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【自著解説】『男性育休の困難』の著者・齋藤早苗さん

 今年9月に、政府が「男性の産休」を創設する方針であることが報じられて注目を集めています。この動きの背景には、男性の育児休業取得がなかなか進まないという現状があります。政府は、男性の育休取得率を「2020年に13%にする!」という目標を掲げてきましたが、2019年度の取得率は、過去最高とはいえ7.48%と低水準が続いています。

 では、なぜ男性育休はあまり利用されないのでしょうか。

 この問題に踏み込んだのが、当社が8月に刊行した『男性育休の困難――取得を阻む職場の雰囲気』です。
 今回は、著者である齋藤早苗さんから本書の内容の一部を紹介していただきます。

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 次世代育成推進法で男性の育休が注目を集めるようになって、もう15年たちました。それでもなお、男性が育休をとることは難しいですよね。
その大きな要因として、性別役割分業意識が根強いために男性が育休を申し出にくいことが挙げられます。多くの人は、意識していないけれども暗黙の前提として、育児は女性がするもの、と思っています。そのため子どもができると、多くの場合、育児のために女性が仕事をあきらめますよね。
 逆に言えば、男性は育児より仕事をすべきと、多くの人は無自覚のうちに男性は仕事を優先すべきだという思いを前提としているのです。

 とはいえ、男性が育児に関わる姿は、現在ではかなりあたり前にみられるようになってきました。イクメンということばも浸透して、男性が育児をすること自体は社会的に認められつつあると思います。

 だとすると、何が男性育休を取りづらくしているのでしょうか?

 これまで、「男性の育休」を扱う書籍の多くは、「男性の育休は、女性の育児負担を減らし少子化対策になるから、推進すべきだ。そのためには企業で男性の育休制度を充実させるべきだ」という文脈で語られてきました。
 しかし2010年調査で、男性の育休取得者21人にインタビューして話を聞くうちに、制度を充実させることよりも、「職場の雰囲気」を探るべきなのではないかと思うようになりました。

 私自身、正社員として約20年働いて、育児休業も2度取得しましたが、復職後に子どもの状況に応じて休みを頻繁に取るときは、やはり言い出しにくかったり周りの人に申し訳ない気持ちになったりしました。
 こうした仕事と育児の両立で感じる働きづらさは、「職場の雰囲気」からくるものです。そこで本書では、この空気のようにあたり前にあってことばにしづらい「職場の雰囲気」をことばにすることを試みています。

 本書の書名から「男性の育休取得者」だけが登場する、男性の育休を推進すべきといった内容を想像する方もいると思います。

 ですが、「職場の雰囲気」を構成しているのは、育休男性だけではありません。多くの社員たちがつくりだして維持しているものです。
 そこで、2017年の調査では、男性の育休取得者に加えて、長時間の残業を受容して働く男女正社員まで対象を広げてインタビューしています。

 このように、本書は男性の育休取得者に注目しながらも、その周囲にいて職場の雰囲気を生み出している「ふつう」の正社員まで含めて、職場であたり前と受け止められている無自覚的前提が何かを明らかにしています。
 
 では、本書ではどんな人が登場するのか、その一部をご紹介しましょう。

 ※以下で示すのはすべて仮名です。また、名前のあとの表示は以下の通りです。
  男性育休取得者(2017年時点での年代、性別:取得時の年齢)
  その他の対象者(2017年時点での年代、性別)

〈男性育休取得者〉

藤田さん(40代、男性:34歳)
妊娠したころに、妻が「子どもが生まれても、いろんなことあきらめたくない」って言ったから、「まぁそうですよね」っていう(笑)。(略)
5年後に再就職しようと思っても、絶対できないじゃないですか。だったら、5年間はお互いががんばれば、なんとかなるのかなって。(本書第2章「育休男性の新しい意識」から)
和田さん(30代:38歳)
3年間[担任を]持って[生徒を]送り出すのがいわゆる美徳っていう感じなんですけど、冗談で「一人前のことやってないんだからそんなえらそうにすんなよ」みたいなことを、冗談では言われたことありますけど。ムッとしましたよ、この人はそういう考えなんだって。(本書第1章「育休男性と職場のコンフリクト」から)

 育休男性は、どうして育休を取ろうと思ったのか、どのように実現したのか、また実際に取得したことでどんな衝突=コンフリクトにあうのかなどを、当事者の語りをふんだんに用いて描き出しています。

 また、育休男性以外の男性たちがどのように育児に関わっているのかも紹介しています。

〈長時間労働を受容する正社員〉

森さん(50代、男性)
――特にこう、[育児のために]働き方を変えるっていうほどまではいかないけど?
そうですね、ま、あのー、……やっぱり仕事が一[番]なんで、そのなかで余裕ができたら、早く帰れたら手伝うっていうことはありましたけど、ただ、そっち[仕事]が、主(しゅ)が逆転するってことはないですね。(本書第3章「育児・仕事の時間配分の三つの様相」から)
太田さん(50代、男性)
――睡眠3時間が続いてると意識がぼーっとしないですか?
多少してたかもしれないですけどね。でも、会社にいる間は大変だったんで。[家では]朝は、私が起きてメシ、娘に食わせて保育園に送って。(本書第3章「育児・仕事の時間配分の三つの様相」から)

 このように長時間労働をしていたとしても、週末は育児をする男性もいるし、あるいは残業しながら朝の子どもの世話を引き受けている男性もいます。
 一方で、「仕事をしたいから退職する」と語る女性もいました。この理由は一見矛盾しているように思うでしょう。一般的には、「育児をしなければならないから退職する」と説明されることも、深く掘り下げていくと、実は仕事に対する意識が退職を促していることがわかりました。

〈妊娠し退職した正社員〉

松本さん(40代、女性)
基本は、私、子ども、嫌いなんですよ(笑)。なので、子どもと関わりたいと心から思ってるわけではないです。仕事っていうのは、当然、自分の労働に見合った対価をもらうわけですから、その対価に見合う労働が逆にできないんであれば、そこは身を引くべきだと思ってます。「悪阻がひどいから今日休ませてくれ」とかっていうのは、基本なしだと思ってますね。
[辞めたのは]自分がめんどくさくなっちゃったんだと思います。(本書第3章「育児・仕事の時間配分の三つの様相」から)

 このように本書では、育児していないと思われているけれども実際は育児に関わっている長時間労働の男性正社員や、「育児をしたくて辞めるわけではない」と語る女性正社員など、仕事と育児の両立というとき、これまであまり語られることがなかった側面にも光をあてています。

 本書は「男性育休」に焦点を当ててはいますが、職場で共有される意識がどのようなものか、どのように社員がそれをあたり前だと認識していくのかを描いています。ただし、調査対象者は非常に限定的ですので、あくまでも仮説を提示したものだと思っています。本書を読んでくださったみなさんからの共感や違和感などの反響によって、今後さらにこの内容を精査していきたいと考えています。
 また、社員として働いている/働いたことがある多くのみなさんが、職場の時間意識や私生活と仕事の時間について考え、議論するきっかけになればうれしく思います。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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