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第1回『不運を不幸にしない ―高次脳機能障害との共生を』佐栁進著

●陣痛中にくも膜下出血

 著者は厚生労働省の役職を務め、退職後は2カ所の病院長を経験した医学博士。その娘・ひかりさんが初めての出産のため、山口県の著者宅に里帰りしたのは32歳の時。当時、著者が院長を務める国立病院機構関門医療センターで行うことにした。
 2014年6月30日(月)、計算通りの出産予定日に病院長室で報告を待っていた。すると、緊急挿管、至急病室に来てほしいという一報が入った。「コード・ブルー。コード・ブルー。〇〇病棟〇〇号室」という緊急放送が院内に響いた。
 見せられたCT画面は、すべての脳槽と脳溝が出血を示す白い高吸収域で埋め尽くされていた。重症のくも膜下出血であった。帝王切開で男児は無事に取り出されたが、その時さらに動脈瘤が破裂。開頭して血腫の摘出手術を行うこととなる。
 冒頭からハラハラドキドキの展開に、読者は思わず引き込まれてしまう。

●超早期のリハビリが大切

「リハビリは、より早く開始されればその分だけ効果は上がります。運動の練習と同じで1日休めば2日損をする」と著者はいう。それがリハビリを毎日する理由だが、もう一つあるそうだ。「身体を動かすことで、逆に脳を刺激することも分かってきた」。つまり「筋肉や骨から刺激を受けて、脳はむしろ育てられている」のだそうだ。
 その後、懸命のリハビリが続き、2カ月後には理学療法士に後ろから支えられて、歩行訓練ができるまでになった。
<最高のリハビリは病前の日常にある>とはよくいわれることだが、ひかりさんは「病前から散歩が大好きで、日々欠かさない日課」だった。理学療法士が1対1で付き添い、病院外を散歩すると、歩行リハビリはどんどん進んでいった。

●語尾は『やってみる』という言葉に置き換えて

 男児はその後両家族の助けで育っていき、5カ月後初めてゆかりさんはわが子を抱いた。
 しかし、育児については高次脳機能障害が大きな壁となった。重度の記憶障害も残った。脳裏に一度浮かんだ考えや行動が切り替えられない「保続」も激しかった。
「高次脳機能障害に悩む人たちは、まともに思慮すれば『できない』ことばかりなのです。『できない』ので『やらない』になれば、その後には『つまらない』人生しか残っていません。たとえ『難しい』『不得手』『下手』などではあっても、語尾は『やってみる』という言葉に置き換えて、娘の新たな人生を描きたいと願っています」
 医師の観察眼で書かれた、高次脳機能障害の状況がよくわかる闘病記だ。文章も平易で読みやすい。

■書籍情報
佐栁進(さなぎ・すすむ)著『不運を不幸にしない ―高次脳機能障害との共生を』2020年7月24日 中央公論事業出版刊 定価1,650円⑩

<初出>
NPO法人Reジョブ大阪発行の情報誌「脳に何かがあったとき」2022年1月号

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