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優里『コロナ禍の中で生まれたヒットメーカー』(後編)人生を変えるJ-POP[第23回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今回は、2020年にメジャーデビューしたシンガーソングライターの優里を扱います。彼の代表作の一つである『ドライフラワー』は、配信のみだったにも関わらず、大ヒットとなり、それがメジャーデビューへと繋がりました。現代のアーティスト活動の象徴とも言える現象を巻き起した彼の音楽の魅力について紐解いていきたいと思います。

(前編はこちらから)

情景を彩るのは、3つの歌声

優里と言えば、その歌声によって表現される歌詞の世界観が圧倒的なのを感じます。それは彼の歌声が歌詞によって具体化された情景をさらに情緒的に彩るからとも言えるかもしれません。

彼の歌声は大きく分けて3つの種類を持ちます。1つ目はメロディー全般を覆うバリトンの歌声です。この歌声は全体に響きが少し混濁しています。しかし、フレーズや音域によって、綺麗に濁りなく鼻腔に響いた明るい歌声になったり、反対に少し混濁した暗めの歌声になったりと、さまざまな色合いを見せるのが特徴です。

この声が歌の主人公の複雑な心境を表すのにピッタリで、時に甘く、時に切なくリスナーの耳に届いてきます。

2つ目は、しゃがれ声です。これは、強いメッセージ性を持った歌詞のサビの部分に使われることが多く、主人公の感情の激しい揺れを、この声を使うことで描き出しています。

この声が特徴的に使われている楽曲に『インフィニティ』があります。この楽曲のサビの部分には、このしゃがれ声が使われており、彼が強いメッセージと共に意図的に使っているのがわかります。

3つ目の歌声は、ヘッドボイスです。彼のヘッドボイスは、ファルセット混じりのソフトで柔らかい響きの歌声と、綺麗にヘッドボイスに変換された細めで尖った響きの2種類の歌声からなっています。

ソフトな響きが特徴的に使われているのは、『かくれんぼ』のサビの出だしの「かくれんぼ」の言葉です。この言葉の歌声はソフトでファルセット混じりの響きから入ってきます。

これに対し、綺麗に芯のあるヘッドボイスを披露しているのは、『ベテルギウス』のCメロのあと繰り返されてくるラスト一回目のサビ「僕ら見つけあって手繰りあって同じ空〜」から始まるサビの部分は、細く尖った響きの綺麗なヘッドボイスです。このフレーズの最後の言葉である「〜誰かに繋ぐ魔法」から、歌声は明らかに変わります。

『べテルギウス』のサビの歌声は、この上記の場所のサビを除いて、すべて太めのしゃがれ声で歌われており、「〜魔法」の歌声が細い響きから強い響きのしゃがれ声へと変換されてラストのサビの繰り返しに入っていくのが聞き取れることでしょう。

そして最後のサビは、それまで何度も繰り返されてきたサビと同じく太く強い響きのしゃがれ声で歌われていくのです。

しゃがれている声が武器になる

このように、彼の歌声の特徴は3つに分かれます。そして、その音色の明らかな違いを彼は歌詞の内容や自分が伝えたい感情によって、歌い分けているとも考えられます。それは、彼が楽曲を通して何を伝えたいのか、ということのメッセージを強くリスナーに印象づけるために意図的に使っているとも言えるでしょう。

特にそれは、主人公の心情を表すサビの部分に多様されているように感じます。彼の歌声の音色が感情の昂りと共に深くしゃがれた幅広い響きの強い歌声に変わることで、リスナーの心の琴線に触れてくる、という効果が生まれていると考えます。

このしゃがれ声に関して、彼はインタビューの中で、「しゃがれている声は自分の中では武器だと思っていますが、ずっとその声で歌うのではなく、曲の大事なところで入れる“必殺技”だと考えています(笑)。ぐっと心をつかむ大事なところで使いたいので、曲の主人公の気持ちが盛り上がっている時や、人の心を動かしたいときにしゃがれる声を出しています」(2022.1.16/フジテレビュー!!)と答えていることから、意図的に使っているということがわかります。

一対のせつない『かくれんぼ』と『ドライフラワー』

『かくれんぼ』と『ドライフラワー』は、一対の意味を持つ楽曲で、『かくれんぼ』のアフターストーリーとして『ドライフラワー』が書かれています。

2曲とも失恋の心情を描いた曲ですが、『かくれんぼ』が男性目線で書かれた楽曲に対し、『ドライフラワー』は女性目線で書かれたものになります。
このことについて、彼は、『かくれんぼ』を作る当初から、男女のストーリーが頭の中に浮かんでいた、と話しています。

そのため、『かくれんぼ』を作った後に、そのアフターストーリーとして『ドライフラワー』を書くのは、それほど苦労しなかったとか。

どちらの楽曲もサビのメロディーと歌詞が非常に印象的で、繰り返されるメロディーが耳障り良く、何度もリフレインすることでリスナーの耳に残っていく、という特徴を持ちます。またさらに、しゃがれ声が使われることで、一層、失恋による刹那的な感情をリスナーの心に呼び起こす効果があると言えるかもしれません。

彼の歌声は、全体的に甘く切ない響きを持っており、明るさの中にも切なさを感じさせるものが最大の魅力と言えるでしょう。これが、楽曲の曲調と相まって、彼独特の世界を作り上げているのです。

サビが覚えやすい、という楽曲の強み

もう一つ、彼の楽曲の大きな特徴は、「サビのメロディーが非常に単純で覚えやすい」というところにあります。

ヒット曲の特徴の一つに、「誰もが覚えやすいメロディー」というものがあります。実は、優里の作る楽曲のサビのメロディーは非常に単純で覚えやすいものが多く使われています。

「かくれんぼ〜」から始まるサビの部分は、その後に続く歌詞「もういいよ〜」「もういいかい」など、同じ歌詞とメロディーを繰り返すという構成になっており、昔から聞き慣れたセリフをメロディーに乗せることで、誰もが覚えやすい展開になっています。

これと同じことが、『ドライフラワー』の「きっときっときっときっと〜」のフレーズ、さらには『べテルギウス』の「何十回、何百回〜」「何十年、何百年〜」のフレーズにも同じ手法が用いられており、同じ言葉や形容詞を繰り返しながらメロディーに乗せることで、誰もが簡単に覚えやすい構成になっているのです。

彼の楽曲はどれも非常にサビには単純なメロディーとリズムを使っているのに対し、それ以外のAメロ、Bメロ、Cメロでは、リズムに変化を与えることで新鮮味を出していると言えるでしょう。

楽曲作りをアコースティックギターで行っている彼ならではの作りとも言えますが、それが多くの世代を超えた人々の耳に残るヒット曲に繋がっていると思います。

特徴的な三種類の声を持ち、それを歌詞の内容に合わせて使い分けること、そして、単純でわかりやすいサビのメロディーを繰り返すことで、リスナーの耳の中に中毒性を持ったフレーズがリフレインしていくのが彼の楽曲の特徴です。

この構成を取ることで、楽曲の世界観をリスナーの心に強く印象付けていくのです。そんな彼の楽曲作りは、今後も多くのヒット曲を生み出していくに違いないでしょう。

いちばん大切にしたいこと

彼は、インタビューの中で、「自分の中でいちばん大切なのは、歌がすごく好きってことなんです。好きなことを仕事にすると好きじゃなくなるっていう人がいるけど、そんなわけないって僕は思ってて。歌を嫌いになったことは一度もありません。いつか好きではいられなくなるって、ずっと言われてきたけど、歌だけはこれからも好きでいたい。それが自分にとっての目標ですね」(2023.3.2/RedBullインタビュー「バズを生み続ける男 “優里” のクリエイティビティを探る!」)と答えています。

「歌」は彼の人生にとって、なくてはならないものであり、どんなことがあっても手放さない存在だと言いきれるところにアーティストとしての強さが見えるのです。

YouTubeやTikTokなどの配信サイトを使い、自身の世界観を多くの人に伝えていくという彼の活動形態は、一見、誰もが手軽にできるように見えますが、音楽や歌に対する熱い気持ちとそれを実行し続ける覚悟、そして強さを持った人間だけにトップアーティストへの道が開かれているということを彼は示しているのかもしれません。


久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞