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Vtuber羽読誠考の現界録:後編

退勤ののち、我が宅でパソコンを立ち上げる。動画投稿サイトでVtuberと検索すると、大量の動画が並ぶ。どれもこれも1時間を超えるような動画時間のものばかり。これを全部見ると思うとげんなりしてくる。どうもVtuberとは特殊なものでわたくしが好んでいたゲーム実況の動画と違い、生配信を主体として行っているらしい。編集がなく、あるのは画面と配信者。そのなかでゲームをしたり雑談をしたり。数十分の間は配信を見続けたが。結局は変わり映えしない画面に飽きてみるのをやめてしまった。

なるほど社長はそのVtuberなるものを台頭のころから見続けてきたから慣れがあるのだろう。残念ながら彼の熱意がわたくしに十全に伝わることはなかった。やはりわたくしはレトロタイプな情報生命体なのだろう。新しい文化、形態を受け入れることができなかった。年上のはずの社長のほうがずっと若々しい。見た目はともあれ、その身を構築する情報を更新できない情報生命体はいずれ朽ち果てる。古臭い情報ばかりにとらわれているわたくしの寿命はもう近いのかもしれない。

いや、寿命などとっくに来ているのか。わたくしたち情報生命体は観測されることで存在を確保している。とすれば、明進歩社という小さな情報の中で埋もれようとし、生涯こもり続けるつもりでいるわたくしは既に死んでいるようなものだろう。観測されないものはないことと同じだという言葉を聞いたことがある。わたくしは出自も経歴もわからないままに、ふとこの世から消え去ろうとしている。それもいいかと思う。情報生命体の死に痛みは伴わない。消えて、いなかったことになるだけ。それだけだ。

「……ん?」

パソコンの画面を気のままにスクロールしていくと、動画時間の短いものが現れた。どれ自分の気質の老いを再確認するためにもう1本ほど見ておくか。動画のタイトルにはこう書かれていた。

「よりぬき美兎ちゃん」



「社長、わたくし。Vtuberやります」

次の日、わたくしは琢磨社長にそう告げていた。彼らVtuberは2年以上前から活動を続けて、いつ終わるともしれないブームの中を駆け抜けていた。彼らは、輝いていた。とても眩しかった。わたくしも輝きたかった。いつ終わるとも知れぬ命の中、精いっぱい頑張って、生きたかった。

社長は、わたくしの言葉を聞いて微笑んだ。

「それで、君はどのVtuberが好きになったんだい?」

「はい、わたくしが好きなのはにじさんじの方々ですね。月ノ美兎さんを筆頭に今一番勢いのあるグループです。その中でもわたくしの推しは本間ひまわりさんと夢追翔さんですね。本間ひまわりさんの配信は見るだけで元気になれる。夢追翔さんは面白い企画の司会として弁が立ちますし回し方がうまい。趣味の面では加賀美ハヤトさんが非常に近しいですね。一人称もわたくしで被ってますしあんな方向性を目指していくのがいいのかもしれません。他の人気グループとしましてはホロライブですね。女性のみのアイドル志向のグループです。その中でも好きなのは大空スバルさんと猫又おかゆさん。大空スバルさんは「ASMRになりたい女たち」という動画でほんとに好きになりました。そういえばあの動画の司会も夢追翔さんでしたね。猫又おかゆさんは実況されるゲームのセンスが好きですし声も見た目も好きです。いたずら好きの猫っていうのもそそられますよね。そういえば知ってます? 最近にじさんじ最強雀士決定戦っていうのがあってまたそれが面白いんですよ! 麻雀初心者の方も熟練者の方も入り乱れての大乱闘……司会の舞元啓介さんが最初は一人での司会だったんですが熟練者のライバーさんが負けるたびに司会に参加していって……」


お し ま い

わたくしの活動はつづく





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