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東京オリンピックが始まる前に崩壊した理由と強い気持ち、強い愛はもうそこにはない現実から私たちが失うことと、そして得ること。


一つの城が落城していく様を今、私たちはみている。祭りが始まる前だというのに。


東京オリンピックの大混乱の様をどう分析すべきか、日本に行けない私は遠くから勝手に考えている。今回はその分析をまとめてみた。


1:陸サーファーとなりきりマッチョリズム

突然だが「陸サーファー」という言葉をご存知の方は現在、どのくらいいるのだろうか。

『陸サーファー』の解説
陸サーファーとは字の通り、陸にいるサーファーということで、サーフボードを担いで浜を歩いているが、実際海に入ったり、波に乗ったりはしない人を指す。つまり、浜にいる女性によく見られるため、サーフィンは出来ないがサーファーのフリをした人を意味し、そういった人を嘲う言葉として用いられる。ちなみに陸サーファーは「りくサーファー」でなく、「おかサーファー」と読む。


どんなファッションか気になる人はこちらが参考にどうぞ。


彼らの「なりきったことでモテるだろう」という心理は80年代から90年代の終わりにかけて大きなムーブメントになった。サーフィンもしていないのに黒く日焼けした肌を見せつけるような層が確かに存在した。今は車文化も廃れたし、そこまで金銭的に自己投資もできないから流石に絶滅しただろうけど。


しかしここで絶滅したのはあくまで「陸サーファーというスタイル」であって「実際にやってなくてもなりきったら勝者である」という思考を確実に受け継いでいる思考が今でも存在していると私は考えた。その思考を私は勝手に「なりきりマッチョリズム」と呼ぶことにする。



2:近くにいないから見えてきた「なりきりマッチョリズム城」の崩落


私は現在マレーシアに住んでいる。子供は今年受験生。そしてこのコロナ禍の状況故、日本を訪問することはまず不可能である。なので東京オリンピックに関しては「その場にいない者」としての情報と感想しか持つことができない。


なので次々と発覚する「なんでそう来る?」と思わず言いたくなる人選や発言の数々、同時多発のトラブル、英語で発信される情報と日本語で発信される情報のずれにモヤモヤしながら眺めていたが、ある時ふと気がついた。


これはなりきりマッチョリズム思考が渦巻く「なりきりマッチョリズム城」が落城する様を見せつけられているのでは?


私はいい歳したアラフィフである。今回の東京オリンピックのゴタゴタを発してきた側の層と仕事を共にしてきた世代だ。彼らに「女なんてものは黙ってついてこい」と言われ続けてきて、それを受け流し続けた罪を犯し続けてきた世代と言われても反論できない。80年、90年に陸サーファーなどで「自分たちは(実際に何かを成し遂げなくても)格好や立場で強者ポジションにいられるのだ」と経験から信じてしまった世代と同じ空気を吸って生きてきた。


当時はネットもなかったので近くにいた弱者は虐げられた様を容易に発信ができなかった。海外からの情報収集もそれなりの投資と覚悟と語学知識がないと出来なかった。そしてなりきりマッチョリズム思考に酔っている彼らは「自分たちの居場所はなにもしなくても永遠に守られる」と信じていた、


このなりきりマッチョリズム思考をもつ層が80年代から感覚が変化していない、当時かっこいいと思われていたものをいまだにイケてると思ってる様が日本の商業界の中枢にいるのは明らかだ。例えばこれ。

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ここでの2択に「女子高生」と「水着美女」を入れて現在の大衆がどう思うか?に疑問を持たないという点に注目したい。この思想はまさに80年代のビールと水着美女のポスター思想そのもの。そして水着美女やJKに関わるキャラがいわゆる陸サーファー的な「なりきりマッチョリズム」を具現化した男性(はじめしゃちょうーはお仕事としてやったのだろうけど)であることも、あの時代の「俺たち最強」思想を感じることができる。


この「俺たち最強思想」はまさにあるフィールドに到達することによってその世界に閉じこもり、その世界の中で王であることだけを謳歌する文化だ。これってどこかで聞いた話ではないか。。。?


良い大学に入った、良い会社に入った、良い地位に出世した。その場に到達したことでゴールと感じそこで自己が完成したと思い込んでしまう。これってまさに日本の昭和式の学歴社会や会社システムではないか。このゴールに到達したことで「やった感」を過度に味わってしまい、そこから更に情報を収集したり世界を広げようとしない。だってもう強者の立場を得てしまったから。見聞を広げてしまったら自分が強者立場でないことを知ってしまうから。


3:80年代や90年代は全てが鬼畜上等の時代だったのか


なりきりマッチョリズム思考はまず威嚇から始まる。だって世界を広げたくないから。この記事はその威嚇の様を検閲をくぐり抜けて上手に表していて感動した。

この記者さんすごいと思う。


しかし、ここで新たに考える。これを「なりきりマッチョリズム思想こそ広告代理店文化」とまとめていいのだろうか。80年代90年代の文化と言いくるめていいのだろうか。その時代を生きてきた者として断言するが80年代90年代の文化が全て強者最高、鬼畜上等であったわけではない。まともにしっかりと働いてる人だってちゃんといたし、多くの芸術家や表現者が「全て」不謹慎だったわけではない。「あの時代はこうだった」「あの会社はこうだ」「あの業種はこうだ」まとめて言われるはちょと困る。

これだら電通文化は!って書いてる著名人の人いたが、この人博報堂だしね。

この「勝手にまとめんな」状況は今の時代にだって当てはまる。わたし自身、広告代理店の人や官僚の人、アスリートの人で、キチンとお仕事をされている人を何人も知っている。だから職業、業種、時代でまとめる流れには私は大きな声で異議を唱えたい。


でも、なんかモヤモヤするなあって同意と否定が行ったりきたりしてぐらぐらしていたときにこのnoteを読むことが出来た。


倉本圭造さんの文章は以前からとても興味深くて面白いなって思っていた。今回のこのテーマをどう扱うのか興味深く読まさせて頂いた。ぜひ読んでほしい。そして90年代サブカルの呪い Kindle版はぜひ読みたいと思っている。読んだ後にこのnoteに加筆するかもしれない。


私は小山田氏や小沢健二さんとかまさに同世代。渋谷は高校生の時から通い続けてホイチョイ臭がある輩を心底馬鹿にしていたが、鬼畜系に走る勇気などなかったので、プログレやジャズや小説に走るという根暗まっしぐらな青春を謳歌していた。そして鬼畜事をやったとしてもバレた時に援護してくれる人もいないってわかっていたので捕まるなんてまっぴらごめんと思っていた。


当時は鬼畜が全面的に許されていたとか、時代がそういう文化だったというのは絶対に違う、ちゃんとした人ももちろん沢山いた。ただ「鬼畜をゲーム化しそれをゲームで終わらせる、問題になったら守ってくれる後ろ盾があるから、と選民意識を持って鬼畜をゲームとして楽しんでいた別世界があった」と個人的に感じることはあった。上記の倉本圭造さんのnoteにも記載されていた「当時の”知的でハイセンス風”の人のイキリエピソード」には「何かあったら助けてもらえるもんね」的な思考があったと思う。


今でもすごく覚えてるのがこのトーク。(探してきました!)小沢健二さんの「おじいちゃんが右翼の大物だったんですよ」ってテレビで言い切った発言を聞いたときに


「この人は鬼畜ゲームをやってもリカバれる環境があるってわかってやってる」


と気がついて「自分が関われない違う世界」が渋谷界隈に存在してるんだなってしみじみ思ったことを思い出した。


当時、鬼畜をゲームのように楽しめたあの人たちには守られたテリトリーがあり、そのテリトリーに侵入してくる者がいたら撲滅する力を持った後ろ盾がいた。だから城の中で彼らは常に強者でいられた。そして城の中身は一部分のものしか見えなかった。

同時に城の中の世界を批判する空気を彼らが気にする必要はなかったのだ。だって批判は城の中に入ってこないし、入ってこようとした者は強者の言うことを聞く(聞かされる)しか選択肢がなかったから。


そしてその様に憧れたなりきりマッチョリズム思考に染まった者は城に入れたら自分たちも同じような強者でいられると信じてしまった。強い気持ち、強い愛は選ばれた強者にしか訪れないのに、自分は強いし、愛は訪れると思い込んでしまったのだ。


今回の一連の騒動で「あの時代はそうだったから」と発言する人が見受けられる。同じ時代、同じ場にシンクロしていたものとして全てはそうではない!と断言を繰り返しているけど、そう発言してしまうのもある意味わかるわって思う部分もある。そのくらいあの時代の渋谷系と言われる文化には陶酔させる麻薬的なものがあった。

渋谷系の文化の中にいても、いなくても「気になって仕方がない」モードも入ってしまったら抜け出せないような感じ。そう、とにかくパーティーを続けようって感じ。


上の曲の原曲はこちら。

この時小沢健二さんの狂気性に当時は気づけなかったなあと今、今改めて思う。このパーティー、マジで麻薬性あるよね。そして警官が殴り込んできた時にはオザケンはもう既に逃げてる感満載。


そう、本当に守られる彼らしか、守られない。


本来なら明確な後ろ盾を持てるのはほんの一部のはずなのに、なりきりマッチョリズム思考だけの人はその城に入ったことで後ろ盾を得た気になってしまったのだ。彼らには後ろ盾なんて最初からいないのに。


そして時代は流れ、外の空気は変わり、城の中の秘密が保たれている時代は既に終わった。同時に城への、テリトリーの侵入の方法は正攻法などの告発からインターネットや動画などある程度の技術を持てば誰でもできる方法に変化していった。


オリンピックという世界的なイベントを主催することで城を益々強化できると思ったかつての強者たちは、城の中に都合の良いものだけを選出し祭りを開催できると本気で思っていた。予想外の侵入者が来るなんて想像もしていなかった。しかし現実はそうではなかった。彼らはあらゆる層が、予想していない方法、タイミングで城に侵入くることに動揺した。そして侵入されると同時にその時攻撃されたターゲットのみを城の外に放り出すことで世界的イベントをなんとかして実現させようともがいている。そして侵入されてから気がつくのだ。


「もう俺たちを守ってくれる後ろ盾などいない」ことを。


って書いていたら今回の東京五輪の後ろ盾がリアル逃亡をしていた。


今回、失態だらけの組織委員会に対して「気の毒なのはそこにCOVID-19という誰もが予想してなかった、そして誰もが侵入後の行動を予想できない要素があること」だ。でも対策はあったはずだ。


この予想ができない侵入者がいることを大々的に告知し、主催において城の中身を大公開してあらゆる層の入場者に協力を仰ぐ方法を取る、最悪祭りの時期を再延期する、または祭りをやめると決めれれば、まだここまで混乱しなかったのではないか。

そしてなぜそれができなかったか、それは「なりきりマッチョリズム思考に染まった城の中の強者たち」が外を見ようとしなかったから。自分たちのルールが世界()だと思っていたから対策は実行されなかった。そして東京オリンピックという城はパーティーが始まる前に落城しようとしてる。これに尽きるのではないか。


4:城の崩落の後に見えてくるもの

今後の展開が読めない東京オリンピック。もう試合は始まってしまった。ちなみに無観客で始まったそうだがこれが翻されることは十分に考えられる。なぜなら先月行われたコパアメリカ(南米のサッカーの国別対抗戦)が決勝戦で急に「有観客」になったからだ。SNSの外の空気で全然変わると思うので、日本にいる家族にはくれぐれも注意してほしいと伝えている。


日本国籍を有する者として、この落城の最中で行われる祭りで私たちが結果的に何を失い、何を得るのか。そして同時にこの落城で失ったものを次世代にそのまま丸投げすることで「勉強になったねえ」と外野から呑気なことを言う大人には絶対になりたくないと思っている。


日本の文化や表現や個々の活動や人間性に深い敬意を評してくれてる人は沢山いると海外で暮らしている故実感することが多い昨今、この落城を晒してしまったことでの信用の欠落や経済的負担、そして道理の合わない負担をかけ続けてきたことを心から反省し、そして次世代の活躍のために旧世代は潔く立ち位置を再確認しなくてはいけない。


そしてその次世代へ譲る際は正しい記録も不可欠。どうのように記録を残すべきか。河瀬直美監督が記録映画がその役割を果たしてくれるのではないかと私は考える。


彼女の今までの作品からしてこの時代を日本政府に完璧に忖度する形の作品にするとは考えにくい。でも思いのまま作ったら作品は日の目を見ることがないかもしれない。そこでこんな展開を想像した。



「シン・ゴリン」とは何か?


崩壊から始まる世界を描いた「シン・ゴジラ」から始まった「「シン」がつけばなんか新しい映画」ブームに便乗することは河瀬直美監督がするわけがないが、私はこの映画が現代の五輪思想、旧式のマッチョリズム思想の崩壊をきちんと描いたものになると信じているし、期待している。その崩壊から始まり(新たな世界を描く)オリンピック映画だからタイトルは「シン・ゴリン(五輪)」になるのでは?と勝手に想像した。


映像権利はIOCになるらしいので日本政府とは関係なく制作できそうなので一安心。


「シン・ゴリン」が東京オリンピックの最後を飾り、その後の世界は・・想像するのがちょっと怖いが、映画はぜひ観たいと思っている。きっとそこから始まる世界があるはずと信じている。