見出し画像

友達から仲間外れにされた小学校の思い出

初めに

みなさんこんにちは!セイマです😁
今まではゲストハウスのことについて書いてきたのですが、「奥野成真」という人間についてはお話ししませんでした。「セイマってどんな人間やねん」ということをお思いになる人もたくさんいることでしょう。
そこで、これからは自分の人生「自分史」について書いていこうと思います。
まずは幼少期と小学校の思い出から。

幼少期の自分

幼少期の私を一言で表すなら、「自由奔放」。
昔から親には自分がやりたい習い事をさせてもらっていたり、色んなワガママを聞いてもらっていたりしていたので、自分の気持ちに赴くがままの自由奔放な性格でした。(笑)
そうした性格もあって、幼稚園の時にラブレターをくれた女の子がいたのですが、何を思ったのか当時の私は「いらない」と突っぱねました。その女の子のお母さんからも「精一杯頑張ったからもらってあげてくれないかな?」と言われましたが、それも断りました。
当時の記憶は全くないのですが、ひどい話ですよね。(当時の女の子、ごめんなさい!)

小学校の自分

このように自分の気持ちに真っ直ぐだった私は、小学校に入っても思う存分「自由奔放さ」を発揮しました。
そんな自分本位な性格が災いして、仲間外れにされることになってしまうのでした。思い返せばすごく友達に迷惑をかけていました。
例えば、とある日に友達から遊びのお誘いが来て「〜時に〜に集合ねー!」と言う約束がありました。当時の私は帰ったら漢字や算数などの宿題をすることが日課でした。そのため遊びに行く前に必ず宿題をしていたのですが、自分勝手なことに遊びの時間になっても宿題をしていたのです。遊びに行けなくなったら連絡をするのが人として当たり前なのですが、当時の私は「そんなことしなくても大丈夫」と考えていました。(今考えると本当に恐ろしいです)
当然のことながら、友達に愛想を尽かされてしまうようになりました。
友達からの遊びのお誘いがあってその集合場所に行っても誰もいない、なんてことがたくさんありました。

次第にその友達グループの居心地が悪くなっていきました。
当時の私は物凄く「孤独感」を感じていました。友達と一緒にいても自分だけ仲間外れにされて心が苦しくなる時が何回もありました。「自分はみんなに認めてもらえないんだ」と自分を卑下して見るようになったこともありました。
そんな気持ちの穴を塞ぐために自分が撮った行動が、「他の友達グループに入ること」でした。他の友達は自分を一人の友達としてみてくれたので、物凄く居心地が良かったのです。こうした自分の行動原理は大学生になるまで同じことを繰り返すことになるのはまたのお話で。
そういったこともあって他の友達と一緒にいる時間が長くなりましたが、最終的にはありがたいことに元の仲の良い状態に戻ることができました。

ここでようやく『人の気持ちを考えることの大切さ』に気付くのですが、それを実践するようになるのは中学生から。。。

最後に

改めて自分の過去を振り返ってみると、かなり酷いですね。(笑)
しかし、こうした「自由奔放さ」と「この苦い経験」が今の自分を形成し、今の自分の強みになっているので、全く後悔はないです!
ただ、小学校の友達には謝らないといけないですね。(笑)

そして、次は中学校のお話をしたいと思います!
自分の過去の歴史の中ではかなりダークな部分が多いですが、多くの人に共感してもらえる内容もあると思いますのでお楽しみにしてください😄
最後まで読んで頂きありがとうございました!

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?