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LiSA『極貧の中でも決して諦めなかった音楽への想いをパワフルな歌声で届ける』(後編)人生を変えるJ-POP[第44回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今回は、『紅蓮華』を歌って一躍スターダムに上り詰め、『炎』で日本レコード大賞を受賞したLiSAを取り上げます。彼女の存在は、アニメ「鬼滅の刃」と切っても切れない、というのが一般的なイメージですが、彼女の歌の実力が楽曲を大きく押し上げたことが大ヒットに繋がったと言えるでしょう。そこには「音楽」「歌うこと」に対して決して諦めない彼女の強い気持ちがあったと言えます。そんな彼女の経歴や歌声の魅力、そして歌手としての実力を掘り起こしていきたいと思います。

(前編はこちらから)


響きが散らばらず、一本の線を描くような歌声

楽曲『紅蓮華』や『炎』でパワフルな歌声を披露しているLiSAですが、彼女の歌声の音質を鑑定してみると次のようになります。

・声域はソプラノ
・ハイトーンボイス
・少しハスキーさのあるストレートボイス
・音色は明るく、透明性に優れている
・響きに混濁はない
・ピンと張った芯のある響き
・声の幅は中位でソフトさは見当たらない

彼女の特徴として、女性のロックボーカリストという一面から見てみると、透明感溢れるハイトーンボイスの持ち主であることが言えます。

彼女のように声域が高い人の声は、どちらかと言えば、声自体の幅が細い傾向にあります。その場合、全体にパワフルな印象はありません。

高い声の持ち主でパワフルな歌声の場合は、声幅が広く(太く)なり、ソフトで響きも混濁しがちになります。即ち、幅のある濃厚な色合いの歌声を持つ人が声量も豊かに歌う傾向があるのです。

たとえば、ジャンルは異なりますが、「ハイトーンボイスの持ち主でパワフルに歌う」という点で見てみると、MISIAや平原綾香がその類に入ります。
彼女たちはロックを歌いませんが、もし、ロックを歌ったとしたら、幅のあるソフトな響きでパワフルに歌うでしょう。

しかし、LiSAの場合は、パワフルなハイトーンボイスでありながら、歌声の響きは、透明的で、幅は太くなく、響きの中央に尖った芯のあるものを持っているのが特徴です。

このため、彼女の歌声はどんなに高音になっても、響きが散らばることなく、中央に集まって、1本の線を描いていきます。

この声は、ボリュームを調整することで、パワフルな歌声から、軽いポップな歌声まで自由に操ることができます。

これが、彼女がロックに限らず、ポップスなども歌いこなせる秘密と言えるでしょう。

パワフルさと伸びやかさを併せ持つ、明るい音色

このような特徴を持つ彼女ですが、デビュー当初の歌声を聴いてみると、やはり現在の歌声のほうが成熟した響きをしていることがわかります。

デビュー当時は、20代前半。今の歌声に比べて透明性が高く、もっと透き通った清純な響きの印象を持ちます。

女性の場合、大方の人は、20代後半になると全体に声が太くなり、透明性が無くなり、色彩の濃い響きになってきます。

彼女の場合も年齢を重ねるに連れて、声の響きが無色に近い透明的なものから徐々に色みがついてきて、艶のある歌声に変化していっているのがわかります。

ですが、彼女の場合は、決して重い響きの歌声ではありません。声の幅もそれほど太くないのです。それが他の人との大きな違いですね。

彼女の歌声の一番の特徴は、なんと言ってもそのパワフルさと明るい音色。
そして伸びやかさと言えるでしょう。

パワフルに歌っても決して響きが重くならず、軽やかな印象を与えるのは、明るい音色のストレートボイスだからですね。また、歌声の幅が太くないのも特徴の1つです。

その為、高音部でシャウトしても、決して歌声が破綻せず、軽やかです。
彼女の場合、アニメの歌手役の歌声を担当することでデビューしました。その後、ソロ歌手としてデビューする時に、「自分は果たして役柄がなくても通用するだろうか」という懸念が彼女の中にあったようです。

しかし、アニメの役柄の歌声を担当する時点で、周囲は彼女をソロ歌手として十分通用するだけの力量を持っていると評価していたのだと思います。

声優が歌う、歌手が声優をやる。違いはどこに出るか

近年は、彼女のように、アニメの歌手の役柄でデビューする人も多く、声優と歌手とのボーダーラインがどんどん曖昧になっているように感じるほど、歌が上手い声優も数多く見られます。

ですが、やはり、その後、ソロ歌手として通用するかどうかは、歌声自体にどれくらいの魅力を持っているか、ということと同時に、歌の表現力という部分が非常に重要だと感じます。

声自体に魅力を持つからこそ、声優という仕事が成立するのでしょうから、声の魅力に溢れているのは当然のこと。それでも話し声と歌声はやはり違うのが当たり前で、歌声になった時の魅力と、さらには、歌をどれくらい表現できるのか、という部分で、ソロ歌手として立っていけるかどうかが決まると感じます。

LiSAの場合、歌声そのものの魅力はもちろんのこと、長年、バンド活動によって培ってきた表現力というものが、アニメの中の人物をさらに魅力的にする、という立体的な肉付けを彼女自身が成立させたことが、大きなポイントになるのではないでしょうか。

これは、映画「ワンピース」(ONE PIECE FILM RED)のウタ役の歌唱部分を担当したAdoにも同様のことが言えると思います。

『うっせぇわ』の野太い歌声と独特の歌い回しが多くのリスナーにインパクトを与えた彼女が、ウタ役では、伸びやかな高音の歌声を披露したことで、彼女の歌唱力を多くの人が認めることになりました。

そのことによって、Adoという歌手のイメージが単に覆面歌手という話題性から、実力を持つアーティストへと変わったことは確かなことです。

ステージシフトした彼女が、これから何を伝えていくか

LiSAは、2021年に結婚、その後、第一子を出産し、妻、そして母親としての役割が加わりました。

これまで何人かの女性ボーカリストを扱ってきましたが、「結婚」「出産」というものが、女性ボーカリストに与える影響は小さくありません。

ライフステージの大きな転換によって、ボーカリストとしての器が明らかに変わっていくという印象を持ちます。

アーティストという人前に出てクリエイティブな仕事をする人間でなくても、女性にとって、「結婚」「出産」という経験は、その後の考え方や物事の捉え方に大きな影響を与えます。

特に「出産」は、その一大イベントが終わった後も、その後、何十年も続く「母」という役割へと転換していくものでもあり、女性の場合、日々の暮らしの中で考え方や物事の捉え方が変わったり、肉体的な変化も大きかったりすると言えます。

LiSAというアーティストが、今後、それらの役割を果たしながら、アーティストとしてどのように成長し、音楽を通して、何を伝えていくのか、ということに非常に興味が湧きます。

どんなに極貧の生活の中でも決して「音楽への想い」を諦めなかった彼女が、今後のJ-POPの担い手の1人として、彼女にしか表せない音楽を、世界に発信していくことを期待したいと思うものです。


久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞