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生きてるのか死んでるのかを確認するには夢心地の場に身を委ねるとよい、でも上手に渡ってね。ー新宿能舞台の新展示に行ってきたー


生きてると死んでるって実は紙一重よね。


若者は遊ぶべきだ。ある程度遊ばないとわからないことってたくさんあるから。なのでガンガン遊ぶべきだ。というのがインターネット老人会に所属する私のポリシーである。

遊ぶ、というのにもいろいろな種類がある。私はそういう点では息子(現在16歳)の遊びに関しては冒険推奨派である。

そして、その遊びはかっとんでほしい。若い時の私には遊びは渋谷、飯田橋、六本木がメインであった。実は、その中に「新宿」は入っていなかった。私の中では新宿の遊びというのは自分の中のかっとびのランクからまた一段上だった。早い話が怖かったのだ。

そんな私は子供を設けてからなぜか数回歌舞伎町に足を運んでいる。それはアートの展覧会を見るためだ。時に子供が13歳の時に訪れた「にんげんレストラン」は子供にとっても強烈な印象が残っているそうだ。彼はここでClubを初体験した。彼とっての「Clubとは」の定義を上げてしまったのは母親として大変申し訳ないことをしたと思っている。


(ちなみに私の行ったClubの最高峰は当時のNYで最高のClubの1つと言われたライムライトでした)


そんな親子が本日、歌舞伎町を再訪した。それは歌舞伎町にある「新宿能舞台」で新しい展示が行われると聞いたからだ。


実は息子さんは東南アジアに長期滞在の前に、狂言を習っていた。


なので「能舞台の展示だってよ」と言ったらすぐに「いくいく」。ということで行ってきた。


で、歌舞伎町。歌舞伎町に関しては、特別な印象がある。それは「生と死が行き来してる場所」というイメージ。それは前述した「にんげんレストラン」で飛び降り自殺多発の状況をChim↑Pom from Smappa!Groupのおかやんから伺い、おかやんが「ビルのツアーやろうか?」と言われたことを鮮明に覚えているから。
そのツアーは丁寧にご辞退申し上げたのだけど、その話を聞いてから私の中で歌舞伎町というのは「生きる」と「生きるのをやめる」場が同時多発でふふらふら彷徨いあってる場所という印象が強烈に残った。

この点に関して詳細を掘り下げたい!と思ったそこのあなたは今回の展示のコキュレーターであるChim↑Pom from Smappa!Group卯城⻯太さんの『活動芸術論』を読むといいよ。


一方、能楽堂の舞台というのは「現実と夢を行き来する場所」というのをどこかの書で読んだ記憶があった。その話を聞いてから私の中で能舞台というのは「行き来する停車場」のようなイメージがあった。


行き来する場が混沌とする中での停車場での展示。これは何かがいるなっ確信するしかなかった。


いざ行ってみると正直迷った。行った時間は午後4時半前。ホストの皆さんの出勤前あたり。同時にビル陰からどうしたっていうような人たちがまるでゲームのように出入りしている。同時にこんなにいたっけ?と思わせる警官、警官、警官。



そしてやっとの思いで入り口を見つける。その中に入ると、予想とは違った別世界だった。


そこにはそれぞれの「場」がそれぞれに浮遊していた。生きる、死ぬ、生きていた、死んでいた場のそれぞれの浮遊。その浮遊の中を漂う感覚はとても興味深かった。

能舞台にも上がることができた。特に場を繋ぐ、または場を閉める合図のように聞こえる足拍子は空間の中に場が切れて漂っている感を盛り上げている感じだった。


キュレーションをおこなっている渡辺さん、コキュレーターでもある卯城⻯太さんともお話をさせて頂くことができた。「第二会場は見応えあるので是非」と言って頂いたので第二会場へ向かう。


迷う。


まだ午後6時過ぎだというのに、暗くなる、風が冷たくなる、出勤するホストの数が増えるなどで緊張感が高まる。数往復した上でやっと見つけた。



第二会場は会員制クラブのような場所。18歳未満お断りの札に16歳の息子さん、なぜか盛り上がる。そして作品を見学させて頂くのだが、最後の最後にクライマックスがあった。


第二会場は屋上もあるのだけど、屋上に行くにはなんと「同意書」が必要だった。そこにはいくつもの「やってはいけないこと」に同意が必要であった。何をやってはいけないかは、このnoteの冒頭を思い出して頂ければ容易に想像がつくと思う。


私たちは同意書に記入をして、屋上に上がった。そこには本当に「適度な高さの屋上」があった。その高さからの眺めを見ながら、前回歌舞伎町のにんげんレストランで感じた時の高揚感と明らかに感覚が違っている自分に気がついた。

あれから3年の間、本当にいろいろなことがあった。外国でコロナ禍を体験して自分の中で「なぜ生きるのか」的なことまで考えたのは久しぶりだった気がする。そしてそのような思考の波にいると生の場と死の場を本当に浮遊していて、その浮遊の際にちょっとした弾みで死の場に落ちてしまうことも十分あり得る、ということを実感した。

そしてその生と死の場をいったりきたりというのは、この歌舞伎町ではもっと前からあったのかもしれないと改めて思う。そして、本当に簡単なきっかけで生から死へ簡単に動いてしまうということも。

ぜひにんげんレストランに行った人にはこの展示を見てほしい。そしてコロナ禍を経て己の中の生と死の考え方の変化を見つめ直してみてほしい。そしてしっかりと地に足をつけて生の場に戻ることを再認識してほしい。そのための足拍子なのかもしれない。


いろいろな思いをめぐらしながら本当に「ちょうど良すぎる屋上」からの眺めを満喫して階下へ降りた。ビルの外を歩き始めると、第一会場でもらい、第二会場の切符でもある地図を持ち漂っている人を見つけた。思わず「第二会場はここですよ」と声をかけた。その人の(あ、場を見つけたという)安堵感が見えた笑顔がとても印象に残った。


私たちは場が漂う場所を漂ってきた仲間。どうか、どうか落ちませんように。