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中島美嘉『常に独自の光を放ち続ける存在』(後編)人生を変えるJ-POP[第15回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今回は今年デビュー21年目を迎え、新しい境地を開いている中島美嘉を扱います。J-POPの世界で、数少ない女性アーティストであり、デビュー当時から圧倒的存在感を放っていた彼女独特の世界観や、人物像、これまでの軌跡を辿ってみたいと思います。

単なる音色を超える、「言葉による声の音色」

歌手中島美嘉の魅力は、単に歌声にあるというより、彼女特有の日本語の処理の仕方と言葉による声色の変化に魅力があると感じます。
 
彼女の歌は、その歌い出しからのフレーズに特徴を持っています。
普通、楽曲はAメロ、Bメロ、Cメロなどがあって、それからサビに入っていきます。

多くの歌手の場合、A、B、Cメロよりもサビのフレーズの歌い方に特徴が出る場合が多く、リスナーも聴かせどころであるサビの歌声に、その歌手の魅力を感じて好きになる人が多いように思います。また、歌手自身もサビの部分に歌声のエネルギーを乗せて歌うのが常です。

ですが、私は中島美嘉という歌手の魅力は、サビの部分ではなく、サビ以外のフレーズの歌い方が大きな特徴だと感じるのです。

それは、彼女の日本語の処理の仕方にあります。言葉によって歌声の音色を変えていくことで、言葉自身に色を与えていくという歌い方です。

丁寧に並べられた音符の粒を差し出されるように

普通、歌を歌う場合、メロディーに言葉を載せて歌うのですから、メロディーの音符の流れに沿って滑らかに言葉を載せていく歌手が多いです。

また歌詞の言葉をはっきりと伝えるために、タンギング(歌の場合でいうタンギングは、舌を使って空気の流れをコントロールし、発声にメリハリや強いアタックをつけることで言葉の子音の部分の発声に使われる)を強調したりして、どれか一つの言葉を立てて歌う人が多いのですが、彼女の場合、非常に訥々と歌っていく、という印象を持ちます。

では、それは単語がプツンプツンと切れているのかと言えば決してそうではなく、あきらかに歌っているのですが、どの言葉も平面上に並べられていく、という印象なのです。

即ち、どれか一つの言葉を強調することなく、どの言葉も同じような強さで並べられていくのです。

普通、そのような歌い方をすると、何を歌っているのか分かりにくくなることが多いのですが、彼女の場合、訥々と話すように言葉を並べていくことで見事に歌詞の意味が伝わるのです。

たとえば、一発撮りで有名な『THE FIRST TAKE』での『僕が死のうと思ったのは』や『雪の華』での歌い出しの部分は、言葉の一つひとつが丁寧に伝わってきます。

この言葉の伝わり方は、音符の粒を綺麗に平面上に並べていくような歌い方をしていることに特徴があります。決してどこかの音節が強いということはなく、あくまでも同じ強さで綺麗に言葉の粒が並べられていく、そういう歌い方なのです。

この歌い方は、言葉を上手く並べられなければ、何の感動も伝わらない冷めた歌い方に聞こえてしまいます。ですが、彼女の場合は、決してそのようなことはなく、どの言葉も聞き手の私達の前に綺麗に平面上に並べられて差し出されてくるのです。

この歌い出しに対し、次のフレーズになると、少し強めの響きを与えて、言葉に濃い色を与えていく。さらに次のフレーズになると、今度は、色味を完全に消して透明的な無色に近い音色で歌い始める。

このように、たった1曲の中にさまざまな色彩の歌声を配置していく。まさに“言葉による音の粒”を並べていく、という歌い方をしているのです。

この言葉の処理は見事であり、歌手中島美嘉にしか出来ない歌い方です。

この特徴的な言葉の処理は、彼女のデビュー当初から見られる特徴で、この歌い方が聴き手の心をグッと掴んでいくと言えるでしょう。その部分とエネルギッシュに歌うサビの部分の対比に彼女の魅力があると言えます。

そしてその言葉の処理を支えるのが、彼女の歌声の音色です。

言葉を支える、中島美嘉の歌声

彼女の歌声は、母音によって音色が変わります。例えば、母音が「あ」や「お」というような言葉の場合、真っ直ぐ縦の奥に広がった強めの響きになり、男性的になります。これに比べて、「い」や「え」という横に広がった母音の場合は、響きが柔らかくなる傾向が見られます。

この母音の種類による響きの音色の違いが、訥々と平面上に並べるように歌う言葉に反映されて自然に抑揚をつけていきます。

これは、サビの部分の歌声にも同じ特徴が見られます。即ち、彼女の場合は、同じ響き、統一した響きでフレーズを歌っていないのです。

普通、歌手は響きを統一することが多く、意識しなくてもフレーズごとで音色が統一されていることが多いです。ところが、彼女の場合は、別の言い方をすれば、フレーズの中で、また言葉の中で、音色がバラバラになるのです。

これが歌手中島美嘉の最大の魅力とも言えます。

聴き手である私たちは、彼女の様々な音色によって、切なかったり、甘かったり、フレーズの色彩を感じていくと言えるでしょう。

一つのフレーズの中に甘い音色があったり、切ない音色があるかと思えば、非常に明るい音色があったりするのです。

この歌声の音色の変化によって、平面上に並べられた言葉が私達の耳に届けられるのです。この言葉との距離感が、若い頃から彼女の歌を唯一無二の存在にしていると言えるでしょう。

また、彼女の歌声はデビュー当時と今では若干異なります。これは誰もが経験する声帯という器官の肉体的な成熟度による歌声の変化です。

彼女の代表曲である2003年の『雪の華』や、2013年の『僕が死のうと思ったのは』などの歌声は、前述の『THE FIRSTTAKE』の歌声よりもずっと繊細な響きをしています。

元々、彼女の歌声は、ビブラート色の強くないストレートボイスに近い音色をしています。『NANA』の主題歌である『GLAMOROUS SKY』の歌声ですら、ロックであるにもかかわらず、全く押しの強い音色ではありません。

ですが、年齢を重ねるに従って、その音色は透明感よりも充実感を与えています。

透明感と濃厚さ。新曲『Wish』では、二種類の歌声に魅了される

最近の歌声では、サビの部分に彼女の色濃い響きを感じさせるものが多いです。

最新曲のアニメ『ベルセルク黄金時代篇 MEMORIAL EDITION』のエンディングテーマ『Wish』では、彼女の2種類の歌声が対比的に披露されています。

歌い出しからのフレーズに使われている、透明感溢れる無色に近い歌声と、中盤から後半のサビにかけての濃厚な歌声です。

これはミックスボイスとヘッドボイスの切り替えによって色彩に変化が生まれているのですが、彼女の場合は、1つのフレーズの中にさまざまな色味の歌声が存在し、それがなんとも伸びやかで甘く切ない雰囲気を醸し出しているのです。

また、昨年発売したアコースティックカバーアルバム『MESSAGE~Piano&Voice~』では彼女自身の好きな楽曲を集めただけあって、彼女の歌声のさまざまな音色を楽しめる一枚になっており、歌手としての振り幅の大きさを感じさせるものになっています。

ミュージック・ビデオにおける彼女自身の映像美や独特の世界観など、彼女が描き出す世界は、生まれ持った美へのセンスの良さを感じさせ、今後も存在感を示し続ける歌手に違いありません。

全曲セルフプロデュースした、作詞、作曲だけでなくアレンジからレコーディング、マスタリング、ジャケットのパッケージまで手を入れた最新アルバムの『I』は、彼女の新たな可能性を示していると言えます。

「ずっと裏方になることが夢で、それだけは諦めきれない」と話す彼女が、今後、表舞台に立つ歌手としてだけでなく、プロデューサーとしての活躍を見られる日も近いかもしれません。

今後のJ-POPを牽引していく数少ない女性アーティストとしての存在であることは間違いないのです。

久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞