きゃりーぱみゅぱみゅ『現代の日本文化を音と映像で切り取るアーティスト』(後編)人生を変えるJ-POP[第27回]
たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。
今回は、きゃりーぱみゅぱみゅを取り上げます。2021年、デビュー10周年を迎えた彼女は、今年、アメリカを始めとする海外4カ国7都市のワールドツアーを開催中。多くの海外ファンに支持される彼女の魅力と中田ヤスタカが彼女のためにプロデュースする世界に迫りたいと思います。
(前編はこちらから)
耳障りの良いことばのオンパレードで、心に入り込む
中田ヤスタカが作り出す世界は、アーティストに強烈なキャラクターを与え、そのキャラクターが演じる世界を徹底的に映像で伝えていくというものです。
さらにタイトルや歌詞に、擬声語や擬態語、また日本語の単語の語尾を変化させた造語や日本語と英語の単語を組み合わせたものを挟み込むことで、独特の耳触りの良いことばの流れを作り、それを中毒性のあるサビのメロディーに乗せて何度も何度も繰り返していく。
そうすることで、日本語を理解しない外国人にとっても、ことばが音のように耳の中に残って簡単に誰もが口ずさめる形に仕上げています。
このことによって、日本語に馴染みのない海外の人が抵抗なく彼女の歌を受け入れていくという状況を作り出しているのです。
『つけまつける』や『にんじゃりぱんぱん』『ふりそでーしょん』などのタイトルのように日本語の語尾を変化させて耳触りのいい造語に作り替え、それを歌詞の中で繰り返させる。
これらの音の並びは『CANDY CANDY』や『インベーダーインベーダー』のような英語の単語を繰り返し使ったタイトルと同じような音感で外国人の耳に残るでしょう。
また、『ファッションモンスター』『きらきらキラー』『ガムガムガール』『メイビーベイビー』のように、音の流れが同じ単語を組み合わせることで、日本語に対する抵抗感を取っ払い、言語の壁を簡単に超えていける世界を作り出しているのが、きゃりーの特徴です。
すなわち、全く知らない日本語も海外の人に音符のように聴かせて音楽と一体化させることで従来のJ-POPにはなかった世界を提供しているのです。
日本語のことばの意味はわからないけれど、リズムに乗った耳触りのいい音が粒のように並んで耳に入ってくる。その内容は映像を見ればわかる、という印象を与えているのが最大の特徴ではないでしょうか。
これはJ-POPの従来の特徴である「歌って聴かせる」という歌詞に重点を置いた音楽にはなかった世界観と言えるでしょう。これが海外のクリエイターやアーティスト達に、「中田ヤスタカの音楽に影響を受けた」と言わしめる理由と考えます。
「誰が歌っているか」と同じくらい重要な「誰が作った音楽なのか」
日本では「誰が作ったのか」というよりは、「誰が歌っているのか」ということに常に評価も注目も集まりがちですが、海外では、「誰が作った音楽なのか」ということも「誰が歌っているのか」ということと同じぐらい非常に重要に捉えられており、クリエイターもアーティストであるという認識が非常に高いです。
しかし、日本ではあくまでもクリエイターはクリエイターで、シンガーソングライターでない限り、クリエイターが高い評価を受けること、表舞台に名前が出てくることは非常に稀なのです。
中田は、海外からの評価を得ることで、アーティストとして名前を馳せている数少ない人と言えるでしょう。この中田が作り出す音楽を正確に伝える役目をきゃりーが担っているのです。
中田の音楽は、きゃりーの歌声があって初めて成立する世界でもある、ということが言えるかもしれません。
耳に残る、細く芯のある歌声
彼女の歌声は全体的な声の質としては、ソフトで細い響きをしています。また音域的にはソプラノで高い音も綺麗に出すことが出来ます。音質的には、全体に鼻にかかった甘い響きをしており、それが魅力と言えます。
この歌声が中田の作り出した造語の日本語を実に明確に伝えていきます。ことばのタンギング(子音のアクセント)がしっかりしており、これが擬声語や擬態語が耳の中に残っていく効果を作り出しています。
中田の音楽は全体的に躍動感に溢れたものが主流で、非常にリズミカルで適度な速さを持っています。また、メロディー的には実に単純で覚えやすい音階が使われており、特にサビの部分では中毒性のある簡単なメロディーラインになっている曲が多いです。
そのメロディーラインの上を彼女の細く芯のある歌声が滑らかに乗っていきます。これによって多くの人の脳内にサビのフレーズが刻み込まれていくのです。
それはまるで、おもちゃ箱の世界! とにかく楽しいステージ
きゃりーの魅力は、その声の持つキャラクター性と外見の「kawaii」を体現している容貌が一体化していることにあります。誰もが感じる「kawaii」そのものの印象を感じさせることでしょう。
昨年、拝見した彼女のステージは、まさに色の洪水とも言える数々のアイテムによってステージが飾られ、まるで「おもちゃ箱」の世界に迷い込んだような印象を持つステージでした。
この「kawaii」の世界観は永遠のアイドル松田聖子の世界観にも似ていますが、松田聖子の場合は、少しハスキーな歌声がステージのおとぎの国の世界観との妙なアンバランスさを醸し出している魅力なのに対し、きゃりーの場合は、「kawaii」を体現するかのような歌声がさらにステージを甘くしています。
そして、色の洪水と共に感じるのは、「極上の楽しさ」です。まるでディズニーの世界に迷い込んだような、現実を全て忘れさせてしまう空間を作り出しているのです。
彼女の声によって「次は青!」「はい、緑!」などと誘導されながら会場が一体となって動くペンライトの海は、まさに「音楽」を体感することが出来る世界です。
常に踊り歌い、客席に話しかける彼女のパフォーマンスは、初めて彼女のライブに参加した人にも一瞬で「楽しい」を体感させることでしょう。「音楽は、音を楽しむ」と書くのだった、という原点を思い出させてくれるステージでもありました。
「kawaii」アーティストから新しいアーティストへ
そんな彼女は、最近では当初の「kawaii」というイメージからの脱却を図っているようにも感じさせます。
彼女自身も「kawaiiの代名詞を背負うことに反逆する心がある」(CINRA/2018.10.5)と話しているように、近年は黒髪にスッピンでフェイスパックのCMに出演したり、MVでアクションを演じたり、というように新しい姿を見せつつあります。
デビュー当初は衣装も世界観も全て中田やデザイナーに任せきりだったものから、自分の感じていることを伝え、それを中田が言葉化していく歌詞の内容(『きみのみかた』)だったり、衣装にも積極的に参加することで、「きゃりーぱみゅぱみゅ」というキャラクターを成長させていくような方向性を感じさせます。
松田聖子や郷ひろみのように、「アイドル」でありながら「アーティスト」としての顔を持ち、その両面でうまくバランスを取っていく。ファンが好むイメージを生かしつつ、大人のイメージへと変化させていく難しい転換期に、彼女がどのような姿を見せていくのか、中田ヤスタカが彼女を使って、どのような新しい形を作り出すのか、非常に楽しみのある存在でもあります。
常に新しい形のJ-POPを世界に発信する。彼女のMVのコメント欄に並ぶのは、日本語よりも圧倒的に多い他言語のコメントです。
J-POPのグローバル化の担い手としての役目を果たす彼女は、今後の活躍がますます楽しみなアーティストの1人なのです。