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SNSを介した性被害を支援する/支援者もSNSを使って支援する 『SNSと性被害』はじめに 公開

SNSを介した性被害を、被害・加害の両面から解説。臨床現場・心理学・精神医学・報道・法律の実践的知識が支援業務を助ける

臨床現場・心理学・精神医学・報道・法律の各領域における知見を踏まえ、大きな社会問題であるSNSを介した性被害について実践的に解説する。
支援者側が相談や情報発信にSNSを用いる方法も実例を紹介しながら解説する。SNSが当たり前となった時代の支援者の仕事を的確に助ける書。

SNSを介した性被害を重要な切り口から理解する
・要注意の加害形態であるオンライン・グルーミングの特徴
・性的画像をもととした脅迫の手口や加害の類型
・マインド・コントロールとSNSを介した性被害の関連
・加害者支援の現場から、加害者の特徴的な心理を知る
・報道が性被害問題についてどのような影響や役割を持ってきたのかを知る
・SNSを介した性被害に関係する法律をわかりやすく解説
・国際的な子どもの性的搾取の動向

SNSを介した性被害を支援する/支援者もSNSを使って支援する
・学校で起こるSNSを介した性的トラブルへの支援
・支援者がSNSで専門知識を発信し、多くのフォロワーに届けている実例
・SNS相談の事例から具体的なメッセージの技法を学ぶ
・SNS相談導入のヒント

▷書籍詳細


はじめに

  性犯罪・性暴力の問題が,これほどまでに大きなうねりを伴ったことはなかったように感じられます。それには,一般に信じられてきたことと被害当事者が語る実態との乖離,当事者が被る心の傷つき,心理的に不平等な関係の中で性暴力が用いられることへの問題などに対し,人々の認識が進んだことがあるでしょう。当事者が声を上げるのみならず,当事者と専門家の間に位置していた人にも問題が共有され,人々がより自覚的になったといえるかもしれません。

性暴力に関する内容は,臨床実践では必ずと言っていいほど経験します。性暴力といってもそのありようはさまざまで,最近では,SNSに絡む問題を外すことはできません。メディアにおいて「デジタル性暴力」と銘打った特集が組まれるなど,SNSを介した性暴力の広がりが懸念されています。SNSという世界での蠢きは捉えがたく,不安が喚起されるところです。しかし,SNSならではの手軽さ,発信力の大きさ,つながりの広さもあるでしょう。2017年,米国の有名な俳優が,性暴力を受けた当事者に「MeToo」をつけて発信するよう呼びかけ,海外にもその動きが広まった「#MeToo」運動はSNSがきっかけですし,支援の現場ではSNS相談が活用され,電話は苦手な若者もアクセスしやすい工夫がなされています。

 こういった現代の問題に取りかかるには,実践に詳しい方から現状を伝える必要があると考えました。被害と加害の問題は同一の俎上に載せられませんが,本質に迫るためには多角的な視座が必要です。本書では,被害・加害を対象とした臨床現場,心理学・精神医学・報道・法律の分野から,それぞれ第一線で活動している方の論考を所収しました。
本書は二部からなる構成としています。

第一部は,SNSを介した性暴力を理解するための論考です。櫻井は,性的グルーミングについて全体的な解説をします。性的グルーミングは,わが国ではまだ研究の緒に就いたところで,その内実は十分には明らかになっていません。海外の先行研究を参照しつつ,オンライン・グルーミングの特徴を論考します。
金尻・内田は,デジタル性暴力などの相談支援に携わり,多くの実践を重ねてきています。セクストーション(性的脅迫)とは,ネットで知り合った相手から性的画像をもとに脅迫されるなどの手口のことで,最近知られるようになりました。どのようにしてセクストーションが起こり得るのか,その最新の実態を伝えます。
西田は,わが国のマインド・コントロール(MC)研究の第一人者であり,自身の研究成果から明らかにされたMC過程を解説します。性的グルーミングはMCの一種と言われつつ,その過程における心理は質を異にする側面もあると感じられます。本稿では,社会心理学の観点からその重なりに論を進めます。さて,被害を防止するには,加害者についての論考も欠かせません。
飯岡は,わが国で性加害者に専門的治療を提供する数少ない団体の一つに所属する心理職です。実践をもとに,SNSを用いた性加害の類型と加害者に見出される特徴的な心理について論じます。
河原は,メディアが性暴力の問題を取り上げ始める草創期に,朝日新聞の記者として,まさにこの問題に取り組んでいました。社会を動かすのにメディアの力は必須と感じざるを得ません。先駆者の立場から,報道がどう性暴力の問題に対峙してきたのかについて論説します。また,支援を行う際にも,そして実は誰にとっても生活していくうえで法律の知識は必須でしょう。
上谷は,長らく犯罪被害者支援に携わっている著名な弁護士で,ご存じの方も多いでしょう。法律は難解に思われるかもしれませんが,SNSを介した性被害に関連する法整備についてわかりやすく解説します。第一部の最後には,コラムを設けました。ネットを介した性的搾取は世界的な問題でもあります。
武田・北村は,NGOならではの活動をもとに,私たちが普段知ることのない国際的なこどもの性的搾取の問題と最近の動向について概説します。

 第二部は,SNSを介した性被害への支援を展開するための論考です。
上田は,さまざまな現場での心理臨床経験を重ねるとともに,横浜思春期問題研究所を立ち上げ,思春期の問題に取り組んでいます。特に学校で見られるSNSトラブルを取り上げ,どう対応したらよいのかについて提言します。益田は,YouTube登録者数55万人超を誇る精神科医です。SNSという媒体そのものの分析から始まり,心の問題についてSNSを使ってどのように広く正しく知ってもらうのかを伝える論考からは,その工夫の一端を知ることができるでしょう。
遠藤は,実経験をもとに,SNS相談を展開するには,利用者のニーズ,SNSならではの特徴を見極め,活用の方向性を決めるべきだと力説します。架空事例を用いたSNS相談のやりとりやSNS相談導入のための「取説」を,ぜひ皆様も参考にしてください。

 なお,本書を作成する段階では,「性的グルーミング」という語を用いることの是非について,著者の1人である上谷から貴重な意見があり,検討した経緯があったことを申し添えます。「グルーミング」という語を従来から用いていたペット業界からの反発もあり,刑法では「性的グルーミング罪」ではなく「面会要求等罪」になったという経緯があったからであり,編者において「性的グルーミング」にするか「性的てなずけ行為」にするかの検討を行いました。最終的に,本書においては心理学の分野で以前から用いられ,世間でも知られるようになってきた「性的グルーミング」を変更することが,現状では逆に理解しにくくなることを考慮して「性的グルーミング」という用語に統一しましたが,各著者の初出の際には「性的てなずけ行為」との説明を入れました。適切な用語については,今後検討がなされていくものと思います。
用語にもまさに表れているとおり,SNSと性暴力の問題は時代とともに変容していくでしょう。しかし私たちが人の心に向き合っていく作業は,変わらぬこととしてあります。SNSというツールに敢えて出版という形をとった本書が,皆様にとって考える時間となり,実践の際の参考になるのであれば幸いです。
最後に,本書を制作するにあたり大変お世話になりました誠信書房編集部の楠本龍一さんに心より感謝を申し上げます。

2024年7月
                            編者 櫻井鼓

■編者紹介■

櫻井鼓(さくらい つつみ)
横浜国立大学教育学部卒業
東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程修了
現 在 
追手門学院大学心理学部・同大学大学院心理学研究科 教授,博士(教育学),臨床心理士,公認心理師
著訳書 
『 心とは何か』(分担執筆)追手門学院大学出版会 2023,
『危機への心理的支援』(分担執筆)ナカニシヤ出版2022,
『司法・犯罪心理学――社会と個人の安全と共生をめざす』(分担執筆)ミネルヴァ書房2020,
『精神分析的心理療法におけるコンサルテーション面接』(分担訳)金剛出版2019,
『性暴力被害者への支援――臨床実践の現場から』(共編)誠信書房2016,他

横浜思春期問題研究所(よこはまししゅんきもんだいけんきゅうじょ)
学校教育現場,非行司法臨床現場,思春期医療現場において,思春期・青年期の子どもたちや若い人たちのさまざまな問題に対応している心理学の専門家集団。相談会事業,講座・研修会事業,相談助言事業の三つの事業を中心に活動している。(https://shishunkimondai.com/)

■執筆者紹介(執筆順)■

※執筆順,所属等は初版発行時のもの

櫻井鼓(さくらい つつみ)【はじめに,第1 章】
〈編者紹介参照〉

金尻カズナ(かなじり かずな)【第2 章】
現 在  特定非営利活動法人ぱっぷす 理事長

内田絵梨(うちだ えり)【第2 章】
現 在  特定非営利活動法人ぱっぷす 理事

西田公昭(にしだ きみあき)【第3 章】
関西大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学
現 在  立正大学心理学部・同大学大学院心理学研究科 教授,博士(社会学)

飯岡慈生(いいおか めぐみ)【第4 章】
日本女子大学大学院人間社会研究科心理学専攻博士前期課程修了
現 在  特定非営利活動法人性犯罪加害者の処遇制度を考える会 性障害専門医療センターSOMEC 心理士

河原理子(かわはら みちこ)【第5 章】
東京大学文学部社会心理学科卒業
現 在  東京大学大学院情報学環 特任教授

上谷さくら(かみたに さくら)【第6 章】
青山学院大学法学部卒業
現 在  弁護士

武田勝彦(たけだ かつひこ)【コラム】
ランカスター大学大学院政治・国際関係論修士課程修了
現 在  特定非営利活動法人チャイルド・ファンド・ジャパン 事務局長

北村まこ(きたむら まこ)【コラム】
創価大学国際教養学部卒業
現 在  特定非営利活動法人チャイルド・ファンド・ジャパン アドボカシー・インターン

上田順一(うえだ じゅんいち)【第7 章,おわりに】
慶應義塾大学大学院社会学研究科心理学専攻修了
現 在  横浜思春期問題研究所 所長,臨床心理士,公認心理師,日本精神分析学会認定心理療法士

益田裕介(ますだ ゆうすけ)【第8 章】
防衛医科大学校医学科卒業
現 在  早稲田メンタルクリニック 院長

遠藤智子(えんどう ともこ)【第9 章】
明治大学文学部卒業
現 在  一般社団法人社会的包摂サポートセンター 事務局長

●書籍目次

はじめに(櫻井 鼓)
第Ⅰ部 SNSを介した性被害の理解
第1章 こどもの性的グルーミング(櫻井 鼓)
 1.性的グルーミング(性的てなずけ行為)による事件
 2.性的グルーミングとは何か
 3.オンライン・グルーミングの加害者と被害者の特徴
 4.オンライン・グルーミングの手口
 5.おわりに
第2章 セクストーションの性被害の実態(金尻カズナ・内田絵梨)
 1.セクストーションとは何か
 2.セクストーションの加害形態と相談への対応
 3.セクストーションをさせない社会へ
 4.未来への展望
第3章 SNS性被害とマインド・コントロール(西田公昭)
 1.序:マインド・コントロールと性犯罪
 2.MCの一般的技法
 3.性的グルーミングとMC
 4.おわりに
第4章 SNSを介した性加害の実際(飯岡慈生)
 1.はじめに
 2.SNSを介した性加害の実際
 3.加害者の心理
 4.認知の歪み
 5.最後に
第5章 SNS性被害と報道(河原理子)
 1.「性的グルーミング(性的手なずけ行為)」という概念を伝える
 2.10代をとりまく現実を可視化する
 3.性暴力ビジネスの闇に挑む
 4.意識の壁に穴を開ける
第6章 SNS性被害と法律(上谷さくら)
 1.犯罪被害とSNS
 2.性被害を規制する法令について
 3.SNS性被害と刑法
 4.SNSとその他の特別刑法
 5.SNSと条例
 6.今後の課題
コラム ネットを介した性搾取についての国際情勢(武田勝彦・北村まこ)

第Ⅱ部 SNSを介した性被害の支援 
第7章 学校教育現場でのSNSを介した性被害(上田順一)
 1.学校教育現場におけるSNSを介した性被害の実態
 2.こどもたちがSNSを介した性被害に出遭わないために
第8章 SNSを介した性被害への精神医学的啓蒙(益田裕介)
 1.概略
 2.SNSはなぜ直感的かつ感情的なのか?
 3.SNSでのトラブルとは何か?
 4.SNS利用者の知識不足,理解力不足,幼さの問題
 5.SNSと性的な問題
 6.SNSでの精神科医の振る舞いについて
 7.筆者の体験
 8.筆者の工夫
第9章 性被害のSNS相談(遠藤智子)
 はじめに
 1.SNS相談は「若者」のため?
 2.よりそいホットラインの相談結果と「若年女性対応拡充」の意味
 3.支援団体の活動から
 4.SNS相談での実際の対応
 5.これからのSNS相談に求められるもの
おわりに――発信と検索のあいだに(上田順一)
関連書籍

▷本書の詳細はこちら

『SNSと性被害 理解と効果的な支援のために』

出版年月日 2024/08/10
書店発売日 2024/08/20
ISBN 9784414417098
判型 A5
ページ数 184ページ
定価 2,420円(税込)

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