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『立体的多重構造を持つ歌声』(Little Glee Monster)人生を変えるJ-POP[第4回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

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Little Glee Monster(通称リトグリ)は、女性5人のボーカルグループです。日本で初めてと言っていいほどの本格的女性ボーカルグループ。今回は、彼女達について書いていきたいと思います。

2014年、メジャーデビュー

リトグリは、ソニー・ミュージックレコーズとワタナベエンターテインメントがタッグを組み、「研ぎ澄まされた歌声で人々の心に爪痕を残す」ということをテーマに世界に通用する女性ボーカルグループとして結成されました。かれん、MAYU、芹奈、manaka、アサヒの5人のメンバーで構成されています。

メジャーデビューは2014年『放課後ハイファイブ』です。リトグリといえば、多くの人が先ず思い浮かべるのが、コカ・コーラのCMソング『世界はあなたに笑いかけている』ではないでしょうか?

見事なハーモニー、躍動感溢れる歌声が、CMソングのヒットと共に、リトグリの存在を多くの人の脳裏に焼きつけました。

Little Glee Monsterは私が知る限り、日本の女性グループで初の本格的ボーカルグループです。

本格的ボーカルグループと言えば、男性では先ずゴスペラーズが思い浮かびます。彼らを含めて、それまでのボーカルグループと言えば、一人のリードボーカル、またはメインボーカルという存在があり、それに対して他のメンバーはハーモニーに徹するという構成になっていることが多かったです。

このスタイルを打ち破ったのが、韓国出身で多くのJ-POPを歌った東方神起です。分裂前(現在の東方神起は2人)の彼らは5人という構成の中で、それぞれがソロを歌えるという触れ込みのもと、メインボーカルやリードボーカルが変わり、均等にフレーズを担当することが多かったです。

これは、それまでの日本のボーカルグループにはない新しい形のものでした。これと同じように、リトグリもメインボーカル、リードボーカルというものが固定されていません。即ち、楽曲によって、各自の役割分担が変わるというものです。さらに彼女達の場合は、東方神起よりも明らかにそのスタイルが進化していると言えるでしょう。

このスタイルが成立するのは、各自の歌声の個性が際立っていることが前提であり、それぞれの力量が均等であることが絶対条件になります。
それは彼女達がリトグリのメンバーに選ばれる過程を考えると納得出来るのではないでしょうか。

彼女達は、小学校高学年から中学生という早い段階でオーディションに合格したりTV番組に出演した経歴を持っています。即ち、それほど早くからボーカリストとしての才能を発揮していたということになるのです。

リトグリのメンバーは、5人で構成されています。過去には他にもメンバーがいましたが、2017年後半以降は現在のメンバーに固定されています。

デビューは2014年で今から実に8年前ですから、当時、彼女達はまだ中学生でした。いわゆるジュニアです。

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女性の変声期について

ここで女性の変声期についても少し触れたいと思います。変声期、いわゆる声変わりと言えば、男性にしか起きないと思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、女性にも変声期はあります。

女性の変声期は、男性に比べて早く、小学校の高学年(11歳頃)から中学2年生頃までの間に始まることが多いです。そして、高校生になるまでには大体安定すると言われています。

声変わりはホルモンに関係しますので、女性の思春期が男性に比べて早いことに比例して声変わりも早い時期から起こることが多いのです。

そして女性の声変わりの場合は、男性ほどの大きな変化はありません。男性が約1オクターブ、声が低くなるのに比べて、女性の場合は子供の頃に比べて高い声が出にくくなった、という程度のものが多いですから、周囲も本人も声変わりに気づかないことも多く、いつのまにか声変わりをしていたということにもなったりします。

リトグリのメンバーは、どのメンバーも小学生の頃から個々にシンガーとして活動していたように見受けられます。リトグリとしてのデビューは、2014年ですから、ちょうど中学から高校生にかけての時期で、一応変声期は終わっていたと考えるのが妥当な線ではないでしょうか。

活動が活発になる2017年頃は声も完成されていたと思えます。ですから、彼女達のハーモニーは、当時から非常に安定していました。

立体的多重構造のハーモニー

リトグリのボーカルグループとしての特徴を語るとき、一番に思い浮かべるのは、「立体的多重構造のハーモニー」ということです。

彼女達の作り出すサウンドは、非常にパワフルでハーモニーがしっかりしています。これは、各自それぞれの歌手としての個性と力量が際立っていることを示します。5人それぞれの歌声の特徴も持ち味も異なり、その異なるキャラクターの魅力がぶつかり合って、現在のサウンドを作り上げていると言えるのです。

ここでメンバーそれぞれの歌声の特徴について触れたいと思います。

メンバーの声の魅力を大解剖

芯の通ったストレートボイス~かれん
かれんの歌声は、ストレートボイスのやや細めの声です。その響きは非常に直線的で、歌声の響きの中心に一本の細い明確な芯があります。この芯はどんな音域を歌っても決して消えることがありません。

この芯の周囲に響きが集まって綺麗な線を描いているのが彼女の歌声の特徴です。非常に声量がありパワフルで声自体に躍動感があります。そのため、ハーモニーの中でメインパートを歌うと、鋭利な響きとなって際立ちます。また音程が正確で、どんな場合も音の幅のど真ん中の高さを取ってくるのが特徴です。

どのメンバーの声質にも合致する響きの幅~MAYU
MAYUの歌声は、全体的に濃い色彩を持っています。響きの幅が太く、他のメンバーに比べて声の幅が広いのが特徴です。また、そのソフトな音色は、どんな歌声とも非常に親和性が高いです。

どのメンバーの声質にも合致し、彼女の存在がハーモニーの構成には欠かせません。ストレートな歌声を融和させる役割を持つ歌声です。また、落ち着いた色艶のある響きは、サウンドを大人びた色合いにする役割を持っています。いわゆる色気のある歌声という存在です。

パワフルなのに甘い歌声~芹奈
芹奈の歌声は甘い歌声です。パワフルな歌声ですが、音色の響きは非常に甘く、鼻腔に響いた魅力的な声をしています。また幅がややあり、ソフトな響きを持つ歌声です。但しビブラートは感じられず、ハスキーさもありません。

基本的にはストレートボイスの色合いが濃いですが、響きに独特の幅を持つ歌声です。また甘い響きは低音部になればなるほど強くなり、反対に高音部では透過性のある響きに変わります。音域によって響きの色合いが変わる歌声を持っているのが特徴です。

ハーモニーの核になるアルト~manaka
manakaは、いわゆるアルトの声質を持つ歌声です。アルトというのは女性の声の種類の中で一番低い音質を持つものですが、この人の歌声は、中・低音域に於いて非常にしっかりした響きを奏でます。

ハーモニーの核になる歌声で、この人の歌声がしっかりと全体の歌声を下支えしていて、彼女の歌声によって、どんなに高音域のメロディーが来ても、フワフワ感がなく、地にしっかり根づいたハーモニーになります。

アルトの音質を持つ女性は非常に少ないです。特に彼女のようにストレートで清涼感の高い歌声を持つ人は稀です。彼女の場合、音質的にはアルトですが、その音質のまま高音域まで歌うテクニックを持ちます。そのため、中音から高音にかけても響きの特性は変わりません。またパワフルで太い声を出すテクニックも併せ持っています。

細く高く響く透明性の高い歌声~アサヒ
アサヒの歌声は、メンバーの中で一番、響きの幅が細いのが特徴です。この人の歌声が響きとしては一番尖っており、綺麗な一本の細い鋭い線を描いています。混じり気のない透明度の高い響きであり、細い音質でありながらハーモニーの中で際立つのは、その透明性によるものです。

中音域になるとやや幅が出てきますが、響きの透明度は変わりません。彼女の歌声は最近になって成熟度が増していて曲によってはパワフルな響きも現れています。

このようにリトグリのメンバーの歌声は、5人それぞれに確固とした特徴を持っています。これらの歌声が一緒になって構成されるハーモニーは、声を単純に合わせるだけで、様々な響きが鳴っているのが特徴です。

これは、それぞれの歌声の波動が異なることによって生まれるもので、これほど特徴の違いがあるにもかかわらず、非常に親和性の高いサウンドを生み出しています。その理由は、全員の響きがストレートボイスに統一されていることにあると言えるでしょう。

お互いの声がぶつかりあう圧巻のエネルギー

また、彼女達のハーモニーが優れている点として、それぞれのパフォーマンスが独立しているということが挙げられます。これはハーモニーを作るという点に於いて、非常に重要なことになります。

従来のボーカルグループの場合、メインの歌声に対して、ハーモニーを作る側、即ち、サブメロディーを歌う歌声は、あくまでもメロディーを引き立たせるものというポジションを取っていました。そのため、音楽の作りとしてハモる側の音楽は主張せず、メインボーカルの音楽に合わせるというスタンスでした。

しかし、彼女達の作るサウンドはメインもサブもそれぞれが音楽を主張し合っています。そのことにより、お互いの声がぶつかり合うことによって生み出されるエネルギーが相手の音楽を引き出す形になり、非常に能動的な音楽の作りになっているのが特徴です。

すなわち、メインもサブも同じ比重で音楽が作られることが多いのです。これによって、彼女達のサウンドは、どのパートも同じだけの比重を持ち、多重構造の音の広がりを感じさせるものとなっています。たとえて言うなら、フルオーケストラのサウンドの厚みを感じさせると言えるかもしれません。

彼女達のサウンドは海外でも高く評価され、2020年には、アメリカのアカペラグループであるPentatonixとのコラボ曲『Dear My Friend feat. Pentatonix』をリリース。この楽曲では総勢10人の声の重なりが感じられる圧巻のハーモニーとなっています。

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『ECHO』はラグビー中継のテーマソングに

また一方で、彼女達は2019年9月にラグビーW杯をはじめとしたNHKのラグビー中継のテーマソングに選ばれた『ECHO』をリリースし、非常にパワフルで統一感のある音質を多くの人に印象づけました。

『ECHO』は力強く毅然とした歌声が印象的な楽曲で、それまでの彼女達が持つ明るい若さに溢れた歌声のイメージから脱却し、力強い大人の女性のサウンドになっています。

縦に刻まれる音楽のリズムに対し、彼女達の歌声が鋭角に深く切り込み、縦割りのメロディーラインを一層強調した歌い方をしています。その統一感のある声質と毅然としたパワフルな歌声が、ラグビーの試合を前に気持ちを鼓舞させるものとなって、多くの人の心に刻み込まれました。

彼女達のサウンドは柔から剛まで幅広い表現力を持つものになっていったのです。

まるで声の展覧会。人々に勇気を与える存在として

彼女達は、現在、平均年齢が22歳です。今後、年齢を重ねるに従って、声帯は成熟期に入り、サウンドも成熟した音色になっていくでしょう。

現在、病気によって活動を休止している芹奈、manakaの2人が戻るまでは、しばらく残りのメンバーによる3人体制が続きます。

かれん、MAYU、アサヒの3人によるサウンドでは、これまでの5人のサウンドとは全く違った構成になっており、各自が広い音域と多くのフレーズを担当することで統一感のある響きを繰り広げているのが特徴です。

単に人数が減ったことによるフレーズ割りの変更ではなく、三浦大知振り付けによる『Your Name』に見られるダンス力など、新しいボーカルグループとしての試みもしています。3人の歌声もさらに成熟度が増し、今までの清涼感ある歌声から、曲によっては妖艶な歌声まで幅広い表現力を身につけています。

これらのハーモニーに二人が復帰した折には、さらにそれぞれの歌声が刺激になって新しい充実感のあるサウンドになるでしょう。

彼女達の活力のある歌声と人生の応援歌としての楽曲は、多くの若者の背中を押し続けています。メンバーが活動休止という困難な局面にも歌い続ける姿は、多くの人に「諦めないこと」の大切さを伝えているのです。

まるで声の展覧会のように繰り広げられる彼女達の歌声の数々は、様々な人生の中で個性的に生きることの勇気を人々に与えるメッセージと言えるでしょう。

久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞