が他の友人から飛び出して、ふたつの声が宙でぶつかってそのままぶらんぶらんと漂うのを見ながら全員黙ってしまったことがあった。あの時その場にいた誰もが多分それぞれ彼女から打ち明けられた別の秘密をもっていて、それなのに誰一人として彼女の全てを知っている人はもういない、あの子の人生を握っていたのは結局この世にあの子一人しかいなかったのに、もういない。死ってそういうことかもしれない。
もし「処女のまま死ぬやつなんていない」なら、みんな世の中にやられちまうなら、あんたも傷んでいたのでしょうか。(それはいつから?誰のせい?)

彼女が亡くなったその日の経緯なんかは全部伏せられてたけど、鍵垢で繋がってる彼女の数人のネ友と私だけが本当のことを知っていた。私はこの学校中で私だけがあの子の最期の一日について知ってること、その中身も、結局誰にも言わなかった、それは勿論あの子のためでもあるけど自分のためでもあって、たぶんあの子の一番は私だけって気持ち、それがどんなに気持ち悪いエゴであるかもわかって、わかってたのに、それでもずっと消せずにいたのは、あの子が生きてる時からその気持ちこそが私を支える軸だったからで。ねぇ、ねぇマー、高一の夏に君がくれた「あんたがいてくれるから学校に行けるんだよ」って言葉のお陰で私こそずっと学校に行けていたこと、結局言えないままだったね。ごめん。

君が死んだと知った時、その日の風呂場でただ思ったのは、「一緒に死のう」って、それだけ言ってくれたら、そしたらきっとなんだってやったのにってことで、でもそんなの君が実際死んだから思う噓かもしれないし、後からいくらでも言えるって、だってフィクションみたいに何度も何度も過去をやり直すなんて展開どこにも落ちていないから、結局わたしはもう君が死んだあとの世界をただこれから続けていくしかないんだ、って、当たり前のことが当たり前に現実を刺している。刺している。

マーはばかだよ、まだ若いのにとか、春になればとかそんな綺麗事にすらもう言い返せなくなってしまった君が、バカ共の吐く綺麗事よりもっと綺麗な物語にされてしまった君が、ずっと悲しい。

最後に一緒に撮ったプリは体育祭の放課後のものになった。クラスで揃いのTシャツには全員好きな数字と文字を入れなくちゃいけなくて、私が勝手に大森靖子の「子供じゃないもん17」って曲名を刻むと言ったから、ペア画みたいに君は合わせてあいみょんの「19才になりたくない」って言葉を入れて、そうしてほんとに18のまま消えてしまった。
担任がぼそっと漏らした「あいつは大人になりたくなかったんじゃないかな」って言葉は、悔しいけど正解なんじゃないかって思う。

そういえばカラオケにいくといつも私たちはあいみょんを入れた。「君はロックを聴かない」を私が入れて、そしたらマーは「ナウなヤングにバカウケするのは当たり前だのクラッ歌」を入れて、私が「漂白」を入れて、マーは「〇〇ちゃん」を自分のことのように歌う。そんな感じで最後は「貴方解剖純愛歌」を二人で歌った。「死ね」ってただ叫んで、世界に向けた二人分の殺意はカラオケまねきねこの薄い壁を通り抜けて廊下どころか隣の部屋まできっと届いてて、とんでもない迷惑客には違いないのに、その無敵さにクラクラしてた。
「ロキ」も中学の頃から私らの十八番だった。大抵最後から二番目に入れる曲。「生き抜くためだキメろ take a selfy」で絶対にキメ顔自撮りを撮るのが約束みたいになってて、加工しすぎてウケちゃうくらいに設定されたマーのSNOWが、私はいつもだいすきだった。
現実なんて歪めてしまえ。顔面、死んだとか超えてブスすぎてウケるから画面の中で心肺蘇生してるんだ。プリクラの設定だって絶対勝手に全部120%にしながら隣でそう言うマーのこと、すげーギャルみたいでいいなって思ったし、そうは言ってもあんためちゃくちゃ可愛いのになって思いながら眺めてた。
ロキを歌う時、中学生の頃にどっかの歌い手の真似して始めたがなりを、私たちは高校生になっても続けてた。イタくてもくだらなくてもなんでもよかった。「死ぬんじゃねぇぞお互いにな!」って、私たちは何度も何度も目を見て叫びあった。あの時感じた、生きていけるって感覚を、君が忘れないようにしなくちゃいけなかった。しょうもない生き延ばしの約束でも嘘にさせちゃいけなかった。

インスタにもTwitterにも二人だけの共同アカウントがあったし、LINEには二人だけのグループがあった。高1の時マーが衝動で全部のSNSアカウントを消してそのまま閉鎖病棟に入り、3ヶ月連絡がとれなかった時があって、またそうなったら消えてしまうから、二人の思い出をアップしておいて守ろう、他の人に言えない二人だけの秘密をツイートしよう、って言って、そうやって閉じ込めたふたりだけの国を、どれも始めたのはマーだった。
結局それらはあれから4年経った今でも全部残っている。残っているけど、よく考えたらこれは最初からマーが消えることだけを前提にされたシステムで、私が消えちゃうことは何一つ考慮されていない。むしろ今では私が消えてしまったらこのグループは消滅するし、共同垢はもう永遠に誰の目にも触れられないままインターネットの海底に沈んでしまうことになる、だから私は二人の日々を守るため、これからずっとこのまま生きていなくちゃいけない。まるで4年前からずっとこうなることの準備をされてたみたいだ。マーが死んで四十九日が過ぎた頃、ようやく私はそれに気付いて愕然とした。

三月、卒業前の私にマーの母親から手紙がきた。その中身はもうあんまり覚えてないけれど、「貴女のことはこれから親戚のおばのような気持ちで見守らせてください」みたいなことが書かれてた。読んだ瞬間わたしはその紙束を受け取ったことすら心底後悔した。私からすればマーのママはマーをあんな風に苦しめた大きな悪だった。それがどんなに歪んだ認知の元に伝えられた、偏った情報だとしても、マーの味方でいると決めた限りそれは絶対だった。だから、マーをここまで育ててくれた人なんだって、今この人も深い悲しみの中にいるって、そんなの頭じゃ分かっていても、マーに包丁を向けたり食器を投げたりしたその手でわかったようにマーのことを綴らないでほしかったし、私をマーの代わりに姪や娘なんてしないで、謝って優しくして、そうやって楽になんてならないで、ずっと苦しんでいてほしい。だって、だってマーにとってお母さんはあなた一人しかいなかった。


偉そうに語っているけど、私だってマーのこと多分ひとつも分かっていません。じゃあなんでこんなの書いているのかって、わかんない、君のことをなにか一つでも覚えていたいと思ったから? 結局こんなの最初から最後までただのエゴでしかありません。でも怖いんです、少しずつ君が私の中から消えていく。結局自分を責めるという形でしか君のこと強く覚えていられない、気持ち悪くてごめんなさい。さいごのさいごに君を追い詰めたひとつにあったのが私の態度だって、思うことはただの自惚れでしょうか、11月のどうしようもない成績と冷えた心を抱えて私は君が求めたハグに何も返せなかったこと、持ちかけられたポッキーゲームの言葉に目を逸らしたこと、受験終わるまで無理なんだよ分かってよって声を荒らげて生き延ばしの約束だったカラオケだって断ったこと、もっともっと酷いこと。「誰からも嫌われてる」とか「死にたい」とかのツイートだって見ないふりして、八つ当たりってわかってて、それでも態度を変えなかったこと。君が死んでから何度もあの昇降口での会話を夢に見て、許してくださいって泣きながら起きて、ただのエゴだってわかってて手紙を書いては墓前に供えようとして、でも君の母親に渡るのなんか絶対嫌だと思って、どうしようもなくて、今更、どうしようもないのにどうにかしたくて、君と何より繋がってたインターネットならなんとなく見ててくれるんじゃないかって、こんな文章を書いて、全部全部ごめんなさい。

マー、ねぇマー、いま君はあたたかい場所にいますか。君は何度も自分の容姿を嫌いと言ったけど、私は確かにそんなところが好きだったけど、君の笑顔は全然不細工なんかじゃなくてちゃんと一番かわいかったよ、ほんとに。だいすきでした。天使だなんて言ってごめんね、大丈夫だよ、もういい子ちゃんなんてしないで、誰にも遠慮なんてしないで。どこにも行かないでなんて言わない、墮天しちゃったら今度こそちゃんと迎えに行くから、思う存分悪魔でいてください。そしてどうかそっちではもうなんにも気にせず笑顔でいてほしい。ただそれだけを願ってます。

(あなたのみぃこより 2022.12.04)

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