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RADWIMPS・野田洋次郎『日本語のことばの美しさを世界に広げる名手』(後編)人生を変えるJ-POP[第48回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今回は、海外でも精力的に活動を続けているRADWIMPSの野田洋次郎を扱います。彼は、現在、NHKBSドラマ『舟を編む~私、辞書つくります~』の辞書編集部主任役で、俳優としての才能を発揮していますね。また、ソロプロジェクトillionとしても才能を発揮しています。そんな彼の魅力について、書いてみたいと思います。

(前編はこちらから)


RADWIMPSはロックバンドですが、ボーカリストの野田洋次郎の歌声には、ロック歌手のイメージはあまりありません。

40代でも変わらない声の音質

野田洋次郎の歌声を音質鑑定してみました。

  1.  全体に透き通った声をしている

  2.  響きの混濁がなく、声の響きが中央に集まっている

  3.  ストレートボイス(ビブラートは感じない)

  4.  真っ直ぐな響きだが硬さはない

  5.  声の幅は太くも細くもない

  6.  息もれやブレスの混じった音はなく、ブレスが全て綺麗に声に変換されている

  7.  音色は明るい

  8.  年齢を感じさせない若々しい歌声 

  9.  声域は中声区のハイバリトン

  10.  少し鼻腔に響いた甘めの声

以上のような特徴を持つ歌声と言えます。

今回、彼の楽曲をいくつも聴いて感じたのは、デビュー当初と現在の歌声の印象がほとんど変わらないことです。

あえて言うなら、声量が今ほどは感じられない、ということと、今よりも中性的でややブレスの混じった透明的な歌声ですが、基本的な音質は全く変わりません。

年齢を感じさせない透明感

この連載でも多くのアーティストを扱っていますが、彼のように15年以上のキャリアがあり、40代に差し掛かろうとする人の場合、20歳前後のデビュー当時の歌声と比べて、かなり音質的な変化をしている人が多いです。

ですが野田洋次郎の場合、「全く違う」という印象はありません。加齢の影響によって声帯に変化があるようには聞こえないのです。

むしろ、現在の歌声の方が、綺麗な響きをしているという印象を持ちます。とにかく、彼の歌声は、非常に明るく澄んでいて、真っ直ぐな響きのストレートボイスなのですが、硬さは全くなく、非常にバランスの取れた若々しい歌声、という印象なのです。

極端に言えば、「年齢を感じさせない声」。どちらかといえば、小田和正に似た音質の透明感と言えます。(厳密に言えば、小田和正の方がかなり甘い響きですが、同じ響きの系統を感じました)

透明なのに甘い響き。これが野田洋次郎の歌声の特徴と言えるかもしれません。

NHKBSドラマ「舟を編む」に出演中の池田エライザが、共演しているときに彼の美しい声を聞くと「ああ、ラッドの洋次郎だ」と感じて、贅沢な思いをしている、と話していましたが、確かに彼の話し声は、歌声とほとんど変わりません。

歌手によっては、話し声の響きと歌声の響きが大きく異なる人もいますが、彼の場合は、ほぼ同じなのです。話し声も透明性の高い響きをしていて、話している流れで、そのまま歌に自然と入っていけるタイプですね。

「18フェス」で書き下ろした名曲

私が今回、聴いた楽曲の中で、最も印象に残った曲は、『正解』です。
この曲は、2016年からNHKが主催するイベント「18祭」(18フェス)で歌った曲で、1組のアーティストが18歳世代(2023年は、その年の11月1日時点に満17歳から満20歳の人)1000人と一緒に一回限りのパフォーマンスを行うというイベントです。

このフェスに使われる曲は、事前選考で送られてきた動画と応募フォームをもとにアーティストが書き下ろすというもので、2016年のONE OK ROCKを皮切りにコロナ禍での中断を含めて、昨年のYOASOBIまで、7回開催されているものです。

その18祭の第3回目、2018年にRADWIMPSが出演し、『万歳千唱』と『正解』の2曲を野田洋次郎が書き下ろしました。

彼は、この楽曲を作るにあたって、NHK「あさイチ」のインタビューの中で、応募者全員の応募動画を見たと言っています。

そして、「彼らの悩みや思いを聞いているうちに、自分が18歳の頃、未来が見えない不安や、きっと何者かであると信じている心だったり、この先にきっとすごい未来が待っているという思いだったり、そういう思いを全部ごちゃ混ぜにして、3年間の思いを閉じ込めた1曲にしようと思った」(NHK「朝イチ」プレミアムトークより)とのこと。

このイベントで1000人の声が鳴り響くのを聴きながら、「人の声は嘘がつけない、塊になるとこんなに説得力を持つし、僕自身も人の心も動かすんだな、ということをまざまざと見せつけられ、忘れられない体験になった」と話しています。

この曲は、歌詞の内容が、非常にストレートで、まさに現代の若者の苦悩や思いを凝縮したものになっています。

3、4年前から、全国のあちこちの中学や高校で、卒業ソングとして歌われている様子を撮影した動画を彼自身が目にするようになり、たくさんのメッセージやコメントを貰って、自分の歌が多くの若者に歌われているのを知ったとのこと。

今年1月にデジタル先行配信、2月にCDリリースして正式に音源として発売しました。

ワールドツアーで10万人動員。その秘密は…

RADOWIMPSは2014年に韓国を始めとするアジア4カ国でライブを行ったとき、ものすごい反響があり、その体験以降、精力的に海外ツアーを行なっています。

昨年はワールドツアーで10万人を動員しました。10年前から、沸々とあった日本文化に対する世界の興味とか憧れとかを、コロナ禍を経て、最近は凄いことになっていると感じるそうです。

例えば、海外で『君の名は。』の主題歌の英語バージョンを歌うと、「日本語で歌って」と言われるそうで、海外のファンが日本語を曲を通して覚えて歌ってくれるのを見ると、すごく誇らしい気持ちになるとか。

彼の場合、新海監督とコラボする映画では、主題歌のみならず、全曲を書き下ろしています。

実写の映画の場合は、映像を観て作るそうですが、アニメーション映画の場合は、アニメが出来た段階ではなく、まだ脚本の段階で作るそうで、40曲前後の楽曲を制作するのに、2年ほどかかったりするとか。

おそらく、脚本に書かれている“ことば”を通して、物語のイメージを膨らませ、楽曲を作っていくのでしょう。そうやって音楽が先行した形で作られたアニメーション映画を通して、彼の音楽のメッセージを受け取る海外のファンも多いのではないでしょうか。

音楽は国も言語も超える世界共通のものですが、彼の楽曲の場合、ことばと音楽の一体感の中で、日本語の美しさを感じる海外のファンが多いのではないかと感じます。

野田洋次郎は、ことばを丁寧に扱う人。そして、丁寧に紡ぐ人です。

彼は、日本語の美しさを音に乗せて世界に届けるメッセンジャーですね。彼の澄み切った歌声が、一層、日本語の美しさを感じさせるのではないでしょうか。

“ことば”と“音楽”が一体化した世界。それが野田洋次郎の世界だと思います。


久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞