見出し画像

『風の時代が始まった』(藤井風)人生を変えるJ-POP[第1回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

2020年、「風の時代」が始まった年にメジャーデビュー

あれ、音楽の記事じゃなくて占いの記事だったっけ?と思われた方もいるかもしれません。
「風の時代」
この言葉を2020年の年末頃から頻繁に目や耳にするようになりました。いわゆる西洋占星術の世界で、私達人間は星の影響を受けると考えられています。

2020年12月22日に木星と土星が大接近するという星の配置が起こり、それによって時代は、それまで約200年間続いていた「地の時代」から「風の時代」へと変わり、それ以降は大きく価値観が変換されていくと言われているのです。

「地の時代」は目に見えるもの、即ち、物質に価値がある時代でしたが、「風の時代」は情報・コミュニケーションなどの目に見えないものの価値が高まると言われています。
これらについての詳しいことは西洋占星術を調べて頂くとして…
2020年、まさに「風の時代」が始まったこの年、歌手藤井風が日本の音楽界にメジャーデビューしました。

彼の活躍は、2021年の紅白歌合戦の出演で印象に残る人も多いでしょう。
岡山にある彼の実家の部屋からの中継と思いきや、実は会場にいたという巧みな演出で紅白のステージに華麗に登場しました。
その後のピアノの弾き語りによるMISIAとのコラボ曲での堂々としたパフォーマンスや歌声は、彼がただものでないことを物語っています。

 デビューまでのストーリー

藤井風は1997年、岡山県浅口郡里庄町で4人兄姉の末っ子として生まれました。両親は、陸、空、海、と続いた4番目の彼を風と名付けたのです。
父が経営している喫茶店の中ではいつも良質の音楽が流れ続けていました。彼はそんな環境の中で3歳の頃、父親からピアノの手ほどきを受けます。それと同時に父親は、彼にクラシック、ジャズをはじめ、昭和歌謡(から演歌)、そしてJ-POPとありとあらゆる音楽を聴かせ続けました。それと同時に英語も与えたのです。

「音楽」と「英語」というキーワードは、後に彼が世界に通じるミュージシャンの仲間入りをする最強のツールとして彼の活動を支え続けることになるのです。その下地は全て彼の父親から与えられたものでした。そして、彼の活動になくてはならないもう一つのキーワード「YouTube」というものも、父親が与えたものだったのです。

父親からの影響と共に彼に大きな影響を与えた存在にマイケル・ジャクソンがいます。
姉の携帯からたまたま流れてきた音楽『Rock With You』に衝撃を受け、無駄の一切ないアルバム作りに感銘を受けて、「自分もいつかそういうものを作りたい」と思うようになった出会いが、現在の彼の「一曲も無駄な音楽は作りたくない」という音楽作りに反映されているのです。

両親が風と名付けたその日から、彼が「風の時代」に活躍することは決められたことだったかもしれません。
3歳でピアノを弾き始めた彼は、メキメキと上達し、小学校の終わりには洋楽からクラシックまで耳コピをして弾けるほどの実力の持ち主になったのです。

父親が彼のピアノ演奏の動画を公開したのは僅か12歳のこと。その後、中学時代の彼はクラシックをはじめ、ありとあらゆるジャンルの音楽を演奏し続けてピアノのテクニックを磨き、動画投稿を続けていたと思われます。そんな彼にとってYouTubeの世界は小さい頃から自由に自分を表現できる場所として慣れ親しんだフィールドだったのです。

高校で音楽専門の学科に進学した彼は、動画投稿を中断。学生生活は音楽漬けの日々を送り、この間にさらに多くの音楽を聴いて、シンガーソングライターとして必要なクリエイターの実力を養ったと思われます。
高校卒業と同時にYouTubeへの投稿を再開、昭和歌謡やJ-POP、洋楽など多くの楽曲の弾き語りの動画を投稿し続けました。

それが現マネージャーの目に留まり、2019年に上京。その後は大型の音楽フェスティバルなどを経験しながら少しずつ露出を増やし、メジャーデビューは、2020年1月『何なんw』のミュージック・ビデオです。

実は、この楽曲は前年の2019年11月に配信リリースされていました。チャンネル登録者数も14万人を記録し、配信と同時に再生回数は25000回を超えるという人気ぶりを博したのです。
このように正式デビュー(公式サイトではMVが発売された日)以前に既に配信チャンネルを使って楽曲をリリースし好評を博しているのは、まさに現代のネット時代を見据えたデビューの仕方と言えるかもしれません。

言葉を操る独特のセンス

これほど人気の高い藤井風の魅力が一体どこにあるのか。
彼の音楽の特徴に「言葉」と「メロディー」の一体化が挙げられます。
シンガーソングライターには様々なタイプがあります。詞を先に書いてからそれに合わせたメロディーが浮かぶ人、また反対にメロディーを先に作ってからそれに言葉を当てはめて行く人など。

しかし彼は「メロディーから作ってメロディーに呼ばれる言葉を捜す」と言っています。即ち彼の場合、ピアノでメロディーを奏でながらそれに合わせて言葉が浮かび上がってくるタイプなのです。
この言葉に藤井風の音楽の一つの大きな特徴が隠されています。

例えば、デビュー曲の『何なんw』には「ワシ」という言葉が何度か登場します。
この「ワシ」という言葉は、現代の若者で使う人は非常に稀であり、「僕」「俺」という言葉が主流なのではないでしょうか。現代だけでなく過去の昭和歌謡やJ-POPの楽曲を見ても、「ワシ」という言葉が使われている歌はあまり記憶にありません。

彼はこの「ワシ」という言葉を使ったことについて、言葉の持つスピード感を挙げています。
「この曲の音楽のグルーヴから考えると、「俺」でも「僕」でもなく「ワシ」だった」
また、この曲は岡山弁が特徴的だが、それについても彼は「この曲のグルーヴには、岡山弁が必要じゃった」
これと同じような感覚で使われていると思われるのが、この楽曲に登場してくる岡山弁の存在です。
「それは何なん 先がけてワシは言うたが…」
「…あの時の涙は何じゃったん」など、方言の持つインパクト、これが、この『何なんw』の楽曲のスピード感と強さにピッタリと当てはまる形で使われているのです。

「言葉の持つスピード感」によって楽曲が大きく印象づけられているものに多くのファンが好む『帰ろう』という曲があります。
この曲はスローテンポで始まるバラード曲です。
冒頭の「あなたは夕日に溶けて…」から次の「あなたは灯ともして わたしは光もとめて」のフレーズへの二楽節は非常にスローな音楽であり、それに伴って言葉も平坦でゆったりとしたテンポの言葉が使われています。ところがこの二つ目のフレーズの最後「最初から何も持ってない」の「ない」の言葉から音楽はテンポアップして前へ前へと進み出します。

これに伴って次の言葉は、「それじゃ それじゃまたね」という短い言葉で、さらに「それじゃ」の言葉には最後の音節「じゃ」に速く短く音が切られる特徴があります。この言葉を二度繰り返すことで、言葉のスピード感が音楽をさらに前へと誘って行くのです。
この日本語の処理の仕方は、彼独特のセンスというほかはないでしょう。

日本語は曲作りに向いていない…?

日本語は実は歌には最も向かない言語の一つと言われています。他の欧米諸国やアジア諸国の言語と日本語は発音の部分で大きく異なることが理由の一つと考えられます。
日本語には「あ、い、う、え、お」の5つの単純な母音しかありません。
さらに日本人の感覚として、50字の発音はあくまでも50通りの発音であって、決して子音+母音という組み合わせの発音にはなりません。
例えば、か行において、「か」はあくまでも「か」という文字の発音であって、k+a=ka(か)の発音という認識はないのです。

これは日本語の文字が、ひらがな、カタカナ、漢字というふうに、あくまでも一つの文字として独立して存在していることに起因すると考えられます。幼少時より文字を覚えて行くときに、あくまでも「か」は「か」の発音であり、k+aの発音にはなり得ない。そういう感覚を日本人は持ち合わせていないのです。そのため、日本語で歌う場合、言葉のタンギング(歌におけるタンギングは子音のアタックの強さのこと)が非常に平坦で曖昧になりがちです。なぜなら、日本語の言葉には、他の言語のような強弱のアクセントは存在しないと考えられるからです。

また、子音で終わる単語がないのも日本語の特徴です。そのため、言葉全体にスピード感が存在しません。これが、日本語で曲を作るときに非常に難しい点で、昨今のJ-POPがハイスピードのメロディー展開で昔の昭和歌謡に比べて言葉数が多いのは、楽曲のテンポ感を崩さないための表現法の一つと考えることができるでしょう。
そういう意味から考えると、藤井風の音楽に使われている言葉は、見事にその楽曲のスピード感を表しており、音楽のテンポ感にピッタリの言葉が選ばれているのです。

世界観をさらに魅力的に仕上げるバリトンの響き

さらにこの言葉のスピード感を表すのに彼の歌声の特徴があります。彼の歌声は、上質なビブラートを全体に持つ響きのハイバリトンの部類に入ります。響きはストレートに近い濃厚な音質の色味を持っており、幅も艶もある歌声です。

そして声量豊かな歌声は、無理のないナチュラルな発声で聴いている人達に何の違和感も与えません。また、彼の言葉の子音発音のアタック、いわゆるタンギングというものが非常に滑らかであるということが言葉の持つスピード感を邪魔することなく適切に届けてくる要因でもあります。

最近のJ-POP歌手には少ないバリトン(男性の中声区)の歌声はハイトーンボイスを聴き慣れた耳には非常に心地よく、それだけで落ち着いた大人の音楽を感じさせます。バリトンの場合、どんなに声を張り上げても、その響きの特質からキンキンした歌声にはなりません。これが楽曲の世界観をさらに魅力的なものにする特徴の一つになっていて、幅のある響きは聴く人を包み込むような抱擁感を抱かせるのです。

「彼の歌声で癒された」という人が多いのも、これらの理由からだと思われます。
さらにロックでもVOCALOIDでもなく、どこか昭和歌謡の匂いのするメロディーは懐かしい響きの音楽を奏でて、若い世代には新鮮に、また中高年世代にはノスタルジックなメロディーとして心に響いてくるとも言えます。

3月にリリースした2ndアルバムでは、3つのテンポ感を味わえる

2ndアルバム『LOVE ALL SERVE ALL』では、この特徴的な彼の言葉と音楽の関係を、収録された楽曲によって分類することができます。
例えば、彼の音楽の特徴は、大きく分けて3つのテンポ感に分かれます。1つは太い線で横に流れる音楽。『まつり』や『燃えよ』『それでは、』『ガーデン』『ロンリーラプソディ』などの楽曲は、パワフルだったりロマンティックだったりと曲想は違っても、根底に流れる音楽の線が太く河のように絶えまなく横へ横へと流れ続けていく。それに合わせて言葉もテンポ感が緩いのが特徴です。

これに対し、『きらり』『へでもねーよ』『damn』『”青春病”』などは、縦刻みの音楽で前へ前へと小気味よく音楽が進んでいきます。そして音楽のテンポ感を伴いながら、言葉も速い語りで進んでいくのが特徴です。
これら2つの音楽に対し、どちらにも入らず、その場所で留まろうとする楽曲が、『やば。』と『旅路』です。これらの楽曲に共通するのは、フレーズの最後にロングトーンの長い音符が来ていることです。最後に長い音符を配置することで、音楽が自然と前へ前へと進むのを引き留め、音楽がその場所で留まりながら刻みを続けるという作りになっているのです。音楽が留まることで、言葉もその場所で留まり、人々の脳裏に深く刻み込まれていきます。

このように彼の音楽は、言葉と音楽が密接な関係を保っていると言えます。言葉のテンポ感によって音楽そのものが成り立ち、言葉そのものに緩急の速度が与えられます。また言葉と音楽が同程度の力関係で引っ張り合うことで、楽曲全体の均衡が保たれている、ということが言えるでしょう。

「風の時代」は目に見えないものやインスピレーションの時代とも言われ、さらにスピードの時代とも言われています。言葉を音楽のテンポ感に載せて歌う彼の楽曲はまさしく「言葉のスピード感」をもって多くの人々の心に届いて行くことでしょう。
 彼の音楽に触れることで「風の時代」にふさわしいテンポ感を身につけていく人が増えるかもしれません。また、彼の音楽の持つ雄大さや抱擁感は、情報の溢れた現代に生きる人々の疲れた精神を癒し、明日への活力を与える存在になるでしょう。

まさに藤井風は、「風の時代」の申し子であり、彼の音楽は、あなたの人生を大きく変えていく道標なのです。

久道りょう(松島耒仁子)
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞