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優里『コロナ禍の中で生まれたヒットメーカー』(前編)人生を変えるJ-POP[第23回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今回は、2020年にメジャーデビューしたシンガーソングライターの優里を扱います。彼の代表作の一つである『ドライフラワー』は、配信のみだったにも関わらず、大ヒットとなり、それがメジャーデビューへと繋がりました。現代のアーティスト活動の象徴とも言える現象を巻き起した彼の音楽の魅力について紐解いていきたいと思います。

路上ライブから始まったストーリー

優里は1994年、千葉県で生まれました。今年、29歳になります。彼は小学生の頃から海外のロック音楽好きの母親の影響を受けて、塾の行き帰りなどにBon Jovi、Queenなどの海外アーティストの曲をウォークマンで聴いていたとか。

日本のアーティストの曲を聴くようになったのは、高校に入ってからで、BUMP OF CHICKENやスピッツなどのライブにも行ったりしていました。

彼は2016年、バンド「THE BUGZY(当時は「the Bugzy」2018年11月に名称変更)」の一員になり、ボーカルを担当します。その後、「THE BUGZY」は、2018年にプラチナムプロダクション音楽部門の所属になり、ライブ活動をしていましたが、2019年に解散。

同時に優里はシンガーソングライターとしての活動も始めました。また、2017年頃からは、TikTokやYouTubeなども使って歌の動画配信などを行なっていました。

彼の路上ライブは、東京だけに限らず、大阪や神奈川などにも遠征し、活動を精力的に行っていきます。

ギター片手に自分で作った楽曲や日本のアーティスト、例えば、小坂明子や尾崎豊、テレサ・テンなど昭和歌謡の楽曲のカバーなどを歌ったりもして、歌詞の大切さを伝えられるように歌唱力を磨いていきました。

そんな彼に起こった人生の転機とも思われる大きな出来事が、あるアーティストとの出会いだったのです。

奇跡はいつだって突然やって来る

2019年10月、彼が渋谷の路上ライブ中にロックバンド「MY FIRST STORY」の『花』を歌っていたところ、「MY FIRST STORY」のボーカルHiroが通りかかり、飛び入りでコラボして歌うという奇跡のような出来事が起こります。

この出会いをきっかけに、Hiroとの交流が始まり、翌月にさいたまスーパーアリーナで行われた「MY FIRST STORY」のライブに招待され、サプライズゲストとして出演をしました。

この時、コラボして歌ったのが、Hiro監修のもと、レコーディングをした楽曲『かくれんぼ』です。

このコラボがきっかけとなり、12月には、インディーズより配信限定でリリースされた『かくれんぼ』が、すぐさま各種の配信サイトの上位にランキングされるようになりました。

さらに翌2020年5月に同曲をTikTokで配信し始めると、若者の間で大きくバズり、動画の投稿などに多用されるという現象が起きたのです。

これらのことから同年8月9日、彼は、ソニー・ミュージックレーベルズよりシングル『ピーターパン』で堂々のメジャーデビューを果たしました。

まさに、コロナ禍、人々がネットの利用頻度を上げていく動きに合わせるかのように、ネットの動画配信というコンテンツを有効的に使い、楽曲のバズリを活かした形でメジャーデビューを果たしたのです。

次々と、億超えの再生回数。その秘密とは──

その後、同年10月に配信限定で『ドライフラワー』をリリースすると、同曲は瞬く間に再生回数が鰻登りになりました。

この楽曲は一発撮りで有名な配信サイト「THE FIRST TAKE」でも披露され、彼の歌唱が大きく話題になって、同曲はBillboard JAPANチャートでストリーミング再生回数6億回を超える大ヒットとなったのです。

これまで6億回の再生回数を超えたのは、YOASOBIの『夜に駆ける』、BTSの『Dynamite』Official髭男dismの『Pretender』など3曲だけで、『ドライフラワー』は史上4曲目、ソロアーティストとしては初の快挙となりました。

また、その後は、2021年11月にドラマ『SUPER RICH』の主題歌としてメジャー8作目の楽曲『ベテルギウス』を配信限定リリースしたところ、この曲も再生回数3億回を突破しています。

このように彼のメジャーデビューのきっかけ作りからブレイクしていく過程は、現代のネットコンテンツを非常に上手く用いた出来事と言えるでしょう。

誰もがYouTubeやTikTok、Instagramなどの動画配信サイトを使い、自分の音楽や演奏を気軽に配信できる現代では、何がきっかけでブレイクするかはわかりません。

また、彼は歌手としての顔だけでなく、自身の配信チャンネルを使ってYouTuberとしての顔も見せているのです。

そこには、『ドライフラワー』の解説動画や、ゲスト歌手とカラオケの点数を競い合う格闘バトルなど、歌手であることを逆手に取ることで、今まで決してアーティストがやらなかったような企画をYouTuberとして配信し、多くの視聴者の好感を得ていると言えるでしょう。

これらが楽曲のどれもの再生回数を億越えにしている理由ではないでしょうか。しかも、そのブレイクを単なる偶然の出来事にするのではなく、その後の確かな活動のきっかけにしていくのは、それまでに培われた地道な努力による基盤があってこそのことと言えるでしょう。

一見、非常にラッキーな出会いからブレイクして行ったように見える彼のデビューも、それ以前の数年に亘る地道な路上ライブ活動と、彼の音楽へのあくなき探究心があってこその出来事だったと感じます。

路上ライブから多くのアーティストが誕生している状況は、如何に自分の音楽を目の前の人に届けていくことが大切かを物語っています。

最初はほんの小さな集まりでも諦めることなく弛まず努力し続けていけば、やがてそれらは育って大きなチャンスをもたらす、ということを彼のデビューは示していると言えます。

後編では、彼の楽曲がなぜ、これほどに多くの人の心に残るのか、ということを、楽曲面と歌い方の両面から紐解いていきたいと思います。


久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞