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vol.9 対偶について深く考える【自然演繹】

はじめに

西進塾数学・化学講師の三浦です。今回は「対偶」についてお話ししたいと思います。命題「PならばQ」に対して対偶は「QでないならばPでない」のことであり、対偶と元の命題の真偽は一致するというのは有名ですね。ではそれを証明することはできますか?

「PならばQはQの中にPが含まれていることだから…」とベン図を描いて考えた方に申し上げます。それは「証明」ではなく「説明」です。ベン図はイメージを持つためにはとても役立ちますが、証明になっているとは言い難い。命題とベン図が対応しているという保証はどこにもないからです。細かすぎると思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、今回はとことん厳密性にこだわりたいと思います。

ベン図

高校数学には対偶の他にも曖昧にされていることがいくつかあります。読者の皆さんも本当は腑に落ちていないのに受け入れていることが少なからずあるのではないでしょうか。全ての疑問に対して腑に落ちるまで追求するのは現実的ではありませんが、そのうちの1つでも厳密に議論してみることは貴重な経験になるはずです。今回は対偶について、自然演繹(natural deduction)という証明体系を用いて厳密に議論してみます。自然演繹という言葉を聞いたことがなくても全く問題ありません。より詳しく学びたい方のために念のため言及しました。

証明の準備

まず証明をするためには言葉を定義しなくてはなりません。対偶には2つの概念が登場しています。「でない(否定)」と「ならば」です。この2つの概念を明らかにしなければ厳密な証明はできませんね。単純そうに見えますが厳密に定義しようとすると意外と難しいものです。

「でない(否定)」について

「でない(否定)」から考えてみましょう。具体例を考えると簡単な気がしてきます。「xが0以上」の否定は「xは0未満」ですし、「整数nが奇数」の否定は「nは偶数」ですね。しかし全ての命題に適用できるような否定の定義は難しいのではないでしょうか。「反対のこと」や「真逆のこと」というのは厳密な定義とは言えないでしょう。自然演繹では否定を次のように定義されています。

ある命題Pに対して、Pの否定と元の命題Pが同時に成り立つのは矛盾しており、そういったことは起こらない。

確かにこれは疑いようがありません。「xが0以上」と「xが0未満」が同時に成り立つことはないですし、「整数nが奇数」と「nが偶数」についても同様ですね。さらに自然演繹では次のことも定義しています。

矛盾が導けたとき、それまでの仮定のいずれかが誤っている。

背理法に似ている考えですね。言い換えると「PとQを仮定して議論を進めて矛盾が導かれたとき、PとQのいずれかが誤っている、すなわちPの否定またはQの否定が導かれたことになる。」ということです。わかりにくくなってしまったので具体例で考えてみましょう。まず次の3つのことを仮定してみます。

「aは奇数」「bは偶数」「a+bは偶数」

ところが最初の2つの仮定を用いるとa+bは奇数になりますから「a+bは偶数」という仮定と矛盾します。このとき「aは奇数」の否定が導けたことになります。(他の2つの仮定のいずれかの否定が導けたとも言えます)言い換えると「bは偶数」「a+bは偶数」という2つの仮定から「aは奇数」の否定が導けたのです。

まとめると「PとQという仮定から矛盾が導けたとき、Qという仮定からPの否定が導けたことになる」ということです。これを否定の導入則と言います。

否定の導入則

「ならば」について

ここまででかなり長くなってしまいましたが、もう一息です。「ならば」について考えてみましょう。こちらの方が簡単かもしれません。

Pを仮定してQという結論が導けたとき「PならばQ」ということができますね。自然演繹でもこの定義がなされています。「xが実数」という仮定から「xの2乗は0以上」という結論が導き出せますから「xが実数ならばxの2乗は0以上」と言える訳です。ここまではいいのですが、問題は仮定が複数ある場合です。自然演繹では「PとQを仮定してRという結論が導けたとき、Qという1つの仮定からPならばRという結論が導けたと言える」となっています。

ならばの導入則

また具体例で考えてみましょう。先程と似ていますが、次の2つを仮定します。

「aは奇数」「bは偶数」

この2つの仮定から「a+bは奇数」という結論が導けます。このとき「bは偶数」という仮定から「aが奇数ならばa+bは奇数」という結論が導けたと言えるのです。具体例で考えると当然な気がしますね。これを条件法の導入則と言います

また「P」と「PならばQ」の2つが仮定されている場合、当然「Q」という結論が導けますね。これを条件法の除去則と言います。

ならば除去則

対偶の証明

大変長らくお待たせしました。これで準備は全て整いました。対偶の真偽が一致することを証明してみましょう。

最初に以下の3つの命題を仮定します。

「P」「PならばQ」「Qの否定」

はじめの2つの仮定から「Q」が導けます(条件法の除去則)が、これは最初に仮定した「Qの否定」と矛盾しているので3つの仮定のうちどれかが誤っていることになります。そこで「P」が誤っていたとしましょう。すなわち

「PならばQ」「Qの否定」

という仮定から

「Pの否定」

が導けたことになります(否定の導入則)。

対偶1

さらに条件法の導入則を利用すると

「PならばQ」

という仮定から

「Qの否定ならばPの否定」

が導けることになります。ここで対偶の形が登場するのですね。

対偶2

ここまで読んでくださったみなさん、本当に本当にお疲れ様でした。以上が自然演繹という厳密な体系における対偶の証明でした。私にとって幸いでないならば、今回の記事が普段当たり前だと思って疑問すら抱かないことを考え直す一つのきっかけにならないのです。

西進塾

数学・化学講師

三浦侑己

#大学受験 #勉強 #数学 #自然演繹

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