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告発Ⅱ:銀行預金は誰のもの? 

家族が亡くなったとき、銀行口座が凍結される。


「清照院恵安高順大姉」、それが妹の今の名前である。

第一章  発症の時

ラジオ体操をしているとき、妹はぎごちない動きをしていた。
思い切り手を上げることをせず、そのうちに途中で部屋に帰ってしまうようになった。理由を尋ねると、体が痛いからという。

妹は以前に帯状疱疹で入院していたことがあった。
姉には言わなかったが、時々その時の病院に通っていたらしい。
夫婦で二つの科を切り盛りしているその病院は、あまりいい噂はなかった。

姉はなぜもっといい病院に行かないのかと妹に尋ねた。
「かかりつけ医だから・・・」と妹は遠慮がちな小さな声で答えるのだった。
国は、大きな病院に行くことは避けてかかりつけ医を持ちなさい、と宣伝する。真面目な妹はその通りに従う。

そこの開業医は「何だろうね~」と首を傾げながら薬の処方を続けたという。
妹は帯状疱疹の後遺症ではないかと考えたのだが、その開業医は検査の結果からは帯状疱疹の後遺症ではないと診断していたそうだ。
しかし、そのまま通院を続けさせた。

やがて痛みがひどくなったのだろう。
さすがに妹も不安を抱き、ネット検索をしてペインクリニックに通い始めた。
次々と痛み止めの処方は受けるもののどれ一つ効く様子がなく、ある朝、腫れ上がった目で洗面所に立っていたり、吐き気がひどくなる、便秘になるなどの副作用だけが続いた。

そのうち、精密検査で肝臓がんが見つかった。
妹はキッチンの椅子に座り、下を向きながら右の太ももをぎゅっと握りしめ、そう打ち明けた。
夕方遅くまで結果が出るのを待たされて、そのように告げられ帰宅したのだ。

妹は翌日市内の総合病院に行った。
ガンが疑われていると書かれたであろう紹介状を持って。
驚いたことに、妹は一週間先の問診の予約を取らされて帰宅した。

妹は痛みと不安と恐怖のなか、ただひたすら一週間待ち続けた。
そして、痛みは悪化した。
診察予定日の2日前から、夜は眠れないほどの痛みが出た。吐き気もひどかった。

当日、妹は歩くことにも不安があり、姉は同行し、病院内では立っていられない妹を車いすに乗せて移動した。

窓口での質問、血液検査、何度も同じような質問の繰り返しに、妹は声を震わせながら具合が悪いと訴えた。簡易ベッドに寝かされ青ざめた妹の顔を見て看護師さんもさすがにオロオロし始めたが、「申し訳ありませんが・・」と言いながらも、書類を手に、記入のための質問攻めを続けた。

担当医師との問診の時に姉は許可を得た上で同席し、妹の翌日入院が決まった。

7月19日、妹を病院に送り届ける。
車の中で「死んだらダメ、姉が一人ぼっちになっちゃう」と何度も畳みかける姉の横で、妹は下を向きツラそうな顔をしていた。姉は妹がどれだけつらい思いでいるのか気を配ることもできずに、ますます悲しい思いをさせてしまった・・・。

二日後の7月21日、姉は2階の病棟に入院をした。
週が明けると子宮と卵巣、大網の摘出手術を受けることになっているのだ。急遽従兄の妻に頼んで立会人を引き受けてもらった。
妹の発症がなければ妹が立ち会うはずだったのだ。

2階は婦人科病棟。
病棟内には出産を控えた若い女性を訪ねて家族が集まり、時折はじける様な笑い声が聞こえる。
それが姉の悲しみを誘った。

姉の手術も全身麻酔で行われる。
卵巣が肥大しすぎており、切開してみないことには良性か悪性か判別できないという。
しかし、気にかかるのはむしろ妹の様子の方だ。

姉の病気が分かったのが一カ月前の事。
その時を境に姉は万が一のことを考え、妹にしっかりしなければいけないと、ただただ、言い続けた。
甘えん坊で一人では何もできない妹、自分の思いを口に出せない妹が実はどれほどに思い詰めていたのか、姉ははかり知ることができなかった。
虚弱気味だった妹は、その心労が発症の最期の引き金になってしまったのだろうか。

だとしたら、姉の責任だ。

全身麻酔で手術台に乗せられるとき、小刻みに震えが止まらない。医師の腕と医師倫理にゆだねる以外にすべはないのであるから。運、である。

手術後、もうろうとした状態を経て、身体は徐々に回復してゆく。一週間後には退院の予定が組まれ、それに向かって闘う。
だが、妹の状態の方が気になる。
2日間はスマホに触ることもできなかったが、どうしても妹の声が聞きたくて電話する。すぐに応えてくれることもあり、あとでメールを返してくれることもある。でも、今の状態が良く分からないことには変わりはなかった。

ただ、妹はスマホに触ることもままならないのだという感じはあった。

姉の退院を前にして、妹が入院している消化器内科から面談の要請があった。妹と一緒に主治医から話があるとのことである。ようやく妹と会えるという嬉しさと、一体どんな話だろうと、期待そして胸騒ぎがかわるがわるに襲ってくる。

面談の日、姉は点滴のスタンドをカラカラと引きずりながら4階の病棟に向かった。





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