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♯5 なぜお坊さんになったのですか?

「幽霊っているの?」「運の正体とは?」などと思ったことは誰しもあるはず。そんな“目に見えないもの”にまつわる素朴な疑問や、仏教に関する知識を、SNS等で人気の僧侶、仁部(にべ)兄弟がゆるく解説。今回は、編集部からの質問に答えていただきました。

お坊さんとしてのキーワードは「焚き火」と「触媒」

●兄・前誠 埼玉県にある上原寺(じょうげんじ)の副住職兄弟、兄の仁部前誠(ぜんじょう)です。

○弟・前叶 弟の前叶(ぜんきょう)です。よろしくお願いします。

―あちこちで聞かれていることかもしれませんが、お二人がお坊さんになった経緯を教えてください。

●前誠 お寺に生まれたので、自然な流れだったと思います。小さい頃から野球をやっていて、子どもなりに漠然と「野球選手になりたい」と思った時期はあったけれど、環境として物心ついた頃から神さま仏さまがそばにあったんですよね。
なので私の場合は、お坊さんに救われた経験があるからとか、何か外側から気持ちが芽生えて僧侶を志すような(業界用語ではそれを「発心〈ほっしん〉」といいます)、ストーリーがあったわけではなくて。しかも、ある時点から切り替わったというより、だんだんとグラデーションのように、気持ちが深まっていった感じです。

―跡を継ぐことが既定だったわけでもなかった。

●前誠 それが、上原寺の住職であり、師匠でもある父親からは、跡を継ぐように言われたことって、一度もないんです。私たちの下に妹が2人いて、4人きょうだい、そして父母と祖父母の8人家族という環境で育ってきたんですけどね。
ただ、父がかねてより「資格だけは取っておけよ」と言っていて。(日蓮宗のお坊さん資格が取得できるという意味で)日蓮宗と関わりの深い立正大学に進みました。
大学では当然、仏教にまつわる授業が多いし、周囲はお坊さんの卵だらけ。そういう環境で育つうちに、おのずと僧侶になっていたという感じです。「こうなりたい」といった強い思いからなったわけではないので、そこはいわゆる「縁起」だと思っています。

―前叶さんも同じですか?

○前叶 資格の話がありましたが、私も大学進学までは同様です。将来は僧侶になると明確な意志を持って入学したわけではないし、割と自由な、普通の大学生っぽい生活をしていたときもありました。
コンビニやスーパー、ゲームセンターのスタッフ、あるいはバーテンダーなど、好奇心から様々なアルバイトも経験して。そのなかで考えさせられることは多かったですね。
例えば、変わったお客さんが毎日のように来たりとか、それぞれの業界で外から見たらわからない、特有の悩みがあることを実感しました。「仕事してるだけでこんなに大変なんだな…」と、社会人のつらさが垣間見えたというか。

―お坊さん以外の職業に心が傾くことはありましたか。

○前叶 昔から父がよく、「仕事はどういう人と会うかを決めるものだよ」と言っていて。例えばお医者さんなら、体や心のことを心配している人と、ブライダル関係なら、これから結婚するという幸せな人と知り合うことになる。
じゃあお坊さんはどういう人と知り合うと思う? と聞かれて、まわりの方が亡くなってこれからお葬式という、悲しい人と知り合うのかと思ったら、「ご祈祷の現場はそうではなく、いまどうやって生きたらいいかを迷っている人と知り合う。自分はそういうお坊さんだよ」と言われて。
単純にそこに興味を覚えたし、私が持って生まれた特性を仕事で活かすには、何に適性があるかを考えたとき、これはお坊さんになることが合っているかもと感じたんです。

―ご自身のどんな性質について、合っていると思われたのでしょうか。

○前叶 振り返ってみたら、子どもの頃から様々な相談を受けることが多かったし、人前で話をすることも苦ではないと気づきました。卒塔婆(そとば)やご位牌(いはい)に字を書くことも僧侶の仕事のひとつですが、幸いにして文字はよく褒められていた。なので、お坊さんに必要な技術的素養は持っているかなと思ったんですね。
野球部から一度逃げ出した寮生と話して説得したり、あるいは「こういう風になりたい」という人に対して、実現に向けてその気にさせたりするのは得意だったし(笑)。
何より、質問に答えたり何かを教えたりしているときが、自他ともに認める“活き活きとしている瞬間”なんです。

●前誠 え? 一番活き活きしてるのは、オークションで「007」のグッズを競り落としてるときじゃなくて?(笑)

○前叶 ではないね。あれは、きわめて事務作業的に、無表情でやることなので(笑)。
話を戻すと(笑)、自分の資質を世のため人のために使おうとするなら、お坊さんという肩書きを持っていることがプラスになると思ったんですよね。だから、強い思想があって、何かを実現したくてお坊さんになったという流れではないです。

―その点でお二人とも共通していますね。「我」のようなものがない。

前誠 お坊さんの大事な務めであるご供養にしてもご祈祷にしても、「私」が何かをやっているという感覚はないかもしれません。あくまでも、何かをしている主体は自分ではない。お葬式に関して言えば、人生の最後の儀式でそれをつかさどる責務は重いものがあるし、つつがなくそれを執り行うことができたとき、感謝されてありがたいと思うことはありますが。

○前叶 修行のときに言われて心に残っている話があって。「寒い日に人が勝手に集まってくる焚き火」を僧侶になぞらえた話で、お坊さんは“そこにいる”だけでいいし、お坊さんとしてそこにい続けることが大事だっていう。目標を設定したり実現したりすることより、そちらのほうが重要だと思うんです。
焚き火はそこで燃えてるだけで、「人を温めよう」などと思っていませんよね。それと同じように、私はただそこにいてご相談に楽しく答えて、笑顔で帰ってもらって、よかったよかった、と。集まってきた人たちに対して、やるべきことをやって解散する。
そういう地味なことの繰り返しがいいなと思っているんです。焚き火のほうから相手に火を向けて、「ほら、あったまれ!!」みたいなのは気持ち悪いし(笑)。

●前誠 お坊さんというのは、神さま仏さまと皆さまを繋ぐパイプ的な存在だと私は思っていて。化学用語でいう、「触媒」みたいなもの。
AとBだけだとしっくりこない、でもそこにCを加えると化学反応が起きて、新しいXが生まれる。面白いことに、XにCの要素は一切入っていない。AとBだけだと何も起こらないけど、Cが関わることによってXが生まれるわけですね。
このCが触媒を表しているのですが、私はお坊さんとしてそのような存在でありたいと思っています。通常、神仏と人との間では何も起こらないけど、そこにお坊さんが入ることによって、何かが起こる。その結果として、自分が存在していなくていい。そんなイメージです。

―俗世の欲から離れた境地…

●前誠 そんな崇高な感じではなく(笑)あくまでも神さま仏さまが第一で、基本的に一歩引いた視点でいるからかもしれません。
お坊さんって、形ないものや目に見えないものを大切にできる立場ですよね。「生老病死」に直結している仕事であって、国籍や性別を超えたところにある人間のリアルな悩みに関わり、神さま仏さまについて考えていられる。人が大事に思うことに触れたり、そこをサポートしたりできるというのは、ありがたいことだと思いますね。

「荒行」は特殊なことではない!?

―お坊さんの修行は大変そうなイメージがありますが、お二人の場合は特に、厳しいことで有名な荒行(寒い時期に100日間、水をかぶったりひたすら読経をしたりする)を達成されています。そこに挑もうとしたきっかけは何かありますか。

○前叶 大学4年の頃、お坊さんの資格を取るにあたって、日蓮宗の総本山で修行をしたのですが、野球部出身だからか厳しいルールの集団生活が苦ではなかったし、修行が肌に合う感じがしたんですよね。それは僧侶になったきっかけにもつながっています。
あと、子どもの頃から見て知っていた「木剣(ぼっけん)」という仏具も関係があって。これを扱える祈祷僧としての父の背中も見ていました。荒行をすると、専門のご祈祷を行う僧侶として木剣を扱えるようになるんです。
じゃあ荒行に行って、ご祈祷のできるお坊さんになろうと、在学中に考えました。荒行に入る前の一年はワクワクしながら過ごしていましたし、始まっても、これは水が合うぞという感覚が強かったですね。

―つらいとか、逃げ出したいと思ったことは?

前誠 ありますよ! 睡眠時間が少ないので、眠いことが一番つらかったです。ただ、肉体的なつらさや精神面での力の抜き方などは、部活で慣れていたというアドバンテージがあったかもしれません。
つらく厳しい修行でしたが、経験してよかったと心底思っています。
そして、これは多くの人から「そんなわけない」と言われるけれど、私たちと環境が離れているから、ものすごいことをしているかのように錯覚されているだけで、もしその場に置かれたら誰でもできることではないかと思うこともあります。なぜなら、人それぞれ置かれた環境のつらさとか厳しさに日々、耐えていると思うからです。
私の場合は、それがこうした修行であったということ。逃げたいとかやめたいと思うことがあるのも、皆さんが大変な場面で感じるのと同じです。

―それは勇気づけられます。今後、どういうことに注力したいと考えていますか?

○前叶 役割という点では、いま二人で副住職を務めている上原寺はゆくゆく長男である兄が継ぐことになると思います。
私としては、上原寺と少し離れたところにある別院を、もっとお寺として認知される形にととのえて、そこにずっとい続けることがお坊さんとして大事だと思っていて。オリンピックの聖火のように上原寺から火を分けてもらって、別院も焚き火として機能するようにしたいなと。
お坊さんの世界で精進することも大切かもしれませんが、例えば、いまこの瞬間“死にたい”と思っている人にとっては、それよりも“焚き火機能”を果たしているかどうかが大切だと思うんです。

●前誠 まずは自分自身がしっかりと仏さまの教えを指針に生きていこう!と思っています。 皆さまの明日が明るい日となりますように。

○前叶 合掌。

仁部 前誠(にべ・ぜんじょう)
1988年埼玉県生まれ。立正大学仏教学部宗学科卒業。妙見山上原寺副住職。2012年より日蓮宗宗務院に奉職。2016年、日蓮宗加行所初行成満。2020年よりRadiotalkにて、弟の前叶氏とともに「midnight temple radio お寺ジオ」を配信。僧侶としてのモットーは、「法華経の話はほとんどしませんが、すべては法華経の話です」。 最近では、『あなたは尊い 残念な世界を肯定する8つの物語』(漫画・やじまけんじ/監修・佐渡島庸平×日蓮宗/徳間書店)制作プロジェクトに参加した。
https://twitter.com/nibe_zenjo

仁部 前叶(にべ・ぜんきょう)
1991年埼玉県生まれ。立正大学仏教学部宗学科卒業。妙見山上原寺副住職。さいたま浦和地区保護司。2015年、日蓮宗加行所初行成満。2020年、仏教死生観研究会「死の体験旅行」講師を務める。同年、上原寺別院「祈誓結社」を設立。”ほとけ様との架け橋“であることを目指し、命の強さと有り難さについて伝えるべく活動している。
https://twitter.com/6SYAKU_HOUSHI