『ま夏。八月二十四日。とつぜん二人部屋になる、と思ったら三人部屋に』
いつのまにか、私の大部屋から人数が減った。退院したり、入院患者の体調の急変でナースセンターの近くの場所を確保して移動。そんなことはよくある。因みに、私の部屋はいちばん遠い東側だ。
昨年はナースステーションの目の前の真ん中の部屋から、手術の痛みから回復するごとに遠くの部屋に移動になった。今年は、はじめからいちばん端だったので同部屋の患者たちも、予後がいいのだろうと思っていた。
一人減り、二人減り、四人部屋が二人部屋になった。なかなか愚図って、看護師と患者の部屋移動を賭けた軽い押し問答もあった。結局、患者側がおれてナースセンターに近い部屋に移動になった。私などは、完全にプロにおまかせで動いている。
昨年の丁度今頃に十日間入院したので、昨年と比べて「パタパタ」と一日中走りまわるような看護師の悪戦苦闘ぶりからは、落ち着いた職場になったように私のような傍観者には見える。人員が増えたのか、コロナとの新しい付き合い方を見つけたのか、それとも患者を減らしたのか。いずれにしても、過酷な職場環境がすこしでも改善されていればいいと思う。
看護師はカラッとした性格の人が多い。じめっとした根暗の私とはまるで逆の人間の宝庫だ。手術室だって、眉間にしわを寄せている人などいない。手術チームも私よりも概ね年若ではあるものの緊張と緩和の大事さを判っているようだ。オリンピックでもなんでも大事なのは緊張と緩和だ。それと上手く付き合えないと結果はでない。
病院内でいちばん気を張っているのは、受付事務の人たちだろう。一日、何度、患者からクレーム対応に追われているのだろうか。「早くしろ」だとか、手続き上の患者のミスだとかの最終確認者でもある。受け付け事務の方々が、内心でファイティングポーズを取らなければならないのがよくわかる。
手術前の冊子には、老齢の患者には術後や入院が長引くと『せん妄』の症状がでることがあると、ことあるごとに、入院案内やチラシなどにも書いてある。身の回りの小物、愛着のある物をベッドの傍に置いておく事を推奨している。それを、たった今、間近で感じている。「かぁちゃんっ。かぁちゃんっ。」と、老齢の患者がうわっと声を張り上げている。患者の母親を指すのか、患者の奥方に呼びかけているのかは、わからない。う~ん、奥方に近い言い方だろうか。
一応、入院期間が二日短縮になったのは電話で我が家に連絡した。
問題は母親との会話だ。まるで会話が成立しなかった。数ヶ月前に、私の通院している心療内科に心療方面と物忘れ外来を受診してもらった。そのときは、もの忘れのほうは大丈夫ということになった。心は私と同様に駄目だが。昨日の電話での会話の不成立具合からみると。もう、補聴器を付ける時期が来たのだろう。
そもそも、心療内科とは頭療内科だろう。または、精神内科だ、単なる言葉の言い換えだと思うけれど、こちらのほうが患者も受診しやすいのだろう。
前から、兆候はあった。私の入院前に耳鼻咽喉科の受診を両親に薦めた。もう放ってはおけない状況になった。正常な耳の聞こえからは、二段階落ちているそうだ。『中等度難聴』であるらしい。その耳鼻科の先生は『補聴器相談員』の免許ももっていた。この免状があるかないかで、年末調整の医療費控除に関連してくる。ネットで『補聴器相談員』を調べると、都道府県別に人物名と病院名がでてくる。補聴器を考えている人は一読してから受診したほうがいいと思う。
退院したら、耳鼻咽喉科に母親を連れていかなければならない。補聴器の値段で私は度肝を抜かれた。保険適応無しで、どう買うのだ。難聴と認知症には関連があるのではないかと言われていいる昨今。補聴器の保険適応と補助を推し進める事で、老後の介助の一助になるのではないかと思う。逆に医療費の削減にもなるのでは。
そんな、文章を夜中から朝方にかけて書いていた。
そして、急患が入ったようだ。例によって看護師に「お腹の痛さは十段階方式でいくつくらいですかね」と訊かれる。患者は四くらいと言っていただろうか。
昨年の私の例では、入院前の腹痛(虫垂炎と盲腸癌)は、一段階くらいだった。一段階の痛みのカ所が盲腸あたりにあり、その痛みが十日ほど続いたことからの受診だった。痛みの発生~受診~紹介~検査~手術まで一月半はかかったのではないだろうか。朝方の急患は、今日、手術の可能性があることが漏れ伝わってきた。回復を祈る。ちなみに、腹腔鏡手術後の痛みは十段階中の十だった。
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