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それでも人とつながって 005 ボランティア2

『私はバリアを作って生きてきたんです』


夜間の高速道路の車中。定年を迎えて少し経った頃の男性が会話の途中にぽつりと呟いた。重い障害を持つ子ども達と、そのお母さんによる会が結成されつつあった。その会の活動を支えるために担い手が必要になっていた。自分程度が担い手の育成なんておこがましいのだけれど、会の活動開始を目前に、それでも仲間を集める必要に迫られていた。

障害を持つお子さんのお母さん達にもどんな方、どんな担い手さんが必要だろうかと尋ねた。思いも寄らず「あなたのメガネに適う方なら良いですよ」と答えが帰ってきて、それは嬉しい言葉なのだけれど追い詰められたような気にもなった。嬉しいけど。

いろいろな活動やサークルに声を掛けてみたり、ちょっと関わりの出来た方に尋ねてみたり、一か八かで地域に担い手さん募集の張り紙をしてみたりした。暫くはっきりした反応も無く、どうすれば良いのかなと悩み始めた時に張り紙を見たという男性から連絡を頂いた。早速会うことになった。

定年されて間もない物静かな雰囲気の男性。髪の毛は両サイドだけが残っているヘアスタイル。体は均整が取れていてややがっしりしている。どこか精悍な印象を受ける方だった。定年されてからは犬の散歩に精を出していたが、他にやることのない自分に犬の方も付き合うのが面倒になっているようで、家内などはもっと酷い態度をしますと微笑んでいる。笑顔にも物静かな力強さを見たような気がした。

どんな活動の担い手を探しているのか。簡単にお子さんやお母さん達の状況を説明する。そういう方たちがあるんですね。子どもも好きだしお母さん達の役に立てたら嬉しいです。男性から返された言葉にしっかりした気持ちを感じる。この方と一緒にやりたいなと思った。

「でも、私は障害者という方たちと関わったことがないんですよ」と同じ雰囲気のまま話される。確かに。それはきっと誰もがそう思うだろうな。自分はいつも自身の話をあまりしない方なんだけど、この時は今までの経緯や自分の体験をお伝えした。実は自分も知識や経験が無いことも。男性はにっこり笑って「あなたが行った、その障害者の集まりに私も連れて行ってください」と言った。(それでも人とつながって 003 障害2 『答えられない問い』)

青年学級という集まりから派生した、本人主体で活動していこうという趣旨の色々なタイプの方が集まるその会はその日も盛況だった。その会はプログラムが設定されておらず、徐々に集まり始めた仲間がやりたいと思った事をホワイトボードに書いていく。書くことが難しい仲間が居れば誰かが代わりにリクエストを取って代書していた。その中で段々今日の活動が決まっていく。書いては消された跡の残るホワイトボードに「鍋パーティー」という文字が大きな色付きの円で囲まれた。

前回は会の開始から終わりまで姿を眩ませていた私と同業同職種の先輩も皆と楽しそうにやり取りしている。「よし!買い物に行く人と道具を用意する人に分かれて準備開始」と張り切っている。私は買い物、自分はテーブルを出しておく等々。皆が希望するままに各々で行動を始めている。

以前、私に答えられない質問を投げ掛けてきた知的障害であるというハキハキとした女の子がいつの間にか隣にいて「一緒に来たあの人は誰ですか?」と尋ねられた。簡単に経緯を説明する。まだどうなるか分からないけどと言い掛けると「あなたと来たなら大丈夫でしょ」と遮ってくれた。なんだか少し嬉しくなった。

たちまち鍋パーティーの準備が整い、いくつかのグループに別れて鍋が始まった。男性と私は別のグループになった。そこには同業同職種の先輩の力が大きく働いていることを察した。流れに任せながらも少し不安を感じた。個性豊かな仲間たちが遠慮なく思い思いに直箸で鍋をつついている。自分は全く構わないんだけど、一緒に来た男性はどうだろう。気になってたまに視線が行ってしまう。

裏腹に。男性は個性豊かな仲間たちと談笑し鍋を美味しそうにつついている。どこか楽しそうにも見える。コミュニケーションに支障があるようにも見受けられない。あれ?なんだろう。男性を心配してしまった自分が、なんだか申し訳ないことをしたような気がしてきた。会は盛り上がり21時近くに終了した。

帰路につき、車で高速道路を走っていた。今日の感想を尋ねてみると、とても楽しい集りだったと答えてくれた。そして少し間をおいて「私はバリアを作って生きてきたんです」と呟いた。そのことが今日分かったと。バリアとはどんな物なのか。質問してみる。

世の中に障害者と呼ばれる人が居るのを知っていた。今日までを考えてみると自分は敢えて関わらないように生きてきたんだと思った。現役の時などは特にそうだったのではないかと思う。これを切っ掛けに他所の活動ではなくて、自分の活動としてボランティアに参加したいと思う。という内容のことを話してくれた。

この男性はこの後に続いてゆく自分達の活動の中で、重い障害を持つ小さな子ども達や、そのお母さん方にとても信頼される存在になっていった。


これはボランティアの巻の二。この後に続く体験はまたの機会に。

もし読んでくださる方がいらっしゃったなら。お読み頂いたあなたに心からの御礼と、文章を通しての出会いに心からの感謝を捧げます。



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