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LiSA『極貧の中でも決して諦めなかった音楽への想いをパワフルな歌声で届ける』(前編)人生を変えるJ-POP[第44回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今回は、『紅蓮華』を歌って一躍スターダムに上り詰め、『炎』で日本レコード大賞を受賞したLiSAを取り上げます。彼女の存在は、アニメ「鬼滅の刃」と切っても切れない、というのが一般的なイメージですが、彼女の歌の実力が楽曲を大きく押し上げたことが大ヒットに繋がったと言えるでしょう。そこには「音楽」「歌うこと」に対して決して諦めない彼女の強い気持ちがあったと言えます。そんな彼女の経歴や歌声の魅力、そして歌手としての実力を掘り起こしていきたいと思います。


アヴリル・ラヴィーンでロックにハマる

LiSAは1987年生まれ。岐阜県出身です。音楽との出会いは早く、3歳の頃には母親の影響から、ピアノを習い出したと言います。

内弁慶で引っ込み思案だった彼女は、家ではディズニー映画の主題歌などを大声で歌うのに、保育園に行けば友達の輪に入っていくのも気後れするような子供でした。

その様子を見た母親が、歌うことだけは好きだった彼女を地元のミュージカル教室に年長組で入れたのです。

すでにいろいろな習い事をしていたそうですが、「歌って踊る」ミュージカルが一番楽しかったと彼女は言います。そして、どんどん歌うことが楽しくなり、小学生の頃には、ダンスボーカルグループの“SPEED”の大ファンになっていくのです。(

その後、彼女は小学5年生で単身沖縄に渡ります。当時のJ-POP界は、彼女が憧れたSPEEDをはじめ安室奈美恵など、ダンスボーカルミュージックの全盛期。

その頃、SPEEDや安室奈美恵(三浦大知や満島ひかりなども)を輩出した「沖縄アクターズスクール」は、東京、大阪、名古屋、福岡、札幌の5大都市で全国オーディションを開催していました。

そのオーディションに合格した彼女は、沖縄の母親の知人宅に身を寄せて芸能界デビューを目指してレッスンに励みます。ですが、結局デビューは叶わず、中学2年生で岐阜の自宅に戻ってきたのでした。(

彼女が次に憧れたのがアヴリル・ラヴィーンでした。きっかけは、中学2年生のとき。3年生の先輩達に誘われてカラオケに行き、聞かされたのがアヴリル・ラヴィーンの歌でした。その後、彼女はロックの魅力にハマっていくことになります。

カラオケ後、彼女は先輩達から卒業ライブのボーカルを担当して欲しいと頼まれます。当時、メンバーの家にある蔵の中に設置されていた防音室のようなところでライブの練習をするのが楽しくて仕方なかったとか。

バンドの生音に合わせて歌うことの楽しみを経験した彼女は、高校時代、バンド活動をして本格的にロックの世界に入っていったのでした。(

バイトで貯めたお金を手に、家出同然で上京

高校を卒業後、地元でバンド活動を続けていた彼女ですが、そのバンドが解散することになります。東京行きを考えたとき、バンド仲間が背中を押してくれたと言います。

母親の理解を得られない中、バンド活動をしながらアルバイトをして必死で貯めた100万円を持って、彼女は21歳の時に、家出同然で上京しました。

その頃の彼女は、自分が1人で歌えるタイプではないと自覚していて、バンドがなければ自分は歌えない、と思っていたそうです。

当時、お世話になっていた人に相談し、バンドメンバーを紹介してもらい、結成したのが、「Love is Same All」でした。東京でバンド活動を一から始める覚悟だった彼女は、「最後のチャンスに賭ける」という気持ちだったとか。

彼女が東京で移り住んだ場所は高田馬場。ここに「GATEWAY STUDIO高田馬場CLUB PHASE(以下、ゲートウェイ)」というバンドが集まって練習する場所があり、その場所があることが彼女に高田馬場に住む決意をさせた理由とか。

とにかく「音楽に真剣に向き合った日々」というほど、彼女は、バンド活動やライブ活動を優先させる生活をします。そんな彼女に都合のいいアルバイト先は到底見つからず、そのため、満足にアルバイトもできない中、あっという間にお金は底をついていくのです。

それでもバンド活動を諦めることはできず、この頃の彼女は、朝から夜まで3つのバイトを掛け持ちし、夜中から朝方まではバンドの練習。「睡眠時間は2~3時間ぐらい」というような日々を過ごしていたのです。

この頃の生活は、部屋には何もない。冷蔵庫もない、炊飯器もない、ベッドもない、洗濯すら、洗濯板を買って手洗いするような極貧とも言えるような暮らしをしながら、それでも高田馬場を離れることなく、音楽を諦めることなく、彼女は、とにかく「虎視眈々とチャンスを狙っていた」と言うのです。(

テレビアニメの劇中バンドに抜擢される

そうやって過ごしていく日々の中で、彼女は1つのチャンスを掴みます。それが、Girls Dead Monster(TVアニメ『Angel Beats!』に登場する劇中バンド、以下ガルデモ)への抜擢でした。

チャンスを狙っていた彼女は、この頃、多くのオーディションに挑戦していました。その中でガルデモに受かったわけですが、迷いがあったと言います。

「ガルデモやりたい」と言い、自分にとってのチャンスかもしれない、という気持ちはあっても、長年、お世話になり、一緒にやってきたバンド「Love is Same All」のメンバーへの気持ちもあり、心に迷いがありました。

そんな彼女の背中を押してくれたのは、他でもないバンドメンバーの「絶対にやったほうがいいよ。お前にとって、それはすごくチャンスだし、何しに東京に出てきたの?」という言葉だったとか。

いつかきっとお返しができるように頑張ろうと思ったと言います。

そうやってバンドメンバーに背中を押された彼女は、ソロ歌手LiSAとしての第一歩をガルデモで踏み出していくことになったのでした。(

2010年TVアニメ「Angel Beats!」の劇中バンド「Girls Dead Monster」2代目ボーカル・ユイ役名義で参加したシングル・アルバムはシリーズ累計40万枚の売り上げに達し、11年春、ミニアルバム「Letters to U」でメジャーソロデビューしました。

チャンスをつかんだ後は一躍、トップアーティストの仲間入り

その後、TVアニメ「Fate/Zero」「ソードアート・オンライン」「魔法科高校の劣等生」「鬼滅の刃」など多くのアニメ作品の主題歌を担当。ソロアーティストLiSAとして確実に歩みを重ねていきます。

2019年4月配信の『紅蓮華』は、配信直後からデイリーチャートを席巻し、配信デイリーチャート38冠を達成し、大ブレイク。

年末に行われた「第70回NHK紅白歌合戦」への初出場を果たしました。
また、翌2020年10月には、同時リリースしたアルバム「LEO-NiNE」とシングル『炎』が、それぞれ、オリコンデイリーアルバム、デイリーシングルランキングで “W1位”を獲得。

『炎』は、その年のTBS「第62回輝く!日本レコード大賞」の「日本レコード大賞」を受賞し、一躍、トップアーティストの仲間入りを果たしたのです。NHK紅白歌合戦には、19、20、21年と3年連続で出場しています。

このように、彼女は、アニメの劇中バンドのメンバーに抜擢されるというチャンスを掴みとって、ソロアーティストとしての階段を上り始め、見事に「日本レコード大賞」というアーティストなら、誰もが目標とするような頂点を極めたのです。

楽曲『紅蓮華』と『炎』は、LiSA の代表曲となり、長くその音楽と共に人々の記憶に残る歌手になったと言えるでしょう。

後編では、パワフルな彼女の歌声の魅力や、結婚、出産という人生のライフステージの変化がアーティストとしての彼女にもたらす影響について書いてみたいと思います。


久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞