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何処にも染まらないで生きる。

トップ画像はここからお借りしました。

気がついたらクアラルンプールに2年住んでる。あっという間だ。その前にシンガポールに3年半住んでたのでもう東南アジア5年半だ。びっくりだ。

その間に自分で3回VISAを更新し、2回国際引越、1回インターナショナルスクール転校をしてる。この英語力とコミュ力で。すごいよ、私。

ここまで住んでるとシンガポール、マレーシア大好きなんでしょ?染まってるんでしょ?と思われがちだが、自分としてはなるべく染まらないように、まさにスナフキンのように漂うことを意識して生きている。

元々変わり者の社交的コミュ障だったので、海外の日本人駐妻コミュニティで変人扱いされたのは大きい。子供の学校がコミュニティ外だったので、別にここにいなくていいやと息子のスポーツコミュニティに移動したらすごくいい感じに孤独と付き合うことが出来たのも転機だった。それ以来、日本人コミュニティという括りは私には合わないのだと実感して距離を置かせてもらっている。交流から入る人は苦手だ。好きなモノが共通してる人ならいくらでも話せるんだけど。

住んでる土地が好きとかこの国のこの制度最高とか絶対言わないようにしている。なるべく「○○(ここに固有の話題)」と言うようにしてる。私には国や地域を主語に語る権利などない。その土地で行われる活動(文化芸能、食、建築、スポーツなどなど)は自分が楽しめる範囲では素直に楽しんでいる。あくまでも自分のできる範囲。自分が主語にならない話を記録に残さない。なぜって私には手に負えないから。

マレーシアに転居してからは尚更その土地に染まらないように意識している。絶対に「マレーシアでは」とか私は言わない。私はあくまで保護者として毎年1年間滞在を許されたVISAで滞在してるわけであって、これを毎年毎年更新をさせてもらえないと「帰れ」と言われる立場だから。そんな危うい立場の人間が、その国を主語に何を語れるのか。私には無理だ。

シンガポールに比べてサバイバル度が上昇していることも影響している。本当、結構危ないのに気軽においでとか知らない人に言えないわ。そして1年更新のVISAの私がそんな危ない環境に知らない人多数にホイホイおいでとか言えないわって私は思う(治安が凄まじく管理されているシンガポールからの転居だから尚更そう思うのかもしれない。)

それほどまでにVISAって重要であり、恐ろしいものだと自分で感じている。毎年更新に疲労困憊している。なぜ、学生の保護者であるだけのビザの更新なのに毎年毎年どんどん厳しくなるのかわからない。就労などで自国民の権利を侵害する可能性がある外国人のVISAを厳しくするのはわかるけど(でも就労が必要な人もいると思うんだよ。。)、学生VISAっていう証明があるVISAに関連して取得するVISAであり、お金を使う方の VISAだから自国の経済に貢献するやんって思うけど。でもさ、本当、毎年書類増えるのよ。まあ結果的には更新できるんだけど、でも本当に疲れる。なんであんなに疲れるんだろう。

配偶者VISAも実は更新が容易ではないとVISA関係に関わるようになって初めて知った。それほどにVISAって厳しいのだ。

自分の息子には日本国民として最低限の責務を果たしながら世界で好きな場所で学び、働けるように出来る努力は全部やろうねって話している。そのために学ぶこと、学ぶために体力をつけるなどの努力を怠らないように日々精進だ。

住宅を買う必要はない。拠点を強化するのはこれからの時代に合わない。お金をかけて買うべきものは家ではなく、常に家を借りることができる環境、仕事を得られる環境を手に入れられる実績と経済力と人間関係だ。

何処にも染まらず、歓迎される経済力と実績と共にフットワーク軽く生きる。このスタイルが生き残るためのガチスタイルなんだろうなと思う。。

結論:ビザ更新してから疲れが全くとれないまま、クリスマスが終わりました。