見出し画像

Vol.20 「いい国」も「いい箱」ももう古い!? -鎌倉幕府はいつできたのか-

こんばんは西進塾講師の島倉です。今日は鎌倉時代についてお話ししたいと思います。

さて突然ですが、鎌倉幕府がいつできたかと聞かれるとみなさん西暦何年と答えますか?

ここで半分くらいの人が「いい国作ろうだから1192年でしょ?」と答え、もう半分くらいの人が「いや1192年はもう古くて、最近は1185年らしいよ」と答えるんじゃないかと思います。

こんな感じで世間では昔ながらの「いい国作ろう1192年説」と最近言う人が多くなった「いい箱作ろう1185年説」の2つがメジャーかと思います。

この二つの説の可能性を否定するわけではないのですが、残念ながらこの二つの説はもう古いです。研究の最前線でも主流でもありません。

では今主流となっている説は何年かというと「いいハオ作ろう1180年説」と「いい闇作ろう1183年説」です。

そもそも、なんで1180 1183 1185 1192 などと成立時期を巡り諸説ある状態になってしまっているのか。それは鎌倉幕府とは何なのかという定義がはっきりしていないからです。

幕府とは何かということまで細かく話し始めると長くなるので割愛しますが、端的にいえば「朝廷の権力に包括されない半独立的武家政権」とでもなるのでしょうが面倒なのでここでは幕府は「武家政権」の言い換えとしておきます。

室町幕府は鎌倉時代のあり方を目指し、江戸幕府もかつての鎌倉・室町幕府のあり方を踏襲したのでその成立時期は明確です。室町・江戸幕府にとって幕府は目的であったからです。

しかし鎌倉幕府を作るときにはには幕府という先例がありません。そのため幕府というものは目的ではなく、最終的にこうなりましたという結果に過ぎないのです。

なし崩し的にできた幕府なので、段階が存在します。この段階のいつをもって鎌倉幕府の成立と言うのかで諸説あるわけですね。

一番有名な1192年とは初代源頼朝が征夷大将軍に任じられた年です。この後鎌倉9代・室町15代・江戸15代と日本に存在した幕府の将軍全てが任じられたこの征夷大将軍は武家政権の象徴であり、頼朝が任じられた1192年こそ鎌倉時代の成立というべきだ。というのが1192年説の根拠です。しかしこの説の一番よくないところは「名実」というものを考えた際に、「実」の部分を捨象してしまっているところです。将軍に任命される前から源頼朝を頂点とした、幕府というべき政権基盤や政治機構が存在すればそれはもう幕府が存在していると言えるのではないか?という話になり、実態ではなく肩書きばかり意識する1192年説は廃れました。

では1185年はどうかといえば、この年は「文治勅許」というもので守護・地頭の設置が朝廷により頼朝に認められた年になります。守護・地頭というのは簡単にいえば頼朝の家臣(御家人)が全国各地の所領で領主としての立場を認めてもらったもので、言い換えれば頼朝の家臣が全国各地に存在する状況ができた年ということになります。したがって全国に政権基盤ができたこの1185年を鎌倉幕府の成立と知るべきだというのが1185年説ですが、「文治勅許」は守護地頭の設置を朝廷が認めたというだけのもので、実態は朝廷が認めていない状態で守護地頭がすでに1185年以前から置かれていたのです。つまり1185年は守護地頭という既成事実を朝廷が後から追認した年に過ぎないというわけです。したがって1185年説も実態とは乖離しているとして早々と廃れました。

では1180年と1183年には何があったのか。1183年は朝廷より「寿永2年十月宣旨」というものが出された年です。寿永2年十月宣旨とは、簡単に言えば頼朝と朝廷の関係を初めて明文化したものです。これを東国国家論の学説に依拠して解釈すれば、頼朝は東国での地域政権としての存在を朝廷に追認されたということになります。この時初めて頼朝の東国政権という存在が認識され、認められたと考えれば、鎌倉幕府の成立と言って良いのかもしれません。しかしこれもやはり追認であり、実態としての幕府はすでにできていたのではないかとも考えられるわけです。
 
では1180年はどうかというと、源頼朝が京都の平氏政権に反旗を翻して挙兵した年であります。ここで源頼朝が木曾義仲や源義経と異なるのは頼朝は挙兵しても、基本的には鎌倉から動かず、鎌倉を拠点に巨大な武士団の形成を行ったということです。ここで東国を拠点とした政治権力が成立したと考えれば、これは鎌倉幕府の成立と言って良いのではないか。ということで、私も1180年説が最も有力ではないかと思うわけですが、争点となっているのは、何の段階を持って鎌倉幕府の成立というのか。であり、朝廷に認められた時なら1183年だし、全国に政権基盤ができた時ならば1185年だし、と鎌倉幕府のどの性格を重視するかで成立年は変わってきてしまうわけですね。

以上かなり細かく鎌倉幕府の成立についてお話ししてみました。大学で学ぶ日本史というのはこのように歴史叙述や認識の根拠に迫りながら、批判的に分析していくとっても面白いものです。私もまだその世界に足を踏み入れたばかりですが、鎌倉幕府の成立年1つとってもこれだけの諸説が根拠を持って存在しているという奥深さに魅せられています。ぜひ大学で何か学問を志す受験生のみなさんも興味ある学問にどんどん魅せられていって欲しいと思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?