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【小説】マリオネットとスティレット【第二十話】

 まだ雪は降っているが、もう止み加減だ。このよき日にあまり水をさしてほしくない。レカはそう思った。不思議な気分だった。あの小男に気に入られるというのは。リリアのところに戻ると、一旦鍋が空になったようで、小休止を入れていた。通りの一角、細長くズラっとたくさん張られた天幕の下、暗殺ギルドの者も、冒険者ギルドの者も、こういう時にしか一緒にならないので、熱心に雑談混じりの情報交換をしていた。弱まったとはいえまだ降る雪も構わずに、吹き荒ぶ寒風も知らんぷりで、まだ十代すら混じった連中が会話に花を咲かせている。
「最近は貴族や商人が幅を利かせ過ぎてるよな。どんなクズでも、金が稼げればいっちょまえなんだってさ。金を稼ぐことは平等なる市民権なんだってさ」
「経済的に何も生まない暗殺ギルドは時代の流れに乗り遅れているのかもしれんl
「でも冒険者ギルドだって……ダンジョンでのアーティファクト採掘も、内実はひどいもんよ」
「貴族や大商人どものように金ばかり貯めても、我々や傭兵ギルドのように軍事的な実力というものがなければ」
「だが魔法科学ギルドも武装化が進んでいると聞いた」
「賢いなあ、力がない奴が金持ってても殺されて奪われるだけだもの。商人の魔法科学ギルドへの接近は賢い。重要なのは四大ギルドに属し、その庇護を受けるることだよ」
「冒険者ギルドはますます影響力が低下している……。伝統的な魔法技術だけは死守しなければ」
 レカがざっと盗み聞きしただけでも、どうも街の将来について危惧する声が多いらしい。ニーベルンも言っていた。波乱があるかもしれないと。レカはやっとリリアを見つける。輪の中でキャッキャやっている。
「あっはは! みんな今日もありがとう! 私、l暗殺ギルドのボスの娘として誇らしい……」
 リリアが、暗殺ギルドの若きホープたちにお礼を言っている。彼女の仕事を手伝うものには、種族間融和強調のため、いろんなものがいる。ドワーフ、獣人、エルフ……タティオンやスタヴロたちが面倒を見て鍛えた、半獣人やハーフエルフの者もいる。混血は被差別種族だが、暗殺者見習いだ。みんなおおよそ娼館生まれだが、ギルドの庇護さえ受ければ、この街での安全は保証される。
「よかったです、リリアさん。あなたの手伝いができて」
「あなたさえいてくれたら、暗殺ギルドに御恩を返すのもこの上ない喜びとなるんです!」
 誰もがギルドのメンバーになりたがり、とりわけ冒険者ギルドは、羨望の的だった。だが傭兵ギルドや暗殺ギルドの管理する場所で生まれたものは、ほぼ強制的にそのギルドの下働きとしての一生を終える。拒否してこの街から出ていく選択をとる者は絶無だ。なぜならこの都市は、他の地域で居場所をなくした食い詰めものがなだれ込む場所。逃げ出したものの子供として生まれたものが、さらにどこかへ生きるはずもなかった。唯一、中央の王都であれば向かう意味もあるかもしれないが、王都とこの街パラクロノスの仲は常に険悪で、スパイ扱いが積の山だろう。
「テルさんもきてくれてありがとう!」
「どういたしまして」
 そして、魔法科学ギルドは貴族のものだから話が別だ。テルは彼にしては珍しく、大鍋を運ぶ重労働をしていたらしい。肌着同然の動きやすい格好で、この寒さなのにかいた汗を拭き取っているその姿は、いつもの軟弱そうな彼の印象とは全く違っていて、レカは意外だった。肩周りなんかは肉がついてやや筋が盛り上がっていて、貴族としての栄養城隊の良さと、何か腕の鍛錬をしていることを窺わせた。レカよりもずっと濃い色の金髪に、後ろから声をかけた。
「テル坊! 頑張ってたのか」
 その呼び方はあえてだった。テルがレカを振り返った。シャツを着るところだった。
「レカ姉! ちょうどよかった! これからパレードに行けるところだったから」
 レカは優しげな笑みを浮かべる。テルが頑張っているなら、どんなことでも嬉しい。貴族の執務だろうが、救貧院の炊き出しの手伝いだろうが。
「さっきよお、あのニーベルンに会ったぜ」
「ええっ!? 本当に!? あのとうぞ……あ、いや、ちっちゃい人の……」
 レカはくくっ、と本当に可笑しそうに含み笑いした。盗賊ギルドがどうとか、暗殺ギルドが過去に掃討した歴史のある名前ではなく、そしてあの小男が嫌悪を表明した「ゴブリン」という呼び方でもなく、「ちっちゃいい人」。「ちっちゃい人」かぁ……。
「えー! さっきのちっちゃい方、知り合いなの!? さすがレカちゃんは顔が広いねえ!」
 こっちも天真爛漫で……。なんだかレカは安心した。自分がどれだけ殺しに手を染める人間でも、愚連隊のアホどもだけでなく、こういう連中との繋がりが自分自身を真っ当に保ってくれるのだ。心底そう思えた。 
「まあな。知り合いではあるな。なあ、テル?」
 テルはあの夜を思い出して苦笑する。
「そうだね」
 不思議な繋がりが増えつつあった。レカの心は、雪の寒さなど関係なく、なんとなく温かみを感じた。

*****

「僕の周りってさあ、好き勝手する人多すぎてさ……正直疲れる」
 パレードへの道では、すっかり着込んで貴族らしい格好になったテルの最近の愚痴を、レカが聞く格好になった。
「ハーマンを見たろ? この前の一件で懲りたかと思うじゃないか? 全然そんなことない。指が折れたのを一瞬で治すのも良くないんだろうなあ。貴族たちはちょっとした怪我でも、ああやってとても貴重な治癒魔法ですぐ直しちゃうんだ」
「格差そのものだな」
 この街の医療は本当にひどい有り様だ。なまじ冒険者ギルドの高位の魔法継承者が治癒魔法を権力者に提供している分、タチが悪い。街の上層部に根本的な焦りがない。今日だって、貧民街では餓死や凍死や、ちょっとした風邪でも死者が出ると予想されているというのに、重病すら金で魔法の癒し手を呼びつけてなんとかしてしまえる貴族に、それを解消しようとする積極的動機づけがあるはずもない。テルはそういう現状を憂いていた。レカは歩きながら横を見た。雪はもうだいたい止んでいて、光が差しつつある曇り空から差してきた日光が、傭兵たちのように鎧や色とりどりの衣装で着飾った冒険者を照らす。新生パーティを送り出すベテランたちだった。
(格差解消の象徴、か。いちおーはにゃあ……)
 テルもレカも、晴れの日の彼らの精一杯の着飾りに目を奪われる。傭兵に似てはいるが、髭を綺麗に剃って、傭兵では決して買えないアーティファクトや魔法の鎧を身につけた彼らは、間違いなく街のヒーローだ。地方からこの街へ来て、魔法の才覚という生まれも何も関係ない能力で地位を獲得した者たち。サクセスストーリーの極地。そして、ダンジョンに潜らない鉄錠級冒険者に助けられた住民も多い。冒険者ギルドに妙な感情を抱く人間などいるはずがない。
「ねえ、レカ。あの人たちが、この街の理想だと思うかい?」
「んあぁ? ったく、チューショー的な質問をするねえ、オメーは」
 並んで歩きながら、レカはテルの問いかけを考える。そもそも最近のギルドの有力者の子息令嬢は……つまり貴族や権力者たちは、街の「分断」の解消にお熱だった。テルやリリアが典型である。貧民街の人々の貧しさに心を痛め、獣人の地位向上に熱心だった。
(欺瞞だな)
 それがレカの正直な感想だった。決してそのまま口には出せなかった。考えの足りない感想でテルを傷つけるわけにもいかない。だがそれ以外の思いもなかなか見出せない。レカはシャルトリューズの世話に代表される業務で、暗殺ギルドのテリトリーである娼館の街区にもよく足を運んでいる。並の貧民や獣人たちより悲惨な境遇の娼婦たちを、貴族の活動家らが顧みることはなかったのだ。テルとも娼館の話になったことはない。レカは、見知ったエルフの奴隷たちを思い浮かべる。美しいが故に、死を懇願しても、簡単に死ぬことができない彼女らを……。
(っま、どーでもいーけど)
 レカは複雑な思考をすぐに頭から追い出した。彼女にとって、そういう思考は皮肉と冷笑のタネでしかない。思考が具体的批判になって、テル含む誰かにぶつけられたことは、未だかつてなかった。だから、こう答える。
「そーゆーのは、あーしわかんねえ。でも一つ言えるのは、テル。オメーら貴族でも他の階層の人間でも、苦しみの程度こそあれ、みんなそれなりに嫌な思いはしてるってことだ。あいつら冒険者のヒーローどもがないん考えてるか知らねえが、テル坊ヨォ。オメーやリリアは立派だよ。ちゃんと行動してるもん」
「そうかな」
 そんな会話をしているうちに、どんどん坂を登っていく。積もった雪は冒険者ギルド自ら魔法も道具も人員も、何もかもを使って除雪され、乾いた石畳が剥き出しになって、歩くのに支障がない。しかし天気のわりに歩きやすいとはいえ、流石に街の入り口からその中心、大時計塔の根元まで歩くのは重労働だ。たっぷり一時間以上はかかる。街の外からやってくる見物客たちは、たいてい何頭だてだのの馬車を使って上がる。馬は魔法的に改良されていて、寿命が短い代わりに、よく働いた。何度か途中のカフェで休憩を挟み、やっと目的の場所に着いた。
 大時計塔の基部、そこにこそ、ポータルはある。それは異次元への門。異世界を覗く窓。最初にここにリミなるダンジョンへの入り口を見つけた者の伝説は残っていない。それは大きな歯車のようだった。円の中心に、内部、あるいは別のどこかへとつながる光の膜があり、そこを通ることで初めて、ダンジョン内部に進入できる。
 普段は冒険者ギルドの管理下にあり、こうして近くで姿を見ることはできないが、冒険者パーティが初めて潜っていく時だけは、パレードの目的地になって市民に公開される。テルとレカが到着した時、ちょうどこれからダンジョン内部の冒険に出かける新米冒険者たちの見送り式がやっていた。冒険者ギルドのギルド長がポータル前に設置された壇上に上がり、眠たくなりそうな話をやっている。もしまだ雪が降っていたら、みんなの内心の呪詛を浴びただろう。ついで、ティトゥレーが壇上に上がり、形式的な誓いの言葉を述べる。
「私、ティトゥレー・ヤッセは、この街のため、ダンジョン内部からアーティファクトを持ち帰ることを誓い、死を恐れず、成果のない帰還を恥とすることをここに宣誓します」
 テルとレカは、友人としてのティトゥレーを思った。この前の闘技場の間抜けっぷりや拙速な銀盾級への昇格を思うと、あまりに心配だ。テルとレカは顔を見合わせる。考えていることは同じだった。だがもう止めようがない。ティトゥレーのパーティは、極めて多様性に富んでいた。娼館生まれのハーフエルフに、獣人にドワーフ。それを率いるベテランの人間冒険者。総勢五名。まあ、新米冒険者を教育するのならこんなものか、という陣営だったが……。
「これは政治だね」
 テルが言った。レカも同感だった。
「まあ、種族間融和は最近のトレンドだかんなあ。魔法科学ギルドや冒険者ギルドの新聞も、そればっかし話題にしてやがる。そうしないと、スポンサーもつかねえんだろ」
 ジェラールも元上司としてもちろん参列していた。何か二言三言、ティトゥレーに激励している。それだけでよかったらしく、ティトゥレーは緊張していたのがほぐれて、笑顔になって、テルとレカの方へ駆け寄ってくる。手を振っていたのが、ちゃんと見えていたらしい。
「やーやーやー! お二方、来てくれて感謝っす! 今回のリミナルダンジョンへのダイブインは、めっちゃ注目されてるっすねえ。なんでも、初の多種族混合チームだとかで……そんなことないんすけどねえ」
 テルもレカも、冒険者ギルドの出立式でちゃんと街の最上部まで見送りに来たことがなかったので、そうなのか、と思った。ティトゥレーは緊張と興奮ゆえか、早口でいろんなことを捲し立てた。どれだけ今日を待ち侘びたか。要約すると、そんな感じのことを言っていた。
「そう、初の試みとして、人間の冒険者はベテランの一人だけっすからねえ。それだけは例がないはずっす。欠員で結局一人になったパーティはあるんすけど。えっへへ、わたしぃは冒険者パーティオタクっすからね! 兄貴に読み書きを教わってからは、休日はほとんど文書館に……」
 そこでレカが訝しんだ。
「んあ? 人間が一人だけ? オメーがいるだろ?」
 テルとレカは顔を見合わせる。ティトゥレーは、あっやってしまった、とばかりに口を開けて手を当ててみせた。だが大したことではないと思い直したのか、恥ずかしそうな、可愛らしい笑みをこぼす。
「エッ、あっ、そっ、そうっすね、そうでしたそうでした、あはは……」
 レカがとあることにめざとく気づいて、ティトレーが赤い髪で隠している耳に触れる。雪降りの天気で冷え切ったそれにレカの暖かい手が触れて、若すぎるほどに若い新米冒険者は、ヒャッと声を上げた。
「あ、あ、な、なにす……教か……っん」
 レカが触れたのは、なめらかであるはずの耳に手触りではなく、火傷が癒えた後の、硬くなった軟骨だった。ティトゥレーの耳は本来、もっと長く横に伸びていたはずで、今レカが触ったそれは、明らかに人間と同じ程度に焼き切られていた。ティトゥレーの瞳が地面の方を向いた。怒られでもしたように。レカが驚きを隠しつつ質問した。
「オメー、この耳、自分でやったのか?」
「こ、これは兄貴が……」
「兄貴?」
 モジモジした様子で答えないティトゥレー。テルとレカは再び顔を見合わせる。……ハーフエルフには、残酷で不条理な出自を持つものが多い。聞くべきではなかったか。二人がそう思っていると、
「エリオン・ヤッセ! この前何者かに殺された金槌級冒険者っす!」
「えっ……?」
 レカはあまりに唐突な宣言に驚いてフリーズしてしまう。テルは辺りを見回した。誰も彼も、冒険者ギルドのニューホープである他のパーティメンバーを激励するのに夢中で、この妙な少年少女三人のことは気にしていないようだ。テルは事情を察し、レカを傍に追いやってティトゥレーと話をした。
「……それ本当なの? ティトゥレー……」
 赤い髪の少女冒険者は頷いた。
「わたしぃの、わたしぃの生まれについて、まだ恩人である兄貴や他の恩人の白金剣級の人たち以外、誰にも言ってないこと言いやすね? なんか、白金剣級冒険者のパーティの人と一緒に貧民街を歩ってる時、わたしぃが縋り付いたんですって! その時のことはあんまり覚えてないっすけど、わたしぃ、お腹空かせて、死にかけてて……それ以来、エリオンの兄貴に妹同然に育てられたんす! 兄貴の緑の長い髪をいじって遊んでたのを今でも思い出すんす……。そんでそんで! 白金剣級のパーティの人にもお世話になったっす! みんなに大切にされて、でも魔法の才能もなくって、でも、でも、それでもダンジョンに入れるいっぱしの冒険者になりたくて……。それでも、やっと、やっと……」
 ティトゥレーがぎゅっと結んだ目尻から涙が溢れた。テルもレカも、それを拭ってやることができない。その資格があるかどうか、いや、確実にないだろうと思ったから。
「わたしぃは」
 ティトゥレーが涙を自分で拭って、言う。
「わたしぃはハーフエルフっす。他人には誰にも言ってないっすけど……。前はもっと耳が長くって、明らかにそれとわかったんすが……七年前、エリオンの兄貴にお願いしたんす……魔法で耳を焼いてくれって。兄貴、そういうのを人間の体でやったことあるって知って。兄貴は怒って、そんなのやめろって言ったっすけど。でも泣いて頼んだら、耳を焼き切ってくれたんすよ。感謝してるっす。それ以来、わたしぃは人間やってるっす。当時はまだ、ハーフエルフだと魔力が十分でも落とされるって、冒険者ギルドの試験受験者の間では噂だったっすから。今じゃ考えられねーっすね。一気に種族間融和ムードっすから」
 ティトゥレーは、辺りを見回した。レカもテルも同じように周りに目をやる。確かに、自分たちがもっと小さい頃には考えられない光景だった。ハーフエルフや半獣人たちは、こういうお祭りの日でも、表に出てきたりはしなかったはずだ。しかし今見てみれば、あたりにはドワーフあり、獣人あり、よくわからない魔界の奥地出身の少数種族あり……。今この場こそ、冒険者ギルドが近年掲げる種族間融和が体現された場だと言っても過言ではなかった。ティトゥレーが笑ってみせた。
「っへへ。こんな雰囲気で送り出されるなんて、わたしぃ、幸せだなあ……。やっぱ、傭兵ギルドで獣人がどんどん活躍するようになったからかなあ。いつもはあいつら、とんでもない乱暴ものっすけど。まあ、知らんっすけど。でも、ここまで頑張ったおかげで、最速で銀盾級になれたっすから! 死んだ兄貴の地位まで、絶対上り詰めるっすから! 見ててくんさい! レカ教官! テルくん!」
 それだけぱーっと捲し立てると、ティトゥレーはお辞儀をしてポータルの方へ急いだ。いよいよ、冒険者たちがダイブインと呼ぶ儀式が始まる。ポータルに魔力が流され、青い光が迸る。異世界への門が、起動しつつあるのだ。テルは、自分の防寒着の袖に何かが触れるのを感じる。もちろんレカだ。袖口をぎゅっと掴んで離さない。そうなっては、もう手を握ってやることもできない。その距離感で固定される。
「なあ、テル」
「うん?」
 今し方の……あまりにも無邪気な、そしてどんな残酷な刑罰よりもレカの胸を刺しただろう、ティトゥレーの話を聞いて、テルはなんて言ったらいいかもわからなかった。レカ、君のせいじゃない。レカ、気にするな。レカ、僕は全部許すよ。……テルに、察せるわけがあるだろうか。ティトゥレーの兄を殺したということに、レカがどれだけ罪悪感を感じているか。推しはかり切れるはずもない。
「なんかさ」
 だから、レカの口からどんな言葉が飛び出してきても、受け入れる覚悟を決めてはいた。だがそれでも……。
「この前見た時より瞳の赤みが増してなかったか? テル坊。わからなかったか? あれなら、魔族の血の覚醒者だって言われても信じられるぜ」
「え?」
 確かに言われてみれば、そう見えたかもしれない。大概の者が、素養があっても魔法の能力を覚醒させれないまま生きて死んでいくという。その覚醒の度合いは、概ね瞳の色や状態と一致する。
「なあ、テル」
 レカは言った。テルは、じっと黙って聞くしかなかった。
「あの子、もし魔族の血が覚醒してさ、あーしと同じくらいの力を得てさ、それでまた冒険者ギルドの訓練であーしから格闘技術を学んでさ……そんで、あーしと同じになれた、とか言ってさ。その後で真実を知ったらどうなるんだろうな。ダメだもう、あーし……限界……」
「レカ!」
 テルは、レカが力無くつまんでいた袖を振り解いて、レカの手を握った。本来なら振り解けるわけがない力の差だったが、簡単にできた。できてしまった。そのことが、悲しかった。そしてテルは雪も溶けるくらいぎゅーっとレカの手を握る。消え入りそうなほど、それは冷たくなっていた。
 その時、後ろから太い腕が伸びてきて、テルもレカもガッチリ首を掴まれてしまった。いつものレカなら絶対に接近を許さず投げ飛ばしていたはずだったが……。
「やあ君たち。デート中すまない」
「父さん!?」
 ロドヴィコ・アルエイシス。あまりにも意外。いや、このパレードの招待客として大物貴族はありうるのか? テルは自分の顔のすぐ真横にある父の顔を見開いた青い目で見つめる。いつもとは違う、テルのと同じ色の金髪をフードで完全に隠している。
(と、父さん……な、何を……!?)
テルの脳内を色々な考えが巡るが、現実はそれを超えた。
「面白いものを見せてやろう。こっちだ」
 ロドヴィコは体格の良さに任せて二人の少年少女を引っ張っていった。ちょうどポータルが完全に起動し、ティトゥレーたちが内部、いや、世界の外部か? とにかくここではない別の場所へと進んでいく。そして、不可知化魔法のせいで誰も気づかなかったが……小さな飛行機械が一つ、若き冒険者たちの頭上を超えて、ポータルの中へ入っていった。

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